縄文式土器とでも呼ぶのかな?
「ぷっ」
ん?
私たちの会話を聞いて、堪え切れないと言った様子でマーサが噴出した。
まぁね、分かるよ。セスが恋愛小説を読んでいる姿を想像するとね。似合わなさすぎて笑っちゃうよね。
「マーサ、侍女たちに伝えておいてね。異世界の人が出てくる恋愛小説。とびきりのものを教えてね。セスがどんな小説が好きなのか分からないから、とびきり甘い物から、サスペンス色のあるもの、悲恋など、いろいろなジャンルが揃うといいわね」
マーサのことをセスが注意する前にマーサに話しかける。
「はいっ!皆にも伝えて目いっぱい素敵なときめく本をご用意いたします!」
「よろしくね」
セス……表情は相変わらず変わらないのに、冷気だけはしっかり漂ってきているので、ちょっと怒ってますか……。
あはは、失敗した?つい、セスの人間っぽい感情の動きが嬉しくてやっちゃいましたか……。
セスが部屋を立ち去る後ろ姿を申し訳ない気持ちで見送る。
持ってきてもらった粘土はしっかり空気を抜いてから、伸ばして平らにする。
「リコ様、何を作られるのですか?」
マーサが興味深げに私の手元を覗き込む。
「んー、新縄文土器かな?」
本ではそう命名されていた。まぁ、つまり、原始的な土器だ。陶器のように洗練もされていなければ丈夫でもない。
たき火の火で焼いて仕上げるだけの土器。
「ここからが本番。模様をつけるの!」
縄文式土器の特徴は、弥生式土器のシンプルさとは違い、縄目やそのほかの模様で華美なデザインであるということ。
まぁ、今回は模様ではないけれど。
「え?えええ?まさか、えーっと、レシピを書いているんですか?」
マチルダにこちらの言葉にしてもらったものを見ながら、平らに伸ばした粘土にレシピをかいていく。
もちろん、書くといっても、紙に書くようにインクで書いているわけではない。模様をつけるように、粘土をペン先で削り取っていくのだ。
いや、もちろんペンを駄目にしてはいけないので、あらかじめ駄目になったペンを用意してありますよ。
「あっ」
私の手元を見ていたマチルダが、声を上げた。
ん?
よく見れば、はみ出してはいけない部分をはみ出して書いていた。
……もしかして、牛と午のように、はみ出しがあるかないかで別の文字になっちゃうのかな?……?言葉として見ない、文字として意識すると、私の特殊な能力……なぜか読めるというのが発動しないから間違っていても分からない。困ったなぁ。
「リコ様、私にやらせていただけませんか?」
マチルダが意を決したように、私に声をかけた。
「え?やってくれるの?じゃぁ、お願い」
素直に席を譲る。緊張した面持ちのマチルダ。もしかして失敗を恐れているのかな?
「あ、これね、間違えても、こうして埋めちゃってやり直せばいいから」
私が間違えた文字のところに粘土を押し込み平らにする。それを見てマーサが手を小さく打った。
「なるほど!これならいくらでも書き損じができるんですね!紙に書くと、間違えてしまっても直しようがありません。いえ、もちろん黒く塗りつぶして書き直せばいいのですが……見栄えが悪く値段が落ちてしまいます」
ああ、なるほど。本であれば、失敗したものを使うわけはなくても、レシピであれば、紙1枚か2枚である程度の枚数を販売するのであれば、美しく書かれたものと、ちょっと失敗して直したものがあるものと両方値段を変えて売ることもできるのか。
「これをレンガのように焼くんですよね?紙じゃなくて焼き物のレシピなんて、素敵ですね!同じレシピでも高く売れそうです!」
マーサは焼いて仕上げることを知っているようだ。
「残念ながら、これは売らないのよ。まずは実験もかねての試作品。いえ、成功すれば完成品?いや、とにかく、まぁ、うん、明日には結果が出るかな」
キャンプの本によれば、まずは乾燥させる。2~3時間ほど、たき火から距離をとって置いて乾燥させる。いきなり火にくべると割れてしまうらしい。日干しで乾燥させてもいいんだけれどそれだと日数がかかる。いや、これから大量につくる時にはそれでも問題ないけれど、実験用で早く結果が知りたいから、今回はたき火を利用したキャンプ方式。
しっかり乾燥したら、今度はたき火で焼く。陶器は窯などを使って高温で焼かなければいけないけれど、土器はたき火で焼けばいい。
数時間焼いたら新縄文土器の出来上がりだ。……うまく焼けるといいな。まぁ、もし割れちゃっても、粉々じゃなければ何かでひっつけちゃえばいいやくらいの気持ちなんだけどね。米粒とか。……なんか土鍋って、おかゆを作ると割れ目が埋まって丈夫になるとかいうし。この世界に米はあるのかな?
と、考えている間にも マチルダはそれからすぐに整った文字で粘土に文字をどんどん書き進めていた。
「さすがマチルダね。とても美しい文字だわ。マチルダがいてくれてよかった。助かるわ」
小さな声でマチルダが「ありがとうございます」と言ったような気がした。




