心緩む
「じゃぁ、次は、マチルダ、調理室に行って、このレシピを見ながらマヨネーズを作ってくれる?」
「え?わ、私、料理はっ」
いつもすました顔のマチルダが息を飲んだ。
「あら、じゃぁちょうどいいわね。普段料理をしない人でも、これを見れば作れるのか確認したいの。見ても作れないレシピなんて手に入れた人が困るだけでしょう?」
「そ、そうですが、ですが、本当に私、料理は……」
「じゃぁ、マーサ、あなたも一緒に。マチルダを手伝ってあげて」
さっきからレシピを興味深そうにチラチラと見ていたマーサに声をかける。
「わ、私ですか?私も料理は……」
「ちょうど、いいわね」
にこりと笑って、有無を言わさず二人を送り出す。
「レシピを見ても作れないようなら、もう少し表現を変えないといけないと分かるもの。どこが分かりにくかったのか、何に困ったのかあとで報告してね。あ、夕飯に二人が作ったマヨネーズを試食します」
部屋を出て行く二人の背中に声をかけた。
……本当に料理が苦手みたいね。いつもピンと伸びている二人の背中がちょっと丸まっている……。侍女ってもしかしてこの世界のキャリアウーマンみたいなものかしら?家庭的なことは苦手で、料理とか壊滅的だったり?
恨めしそうな顔をしてもだめ。っていうか、侍女はそんな顔しちゃ駄目でしょう。マーサはまだ修行が足りないみたいね。マチルダはすっかり表情をひっこめたというのに……。
キャリアウーマンだけのことはある。
夕食に出されたマヨネーズは、ちゃんとマヨネーズになっていた。
「このレシピで問題なく作れたのね?」
「はい。料理長が脇で見ていましたが、アドバイスは一切もらわずレシピだけを参考に作りました」
マチルダの言葉に、料理長がうんうんとテーブルで頷いている。
今日の給仕の練習のためテーブルについてもらっているのは料理長と一番経験の浅い料理人、セスとすっかり給仕の指南役として定着しつつあるミミリアだ。イザートは今日は領地から戻れないみたい。
「あんなに料理長がはらはらおろおろうろつく姿を初めて見ました」
若い料理人が楽しそうに笑うと、マチルダとマーサの動きが一瞬固まる。
「いや、お前に初めてスープを任せた時も同じだ。あまりの手つきのおぼつかなさに、口を出したくて仕方がなくなる」
料理長の言葉に料理人があははと笑いを漏らした。
「手つきも手際も、二人は全然なってなかったよ」
料理長がマーサとマチルダを見た。壁際に立つ二人が少しだけ俯いた。
「だけど、レシピを見ながら一つずつ丁寧に作業していた。美味しい料理を作るうえで大切なことだ。雑な仕事では本当に美味い物はできない。それに言ってい教えられたことること……今回はレシピだが、そこに書かれている作業を無視して勝手なことをすれば失敗する」
マーサとマチルダを見る料理長の目が笑った。
「彼女たちは見どころがあるよ。一番大切なことができるんだから」
マチルダが頭を下げた。マーサは嬉しさで口元を緩めて表情が崩れている。




