だめだし
「では、配膳が苦手な人は誰?」
今度の質問には素早く何人かが手を上げた。
「私、まだ配膳を担当したことがなくて、教科書で覚えただけで……」
メイの言葉に、別の侍女がこくこくと頷いている。
なるほど。侍女の教科書みたいなものがあるのか。それで一通りの知識はあるけれど、実施訓練みたいなものは無いのかな?
「では、メイと、あなた、今日は二人にお願いします。あなた名前は?」
「わ、わたし、マリーと申します。あ、あの、本当に私、配膳はしたことが無くて、ほ、他の人に……その」
指名したマリーはメイと同じように若い。新人なのだろうか。
「いくら失敗してもいいわ。ここは練習の場だと思って。成長して1年後を迎えるの。分かった?だからこそ、苦手な人にたくさん経験してもらうつもり。できれば得意な人にサポートについてもらって、アドバイスをしてもらえればと思ったけれど。得意ではなくとも、経験者はいるでしょう。メイやマリーのおかしなところは遠慮せずに指摘してもらえるかしら。通常なら主人の前で失敗を注意することはないのでしょうけれど、ここにいる間はお互いがお互いの得意なことを教えあって成長してもらいたいから」
客の前でアルバイトを注意するような店って、あまりいいイメージないから、きっとこういうところでも失敗した場合は上司に当たる者が謝って、下がらせて、主人のいないところで後で指導するのが普通なんだろうなぁとは想像できる。
あー、そうだ。
「イザートもそれでいい?食事くらい落ち着いて取りたいのであれば……」
と。勝手に話を進めてしまったけれど、あくまでも私よりもイザートの方が立場が上だ。イザートがNOと言えば無理はできない。
「ああ。問題ない。うっかりスープをぶっかけられたって、それが成長につながるならどうってことないさ」
イザートの言葉に、セスが冷たい視線を向けた。
「執務室で、おかずを挟んだパンを手づかみで食べるような毎日ですから。少しくらい上品さが損なわれても気にならないでしょうね」
小さくため息をつきながらセスがイザートをディスった声がはっきりと聞こえた。
執事って、こんなんだっけ?
「じゃぁ、早速、せっかくカトラリーをセッティングしてもらってるんだけど、こっちに移動させてくれないかしら?あんなに離れた席では会話もできないわ」
イザートの席の斜め前の席に着席する。
「は、はい。かしこまりましたっ」
メイが慌てて離れた席のカトラリーをカートに乗せて運んできた。
他の侍女たちはその様子を見ている。
「ちがっ」
ん?誰の声?
マリーも料理の乗ったカートを押してくる。銀色のドーム型の蓋っていうの?を持ち上げ、中に入っていた前菜をイザートの前に差し出した。
「ああっ」
また、誰かの声。
メイが私の前にカトラリーを並べ始める。
「お待ちなさい!メイ、いくら何でもひどすぎます。まず素手でカトラリーをカートに移すなどあってはならないことです。せっかく磨き上げた銀の輝きが損なわれてしまいます。必ずナフキンで包むようにして扱いなさい!それから、似たように見えてもすべては違います。形をよく見て違いを覚えなさい。それから、マリーもひどい。いったい何を学んできたのか。なぜまだリコ様の準備が整わないのにイザート様に料理を提供したの?ここは待つべきよ。そうでなければ、目の前に料理を提供された状態で、イザート様は料理に手を付けることができないまま待たなければならなくなるわ。料理の風味が損なわれてしまうでしょう。ああ、それから、メイは、なぜそちら側から給仕をしているの?もちろん、教科書には左側から給仕するようにと書いてあったのは確かですが、時と場合によって臨機応変に対応すべきです。リコ様の斜め左にイザート様がいらっしゃいます。左側から給仕をしてしまえば、二人の視線、会話を遮ることになるでしょう。この場合は、こちら側から失礼いたしますと一言断って、右側から給仕すべきです」
一気に吐き出されたダメ出しに、声の主に皆の視線が集まる。
メイに嫌がらせで花瓶をわざと落とした金髪の侍女の一人だ。




