レッスン
口に押し込まれたパンを手に取りちぎってシチューにつけてから口に運ぶ。
「私、マナーを知らないので、詳しい人は私にもダメ出ししてね!」
もしかしたらパンにシチューを付けて食べるなんてマナー違反かもしれないと思って慌てて声をかけると、マナーを知らないってことはやっぱり山賊の……という目を向けられた。
うわーん、イザートのあほんだらぁ!ちゃんときっぱり否定してくれないから!
「リコ様!これでは私たち、成長できませんっ!」
「そうです!お世話させてくださいませっ!」
あれから3日が経った。私は、毎日せっせと本を読んでいた。
「あー、うーん……」
今日も、部屋にこもってずっと本を読んでいたら、メイとマリーが耐えかねたように訴えてくる。
お世話させてくれと言っても……。朝の着替えと食事とお茶とお風呂と……十分お世話してもらってますけど。
正直、自分のことは自分でしていたどころか、母と妹の世話をする立場だったので、世話をしてもらうというのがいまいちピンと来ないというか。全部自分でしたくなっちゃうのを、今でもぐっとこらえているんだけれど……。成長できないと言われるとどうしたら……。
「普通のご令嬢は他に何のお世話をしてもらっているの?」
本を持ってきてもらったり片付けてもらったりじゃ足りないですよねぇ。
「それはもちろん、舞踏会へ出るときのために、肌のお手入れとか」
「素敵なドレスに着替えてお化粧をするとか」
舞踏会の予定もないし、ドレスは動きにくいし。屋敷の中にこもって本を読んでいるだけで化粧の必要もないし……。でも、そうか。
舞踏会に出た時の装いは侍女の腕の見せ所なのか。
「メイ、手の空いてる侍女に集まってもらって、マリーは化粧道具の準備をお願い」
と、あと数ページで読み終わる本を机の上に置いて二人に指示を出す。
「はいっ!すぐに!」
「畏まりました!」
二人はとても嬉しそうにてきぱきと行動を始め、ものの数分であっという間に準備が整った。
並ぶ侍女の数は8人。今いる侍女全員だ。……あれ?手が空いてる侍女って言ったはずだけど、皆暇なの?
メイクアップアーティストが使うような化粧道具がドーンと並べられているのを、侍女たちは期待に満ちた眼差しで見ている。
「私、メイクには自信があります!苦手な者への指導をすればよろしいでしょうか?」
「私は苦手です。ぜひ上達したいです」
聞いてもいないのにビシビシと手が上がる。そして、ワクワクと弾んだ声だ。……そうか、メイクって楽しいよね。好きなんだね。
私は若干活字中毒っぽいところがある。時間が図書館でいつも本を借りて読んでいた。家で何も読むものが無いときは、妹の買っていたメイク雑誌などを読むこともあった。
私自身はファンデーションを塗って眉毛を描いて口紅塗ったらおしまい程度の化粧しかしたことはない。でも、知識はそれなりにある。
ちょいちょいと、メイとマリーを手招きする。二人は若いからかノーメイクだ。
眉を描く道具を手に取る。ペンシル型ではない。チップのようなものでかきあげるようになっている。
「ちょっとメイクさせてもらうわね、二人ともここに座って」
と、他の侍女に顔が見えるように座ってもらう。
「ええええ、聖女様にメイクをしてもらうなんてっ」
「そうです、私たちの仕事ですっ」
「私の知っていることを、教えます。皆が成長するためです」
と、メイの眉毛を左右で違うように書いた。マリーの顔にも同様にして、顔を半分隠しながら説明する。
「眉の描き方一つでもこれだけ印象が違ってきます。しっかり角を作ればりりしくなります。丸みをおびて角を作らなければ優しい印象。色によっても印象は変わってきます。また太さや、角度、長さも。違いを出すことで印象はがらりと変わります。もちろん流行を取り入れながらが基本とはなりますが、わざと眉毛を少しまげて困ったように描くと、どう見えますか?」
モデルにした2人の他の6人が食い入るように見ている。
「なんだか、頼りなさげ?」
「守ってあげたいような……」
と、それぞれが持った印象を口にする。
「そうですね。あと色気も出ると言われています」
「あー!確かに!そういわれるとそうかも」
「すごい、眉毛一つでこれほどの違いが……」
つかみはオッケー。
ご覧いただきありがとうございます。
ストックはあるというか、完結まで書いてあるのですけれども、更新作業がしんどいです……すいません。ぽつぽつやってきます




