第20話 先輩と公園で
ノブは思いきり不機嫌そうな顔になり、
「陽菜はさ、お前のことを応援するって言ってるんだろ?」
と威圧的に言ってきた。
なんだよ、いきなり威圧的になって…。
「あ、ああ、まあ」
俺は曖昧に返事をした。
「陽菜は、結局お前のことを何よりも考えているんだろ?」
「いや、先輩のことも心配して…」
「お前、何もわかっていないじゃん」
ムカ!
なんなんだ?上から目線で言ってきたノブにこっちまで腹が立ってきた。
「なんだよ、ノブはいつもなんでも分かったようなことを言うよな?じゃあ、何がわかってるっていうんだよ」
「陽菜のことだよ。いつだって、陽菜はお前のこと考えてるじゃん。何より優先しているじゃん」
「だから!俺は今、陽菜のことじゃなくて先輩のことを相談したんだよ」
「お前がどうしたらいいかわからないってことだろ?」
「そうだ」
「じゃあ、言ってやる。答えてやるよ。先輩のことなんか放っておけ」
「はあ?」
「お前さ、陽菜の親に陽菜のこと頼まれているんだろ?じゃあ、陽菜のそばにいてやれよ」
「待てって。おかしいだろ。話の辻褄があっていないだろ」
「付き合うかどうかもわからない。単なる憧れに毛が生えたくらいのもんだろ?だいたい、1年もしないうちに先輩は卒業するんだろ?陽菜は、そんな簡単な関係性じゃないだろ?」
「お前が陽菜のことを一番に思っているんだろ?俺に押し付けるな。お前が守ればいいだろ」
「俺は違う高校に行ったし」
「じゃあ、お前も桜ヶ丘来ればよかっただろ?」
「俺じゃ意味ねえんだよっ!」
ノブが思いきり怒りを露わにした。
「………意味ない…って?」
「いや…。俺だって、陽菜の幼馴染だ。そうだけどさ…」
ノブはなぜか言葉を濁した。
ノブは俺から視線も外し、気まずそうにしている。本当になんなんだよ。何が言いたいんだよ。先輩の話をしているのに、放っておけだと?
「ノブに相談したのが間違いだった」
ボソッとそう言うと、ノブは「ああ、そうかよ」と言い残して部屋を出て行った。
なんで俺がノブに怒られないとならないんだ。いくら陽菜の両親に頼まれたからと言って、俺が誰を好きになって誰と仲良くなろうが関係ないだろ。
「あ~~~~~!!ますます、こんがらがった。むしゃくしゃする!!」
ドスン。ベッドにダイブした。
「俺が誰と仲良くなろうがノブに関係ないだろ。俺が気になっているのは陽菜じゃなくて先輩だ!先輩のことで悩んでいるんだ!勝手な事ばかりいいやがって!くっそ~~!!!」
そう叫んだあと、しばらく何も考えず枕に顔をうずめていた。そして、一つだけあきらかになったことがあった。
「俺は、先輩を好きだってことだ。悶々とするほど、先輩のことが気になって仕方なくて…」
気になるなら、会いたいなら、話がしたいなら会えばいいじゃないか。昼休みに屋上に行くことは気がひけるなら、朝だけでも公園に行って会えばいいじゃないか。
こんなことでいつまでも悩んだり、もやもやしたりしていないで、行きたいなら公園に行けばいいんだ。先輩に会って、どうしたいかなんてわからない。ただ、会いたい、ただ、話がしたい。それだけだ。それだけでもいいじゃないか。
今まで悶々としてもやがかかっていたのが、嘘のようにすっきりと晴れた。ノブに怒られて、こっちもブチ切れて、すっきりしたみたいだな。
早速俺は翌朝早くに起きて、公園に行くことにした。会ったら何を話そうかとか、ずっと会えなかった理由をどう言い訳しようかと考えたりしながらも公園に急いだ。
公園に着くとまだ先輩の姿はなかった。今日は来るのだろうか。会えないかもしれないんだな。約束をしているわけではないし。いきなり俺は、気弱になった。ああ、いったいなんなんだ。
そわそわしながら、俺はじっと公園の入り口を見ていた。すると、まだ姿が見えないというのにセンセイの「ワン!」という声が聞こえてきた。
「あ!春が来る君だ!」
入口に先輩が現れたと思ったら、先輩の大きな声が聞こた。
「ワン!」
センセイも尻尾を思いきり振っている。
「どうしたの?風邪でもひいてた?ずっと屋上にも公園にも来ないから、心配したよ」
心配?先輩が俺のことを?
「あ、すみません。風邪ってわけじゃなかったんすけど…」
俺は突然のことにびっくりして、しどろもどろになった。ここに来るまで言い訳をあれこれ考えていたのに、すべてが吹っ飛んでしまった。
「具合が悪いわけじゃないならいいの。良かった良かった」
そう先輩は言うとにこりと微笑んだ。ああ、先輩は優しい人だ。それに寛大だ。
そう感じたと同時に、そんな先輩に友達がいない事が不思議に思えた。いくらだって友達ができそうなもんだ。みんな、先輩のことを誤解しているか、良く知らないだけじゃないのか。それとも、女って言う生き物は優しい人やいい人に対して厳しいのか。
「あの…。屋上なんですけど、行くとまたクラスメイトがいそうだから、これからはどっか別のところで食べようかと思って」
「クラスメイトがいると嫌なの?」
首をかしげて先輩が聞いてきた。
「あれこれかまわれるのも嫌って言うか」
「ふふ。春が来る君はどこまでも一匹オオカミでいたいのね」
そう言ってから、どこか空を見上げ、
「それとも、単なるテレくささだったりして?」
と先輩はいたずらっ子のような目をして言ってきた。
「は?」
「同年代の女の子と話すのが苦手とか、もしかしたら、陽菜ちゃんがいるから照れくさいとか」
「そういうんじゃないっす。まあ、女子が苦手っていうのがありますけど」
「え~~?ショック」
「え?な、なにがですか?」
女子が苦手な男子は嫌いなのか?
「私も一応女子なんだけどなあ。女子と思われていないってこと?」
「違います!!!先輩は、その辺の女子と違って、うるさくないし」
「くすくす」
俺が思いきり慌てたのが面白かったのか、先輩はしばらく笑っていた。あ、そうか。これ、からかわれたのか…。
先輩は、そのあとなんでもない話をしていた。例えばセンセイの好きな食べ物や苦手な事。動物病院での困った話や、面白かったことなど、その時々で思い浮かんだことを先輩は話していた。それを俺は相槌をうって聞いていた。
「さて。私ばかりが話しちゃったから、今度は春が来る君の話でも聞こうかな」
「え?俺の?」
「うん。なんでもいいよ。好きな事、興味ある事、家族の話でも…」
「……俺は」
本気で困った。好きなことも何もない。家族のことだって話すようなことは一切…。
「私は一人っ子なの。春が来る君も?」
「俺には姉がいます。自由奔放な姉で、すでに家を出て一人で暮らしています」
「へ~~。年が離れているの?」
「はい」
「それは寂しいね」
「寂しいなんて感じたこと一切ないですね。そんなに仲良かったわけじゃないし」
「そうなの?そうか~~。私一人っ子で兄弟いないからわからないけど、そんなもんなのね」
「仲悪い姉弟だって、いるってことです。けっこう、兄弟仲悪いって家も多いかもしれないっすね」
「春が来る君の周りの人もそう?」
俺はポンとノブのことが浮かんだ。ノブにも姉がいる。喘息で子どもの頃から、入退院を繰り返していたらしいが、高校卒業してすぐに沖縄に行き、すっかり元気になってそのまま沖縄で暮らしている。
姉がいるのに、すでに家を出ているという点では、ノブとは共通点があった。ただ違うのは、ノブは姉と仲がいいことだ。仲がいいどころか、ノブは姉思いの弟で、子どもの頃から姉の体を心配していた。
あいつが陽菜のことを心配して大事に思っているのは、姉のことがあったからかもしれない。何度も喘息で苦しい思いをしていた姉を直に見ていたから。
とは言っても、ノブの両親はそんな姉につきっきりだったから、ノブは親がいないとき、うちに飯を食いに来たり、泊っていくことも多かった。一人で寂しい思いをしただろうに、姉のことも親のことも怨んでいない。思えば、ノブのやつも寛大なやつだよな…。
っていうことは、俺ばかりが心が狭いってことか?
そんな思いが一瞬よぎったが、
「陽菜ちゃんとは赤ちゃんの頃から仲いいの?」
という先輩の質問に我に返った。
「陽菜は…小学生の時に隣に引っ越してきて、それからです」
「私、幼馴染もいないから、ほんと、羨ましい」
「近所に同じくらいの年の子、いなかったんですか?」
「いたけど、遊ばなかったから。私、こう見えて引っ込み思案で、いつも家にいたの」
「そうなんすか…。こんなにお喋りなのに」
ちょっと仕返しのつもりで、意地悪を言ってみた。だが、先輩は不思議そうに俺を見て、
「そうなんだよねえ。君の前ではお喋りになっちゃう。君、不思議な子だよね」
と、首を傾げた。
「え?って、どういうことっすか」
「いつもこんなにお喋りじゃないよ?まあ、喋れる友達もいないんだけどね。いたとしても、何を話していいかわからなくって、すごく気を遣ってしまうの。子どもの頃から一人で遊ぶのには慣れていたし。一人の方がほっとするんだよね」
「そうなんすか…。じゃあ、同類なんですね」
じゃあ、先輩は別に友達が欲しかったり、寂しかったりするわけじゃないのか。一人の方が今も気楽なんだな。
「ふふ…。だから、気が合うのかな?君といると窮屈しないって言うかさ、気を遣わないですむんだよね。あ、これ、悪い意味じゃないよ?」
「はい。わかってます」
気を許せるってことだよな?それ、けっこう嬉しい。
「もしかして、手嶋君も、君といると楽なのかもね。きっと陽菜ちゃんも…」
「手嶋が?あいつは誰とだって、ベラベラ話していそうですよ。先輩の前でもそうでしょ?」
「う~~~ん。だけど、委員の子たちとそんなに話したりしていないよ。私がいないと、黙々と作業しているし」
「じゃあ、先輩も話しやすいってことですね」
「う~~~ん」
先輩は首を思いきりかしげ、
「私、他の人からだと、話しにくいって思われているんだけどなあ。あまり、話しかけて来る人いないもの。君と手嶋君くらいだよ」
「………そうなんすか。不思議っすね」
「不思議よねえ」
先輩は目を細めて俺を見てから、すぐに先輩の前に座って、尻尾を振っているセンセイの頭をなぜた。
俺の「不思議」を先輩はどう受け止めたかわからないが、俺には先輩は誰とでも仲良くなれる力を持っているように思えたんだ。だから、他の人と話をしないのが不思議に思えた。先輩の方がもしかすると、壁を作っているだけなんじゃないのか。そんなふうに感じ取れた。
公園でのなんでもない話は、1時間にも及んだ。先輩は時計を見て、
「あ、いけない。こんな時間だ。すっかり話し込んじゃったね。センセイのご飯もまだなのよ。もう帰らなくちゃ。じゃあ、またね」
と公園を出て行った。
俺もまだ朝食を食べていないことを思い出し、家に向かった。道中、先輩と会えたこと、先輩が前と同じように接してくれたこと、1時間も先輩と話が出来たことを喜びながら。




