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勘違いなさらないでっ! 【81話】

イルミネーションが始まりましたね。

 了承の手紙が来る前から、わたくしは久々に会ったマダム・エリアンの厳しい目にさらされていた。

 サイラスに黒の夜会ドレスをもらった時以来だけど、彼女はしっかり覚えていたらしい。

 相変わらず針金のように細いマダムは、わたくしを一目見るなり目を細めて厳しい顔になり、寸法の最中はずっと無言で時々首を横振っていた。

「お見受けする限り、まだ頻繁にお手直しの必要があるかと思います」

 顎をツンと上にむけて、手元の資料にため息をつきながら書き足している。

 まずは、と用意されたのは胸と腰回りが分かれているコルセット。確かイズーリでも品薄で、レインが持っていて満足していたけど……。

不満げにアンを見ると、仕方ありませんと苦笑している。


……確かにここ一ヶ月くらいはコルセットなしで過ごしていたけど、コルセットなしで過ごすのはかなり前からよ。そんなに変わったとは思えなかったのだけど。

 そんなわたくしの不満をくみ取ったのか、マダムは静かに、でも強い口調で言う。

「お話はお伺いしております。これから元に戻られるかと思いますが、生活が変われば数日で体型は変化するのでございます。年頃のシャナリーゼ様には、その変化が大きくでておりますし、なにより時間がございません。わたくしどもも精一杯のことをさせて頂きますので、なにとぞご容赦を」

「……わかったわ。無理を言わせているのはこちらですものね」

 数日で昼食用のドレスを作れ、というのがだいたい無理な話。

 王室御用達の売れっ子マダム直々にやってくるというのが、まず相当無理をさせていると思う。

 ただ、サイラス曰く彼女しか今のところ信用はできないから、とダメもとで打診したらしい。二番手にはエシャル様が紹介してくれるようになっていたが、マダムはすぐに来てくれた。

「デザインは昼食用と言うことですが……」

「ああ、デザインはできるだけ控えめにしてちょうだい。お相手の方が、シャナリーゼ様を見て気後れしないように」

 エシャル様の注文に、マダムはわたくしをじっと見て「努力いたします」と正直に答えた。

 

ええ、ええ! わかっておりますわ。市井生活で少しくらいやつれようとも、持って生まれた顔のつくりや目は代えられませんものね!!


「……シャナリーゼ様」

「なにかしら?」

 マダムに呼ばれて顔を向ければ、じっとしばらく見られる。

「……しっかり食べてお休みください。まずは出るところはそのままに、そうでないところは締めればいいのですから」

「……」

「ドレスはサイラス様からいくつかご依頼を受けておりましたので、ある程度形ができております。デザインをおこして手直しをし、明日にでも仮縫いをさせて頂きます」

 マダムは手元の紙に目を落とし、一緒に連れて来たお針子にいくつか指示を出す。

「わたくしは店に戻りますが、のちほど針子達を手配いたします」

「面倒をかけるわ」

「とんでもないことでございます。では、失礼いたします」

 優雅にお辞儀をして、マダムは一緒に連れて来た二人のお針子を置いて帰って行った。


 その日のうちに、時間差をつけてお針子が三名追加でやってきて、泊りがけでドレスの準備にとりかかることになった。

 ちなみにマダムは、営業時間外の夜にやってきてチェックするとのこと。


 夜、製作をしている部屋で、これからの大まかな流れをやってきたマダムに説明してもらう。

「せっかくサイラス様のお屋敷にいるのですから、お夜食にも甘いものを召し上がってくださいませ」

 サイラスの甘党はかなり有名らしい。

 すでにベラートあたりに話をしていたのか、マダムがそう言ってすぐに、タイミングよくマリアがカートを押してやってきた。

 カートにはお茶のセットのほか、チョコレートブラウニー、生クリームとジャムたっぷりのスコーン、ナッツとチョコのクッキー、ベリーのパイと、あからさまに場違いなヨーカンが三段のティースタンド二つに並んでいた。

「……胃がもたれて眠れそうにないわ」

「さすがに全部とは申しません。それに、眠らずとも横になっていただければ身につきます。不要なところは締めればよろしいのです」

 恐ろしいことを平然というマダムに引きつりながら、とりあえずクッキー二枚(だけだとマダムに睨まれた)……と、チョコレートブラウニーを選ぶ。

 カートを見れば、パイの残りが乗っているだろう銀の蓋をした皿もあり、わたくしはお針子の人数を数えて口を開く。

「残りは今夜の夜食に、ここにいるお針子達へ」

「かしこまりました」

 にっこりとマリアがうなずくと、声を上げて喜ぶことを抑えているお針子達の顔がほころんでいるのがわかる。

 ただ、無表情なマダムはどうかしら、と思ったのだけど「お気づかいありがとうございます」と言われたので大丈夫そう。だって、このマダムならダメなものはダメって絶対言うだろうから。

 このあと、わたくしはチョコレートブラウニーは残そうと思っていたのだけど、まったくマダムが帰らない。

「マダム、馬車はいつ手配させたらいいかしら(まだ帰らないの?)」

「シャナリーゼ様がお召し上がりになるまでは帰りません」

「……そう(チッ)」

 舌打ちしたいのをぐっとこらえ、わたくしは食べたわ。

 粗食に慣れたわたくしを気遣い、ここでもナリアネスのお屋敷でも、無理に食べさせようとする人はいなかった。むしろ無理をしなくていい、と少なくしてくれた。

 だが、このマダムは自分が針のように細いくせに、人には食べさせるというのだ。

「マダムもいかが(あなたも付き合って)?」

「ありがとうございます。ですが、老体に夜の遅くに甘い物は堪えるのです。わたくしは長生きしたいので、お心だけいただきます」

「……」

 きっぱり跳ね除けられてしまった。


 っていうか、その細さじゃ早死にしそ……いえ、このマダムに至ってはこの細さでも死にそうにないわね。


 老体は早く帰って寝なさい! と心の中で毒づきながら、わたくしはチョコレートブラウニーをなんとか食べきったのだった。



☆☆☆


 さて、お針子達が総出でドレスをぬっている間に、レイティアーノ姫から「ぜひに」という返事が来たので、エシャル様はさっそく昼食会場となるお店を予約してきた。

「サイラス様のお名前で『キツツキと緑の館』の別館を貸し切りましたわ!」

 イズーリのお店のランクはわからないけど、エシャル様が手配したなら文句はない。

「姫のお迎えにはわたくしが参りますわ」

 楽しそうなエシャル様に、わたくしは苦笑する。

「勘違いしてくれますでしょうか」

「うふふ。勘違いしているからこそ、こんなに早く返事が来たのですわ。詳しい状況はわかりませんが、普通なら一度お会いしただけのわたくしのお誘いなんて断られますもの。

 でも、シャナリーゼ様のお誘いで、という一文を付け加えましたので、きっとサイラス様のお屋敷でと勘違いしてくれておりますわ」

 そんな一文を書いたのですか、とエシャル様の罠にひっかかってしまったレイティアーノ姫を哀れに思う。

 あの姫はわたくしのこと苦手だったようだから、きっとこの招待を受けたのもあの腹黒タヌキ大臣の指示だろう。

 おおかたわたくしがエシャル様を使ってサイラスの屋敷へ姫を呼び出し、昼食会の場でいびり倒すとでも思っているのかもしれない。

 そうでなくても、サイラスのお屋敷へ招待されてから姫の容体が悪化すれば、それはサイラスの監督責任となってあの腹黒タヌキ大臣は攻めてくるに違いない。わたくしならそうするわ。

 ――あの腹黒タヌキと同じ思考だと言うのも腑に落ちないけど!


「シャナリーゼ様、ドレスは間に合いそうですか?」

「ええ」

 そういえば、とわたくしはエシャル様にマダムの夜食事件を話す。

 エシャル様も「きっとまだまだ長生きされますわ」と、くすくす笑っていたが、ふと何かを思い出したかのように笑いを止める。

「……そういえば、あの大臣も甘い物がお好きなのかもしれませんわ」

「あの大臣というのは、メデルデアの?」

「ええ。手紙をお届けした使者が偶然出て行く大臣と会ったそうですわ。わたくしはお会いしておりませんから、印象を使者に聞いたのですけど、甘い匂いがしたと言うので」

 大臣は、確か名前はホードル卿だったわね。

 中年太り進行中の、白髪交じりの茶髪の人の悪そうな顔しか思い浮かばない。なにせ、初対面の印象が最悪だもの。

 外務大臣やっているなら、もうちょっと愛想よくしなさいよね~。他国の王子相手に不満ぶちまけるなんて、絶対やってはいけないことだわ。

 ――ええ、わたくしのことはいいのです。わたくしは一般人。


 エシャル様はこてん、と首を傾げて頬に人差し指を当てる。

「あと、驚いたことにその場でわたくしの手紙を読んだそうですの」

「まあ!」

 いくら自国の姫を任されているからといっても、その行為は眉をひそめる行為だ。

「別に読まれて困ることもありませんけど、大臣ったらその場で『必ず出席させる』と言って、周りにいた部下に渡してすぐに姫に届けさせたのですって。終始上機嫌だったそうですわ」

 大臣と思われるモノマネまで披露してくれたが、つっこむところはそこじゃない。

「なんですの、その上から目線は」

「やっぱりあのお姫様は突破口になりますわ」

 眉をひそめたわたくしに対し、エシャル様はにこにこと微笑む。

 どうやらエシャル様は、報酬目当てにとことん作戦を練るつもりらしい。

「うふふ。あの大臣が探りを入れてくることは間違いありませんわ。こちらもそれ相応の根回しをしておかなくては」

 楽しそうに微笑みながら、頭の中はいろんなことをフル稼働して考えているらしい。

「……そんな面倒な位置にいる姫に会うなんて、わたくし気が重いですわ」

「まあ、大丈夫ですわ。きっと楽しくなりますわよ」


 にこにこ微笑むエシャル様に、本当に食事会を楽しむ気なのねぇと思っていたわたくしだったが、当日それは間違いだったと気づかされるのだった。



☆☆☆



当日『キツツキと緑の館』へ、わたくしは直接出向いた。

 付添いはナリー。

 今日はメイドの格好から上質の飾り気のないドレスをまとった姿で、静かにわたくしに付き添う。

 わたくしのドレスは落ち着いたオレンジ色のドレスで、胸からスカートの裾にかけての控えめなフリルと、左胸に控えめの金の花と中心に赤いルビーを用いたブローチをしている。

 手には絹の手袋。見た目は良いのだけど、じっと見られると荒がある。

 食事会場となる『キツツキと緑の館』は、見た目は四角いどっしりとした大きなお屋敷で、窓を数えると四階建てらしい。

 そのバルコニーや窓には、たっぷりの植物や花が植えられており、所々に隠れるように鳥の飾りが見える。

 石門のようなアーチをくぐれば、まるで森に迷い込んだかのように二階にとどかないくらいに選定された木々が植えられていた。

 その木々のあちらこちらに、長い紐を足につけた鳥がこちらを警戒することなく、さえずっていたりエサをついばんだりしていた。

 店の中に入れば、三階まで吹き抜けの豪華なホールが広がっていて、上からこのホールを見渡せるように廊下が続いている。

 天井には大きなシャンデリアが輝いているが、あの上の階がビップ席の四階なのだろう。

 受付のあるホールもカフェのようにゆったりとした長椅子やテーブルが備えてあり、わたくしもそこで待つようにナリーに言われる。

 ナリーが受付へと傍を離れると、給仕がカートを押してやってきて飲み物をくれた。

 外よりも少し暗めの落ち着いたホールで少しだけくつろぐと、ナリーとともに別館へと案内された。


 別館は受付のある館の裏手にある、森のような庭を抜けた先にあるらしく、森の中の石畳を歩いて行くと、パッと開かれた空間が広がった。

 そこにはバラに囲まれた、丸い形をした白亜の平屋の館が建っていた。

「こちらは、貴婦人をイメージして作られた薔薇の館にございます」

 案内人の男性がそう言って扉を開く。

 中はライルラドのような繊細な細工が施された柱や、飾られている絵の額も装飾品も、イズーリのような大胆で重厚なデザインのものが少ないことに気がつく。

 少し懐かしさを感じていると、通された控えの間で出された茶器も細くて折れそうなデザインだった。

 だからか、つい口元が緩んでしまったのだろう。

 ナリーがわたくしの顔色を窺っているのに気がついた。

「なんでもないの。ただ、ライルラドのようだわ、と思っただけ」

「さようでございますか」

 故郷を懐かしんだのだ、と思ったのかナリーも微笑えんだ。


 やがて、そう時間を置かずしてエシャル様とレイティアーノ姫、そして付添いの不機嫌そうな顔をして、赤いドレスを着た女性がやってきた。

「お招きありがとう、シャナリーゼ嬢」

 細く縦巻きした髪をわずかに揺らし、わずかに微笑んでいるが、黒くて少したれて愛らしい目は緊張しているように見える。

「お越しいただき光栄でございます」

 頭を下げて顔を上げると、あからさまに不機嫌な四十手前程の侍女と目が合った。

 別にあなたなんて見ていません、と無視したが、普通は目を合わせないようにして置くべきだ。値踏みするように見ているなんて、本当にどこまで思い上がっているのやら。

 

 挨拶はここまで、と食事をする部屋へと移動する。

 丸い部屋のほぼ半分は窓になっており、咲き誇る赤やピンク、白の薔薇が目を楽しませる。

「まあ、すてき!」

 レイティアーノ姫も思わず感嘆の声を出すものの、隣にいる侍女を見上げてその顔色が変わらないのが分かって気落ちする。

 目に見えて不快な侍女の態度にイラッときたが、とりあえず黙っておこうと席に近づこうとした時だ。

「本当ですわねぇ。さすがサイラス様がお選びになっただけありますわ!」

 えっとそれぞれが顔を上げると、エシャル様がにこにこと微笑みながら薔薇を褒める。

「そういえば、こちらのお店では独自で薔薇水を開発したそうですわ。失礼ながら、レイティアーノ姫は何色の薔薇がお好きですか?」

「え、その、白が……」

「白でしたらこちらのお店の人気ナンバーワンですの! だから、なかなか手に入りませんのよ……」

 チラッとエシャル様が案内人に目線を送ると、わかっていたかのように頭を下げる。

「ご予約時に承っております。のちほど、お好きなものをお選びいただけますようお持ちします」

「まあ! さすがサイラス様ね」

 ねえ、と今度はわたくしへとふるエシャル様。

「本当に」

 本人はそこまで気がまわるかしら? と素朴な疑問をいただきつつ自然に同意しておく。

 そして、この話題をきっかけに、侍女の不機嫌な顔が軟化した。

 エシャル様が何度も「サイラス様が」と連呼したのが、彼女の何かに響いたらしい。この場でこの態度はいけない、と(ようやく)気がついたのか、急に微笑んでレイティアーノ姫に「良かったですね」と優しくなっていた。

 ただ、急に優しくなった侍女に、レイティアーノ姫がビクッとしていたのは丸わかりでしたけどね。

 わたくしもビクビク気後れしている人をどうにかしよう、なんてゲスなことはしないわ。

でも、あの侍女が相手ならどうにかこの場をしのげそうだわ。

エシャル様が「絶対大丈夫ですから」と言っていたのは、きっとこのことね。

 さて、どうなりますことかしら、ねぇ。


 ――うふふ。なんだかワクワクしてきたわ。面白くなりそう。



読んでいただきありがとうございます。

さくっと次話まで食事会になります。


少しずつ話は進んでおります。もう少しお付き合いください。


あと、書籍と本編がだいぶ違った話になっております。

感想やメッセージでもそのあたりはいただいております。

ええ、三巻でエシャルは出てきますが、だいぶ違います。

こちらはこのまますすめます。

なので、書籍と若干立ち位置や名前が変わる方もちらほらいますが、無視してください。

とりあえず、マダム・エリアンは書籍と統一してます(笑)


では、また!!


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