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勘違いなさらないでっ! 【82話】

ち、遅刻!! ちょっと短いですが……。

 食事会はゆっくりと、そして言葉少なめに始まった。

 話題の中心をつくるのはエシャル様。話を止めるのはレイティアーノ姫。

 いえ、別にレイティアーノ姫が全部悪いと言うわけじゃないの。

 ただ、レイティアーノ姫があまりに侍女を気にしているから、どうしてもこちらとしても反応を見てしまって……。気まずさが伝わってくるのよね。

 まるっと無視していればいいのかもしれないけど、エシャル様は上手に「ご遠慮なさらないで」や、「こちらでは……」とさりげなくフォローしながら、レイティアーノ姫から笑みを絶やさないようにしている。

 嫌ですわ~。わたくしこういう役は苦手。というか無理。

 エシャル様すごい!

 そう思って、ついついわたくしも「わたくしも知りませんわ」とか、時々話を合わせていた。

 レイティアーノ姫がメデルデア国の話をすることはほとんどなかったけど、時々微笑んで話を聞いたりしていたので、本人は楽しかったのだろうと思っている。

 ――ただ、その微笑みが出るたびにハッとして口をつぐむ癖が気になった。

 そして、メインも終わった今、レイティアーノ姫は席を外している。もちろん侍女も。


「……二度目、ですわね」

「ふふふ、あと一回立たせるつもりですわ」

 一応穏やかに話しているのだが、エシャル様が『どんな男性がお好きですか?』や『両国にどういった思いをお持ちなのですか?』など、レイティアーノ姫自信の意見をきくと彼女は戸惑ってしまい、なかなか言葉が出てこない。

 そこで普通ならあーだこーだと助け舟を出すところだが、あえてエシャル様はなさらずに笑顔で待つ。

 すると、目が笑っていない侍女が一度目は『お召し物に傷が』といいつつ連れ出して、そして今は『御髪の飾りが』と容赦なく退出していかせた。

 スッとわずかにドアが開き、一度止まってから女性が一人入ってくる。

「お戻りになられます」

「そう」

 侍女はサッと何事もなかったかのように、ナリーの傍に控える。

 実は、もう二人ほど館内にエシャル様の特別(・・)な侍女がいるらしい。


『実はここ、う   ち(ビルビート家)の出資先ですの』

 と、いうわけで多少の人員の配置はお手の物。

 わざわざサイラスの名前で予約を取り、本館も予約客のみで別館もおさえ、ほとんど貸し切り状態だったのだ。


「エシャル様、わたくしも少し席を外してよろしいですか?」

「ええ。あ、反対側にテラスがありますの。デザートはあちらでいかがでしょう?」

「レイティアーノ姫がよろしければ、それで」

「そうしますわ」

 わたくしはナリーを連れて部屋を出た。

 正直、レイティアーノ姫追い出し会話に入ると、わたくしいらないのよね~。ただ座って聞き流すだけ。

 レイティアーノ姫が戻ってくるようだけど、別にかまわないでしょう。

 ケンカ売ろうとしている相手に遠慮なんてしないわ。


 特に用事はなかったのだけど、エシャル様の言っていたテラスを先に見ようかと廊下を歩いていると、早足で誰かが近づいてくるのに気がつく。

 給仕、ではなさそう。

 軽い足取りから女性のようだとわかったが、足音は二人分。

 歩き続けるわたくしに、ナリーがハッとして声をかけようとしたが、しっと人差し指を口に当てて「気がついているわよ」とアピールする。


 どっちかしらねぇ~。


 ちょっとわくわくしながら、わたくしは遠慮なくあたりをつけてカーブを曲がろうとした。

 と、その時急に足音が早くなる。


「「きゃ!」」

「……」


 ドン、とぶつかりながら心の中で舌打ちする。

 ――ハズレ。


 相手がよろめいて倒れたのを見て、わたくしも同じようにわざと座り込む。

「シャナリーゼ様!」

「大丈夫よ、ナリー」

 膝を付いて心配するナリーに手を借りて立ち上がる。

 わたくしにぶつかったのは、レイティアーノ姫の侍女だった。

 レイティアーノ姫は侍女と手を繋いでいた為、とばっちりを受けて倒れてしまった。

「ぅっ」

 小さく呻きながら、侍女は顔を上げるなり無表情になる。

「申し訳ございません。おけがはございませんか?」

「ええ。それよりレイティアーノ姫様はおけがをなさっていないかしら?」

 わたくしは急に倒されて、目をパチクリさせているレイティアーノ姫に問いかける。

「おけがはありませんか?」

「え、ええ」

 レイティアーノ姫が小さくうなずくと、わたくしの言葉に合わせ、まったく心配していない顔で侍女がようやく彼女を見る。

 侍女が口を開こうとした時、一瞬早くレイティアーノ姫が何かを見つけた。

「ジェルマ、時計が……」

「!」

 ハッとしたようにレイティアーノ姫に声をかけるのをやめ、あわてて周囲を見渡す。

 彼女たちの周りには、侍女ジェルマの懐中時計と、ひもが緩んだポーチから飛び出したとおもわれる小物がいくつか散らばっていた。

「ま、まあ! 失礼いたします」

 ササッと手早くジェルマは小物を拾い集め、それからようやくレイティアーノ姫に手を差し伸べて立つ手伝いをした。

「それでは」

 ジェルマはレイティアーノ姫をうながすように手を背中に添え、そそくさとわたくし達の前から立ち去った。


「何でしょう、あの態度は」

 ナリーが不快感をたっぷり顔に出している。

「ふふふ。鎖国ゆえに、自分達を特別なものとでも思っているのではなくて? でも姫様に仕える者としても、あの侍女は失格だわ。それを許している姫様もだけど、本当は演技だったりして」

「あの態度が演技でしたら、その目的はさっぱりわかりません」

「そうね」

 ぷりぷり怒っているナリーだったが、歩こうとしないわたくしに気がついて首を傾げる。

「シャナリーゼ様、いかがなさいましたか? まさかおけがを?」

「んー、そうじゃないんだけど。少し悪いことをしてしまって。怒らないでくれるかしら?」

 きょとんとするナリーに、わたくしはニンマリと笑ってドレスの裾を少しだけ上にあげて半歩下がる。

 そこには、小さく折りたたまれた紙の包みが落ちていた。

「偶然手に触れたから、とっさに隠してしまったわ。昔の悪い癖なの」

 ナリーはじっとその包みを真顔で見たあと、静かにしゃがんでハンカチで包むようにして拾う。

 怖いほど真剣そのもののナリーを見て、わたくしは彼女たちの北方向を見る。

「この先は化粧室とテラスだったかしら」

「……屋上庭園への階段もございます」

「まあ、そんなところもあるのね」

 そしてわたくしは踵を返す。

「戻りましょう」

「かしこまりました」

 踵を返すわたくしに、ナリーはハンカチを懐にしまって何事もなかったかのようについてくる。

 用もなくぶらぶらしていたら、ラッキーな落とし物に巡り合えたってとこかしら?

 まあ、あの包みが何かは知らないけど、何かしら進展するといいわねー。



 部屋に戻ると、なにやら騒がしいことに気がつく。

「まああ! 姫様ようございましたわね!!」

 アナタ誰? と言いたくなるような、媚びるように喜びの声を上げているのはジェルマだ。

 

 げっ!(下町では、嫌なものにこう言うんですって)と、一瞬顔を引きつらせて元に戻す。


 部屋の中には、エージュを控えさせたサイラスがいた。

 どうやらサイラスがひょっこりやってきて、レイティアーノ姫に先ほど選ばせた薔薇水の詰め合わせでもプレゼントしたらしい。他にも小箱があるから、それも贈り物のようだ。

 手の甲に軽く口づけして、久々に見るキラキラ王子オーラを最大限発揮しているサイラスに、わたくしの全身に思わず寒気がはしる。

 それが理由で顔色を悪くしたわたくしを見て、ジェルマが優越に浸った意地悪い笑みを一瞬見せた。


 勘違いなさらないでっ! わたくし嫉妬なんてしいませんわよ!?


 キラキラ王子オーラ全開の気持ち悪いサイラスに、ぽぉっとなっている(騙されていますわよ!!)レイティアーノ姫にもドン引きしてそっと部屋のすみへと離れる。

 それを見計らったかのように、サイラスはエシャル様へいつもの顔を向ける。

「粗相はないな」

「楽しく過ごさせていただいております」

「姫はいかがです?」

 そうレイティアーノ姫に向けた顔は、瞬時にキラキラ王子オーラのスイッチが入っている。


 ――やるわね、サイラス。顔面筋肉痛になりそうなくらい酷使しているわ。


 レイティアーノ姫は赤く頬を染めたまま、たどたどしくもうなずき、細い声でどうにか答える。

「よ、よくしていただいておりますわ。お、お話も、と、とても弾んで……」

「それはよかった!」

 笑顔のサイラスに、レイティアーノ姫どころかジェルマも頬を染める。


 そりゃあ、あのタヌキ大臣より若い王子がいいでしょうね。

 ――しかし、あらためて見ると、やっぱり男は信用ならないわ。裏の顔なんて女の特権のはずよ。男は表だけで勝負しなさいよね!!

 そして時々わたくしに向かって、優越感に浸った笑みを見せるジェルマ。

 

 勘違いなさらないでっ! わたくし嫉妬の『し』の字もしておりませんわっ!!





読んでいただきありがとうございます!!


少し短くてすみません。

ちょっと時間がなかったので、次話前半にかかります。


また、ご指摘いただいている分については、近いうちになおしてまいります。


どうぞよろしくお願いいたします。


上田リサ


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