マチルダ
「マチルダは、私が文字も書けないからって、馬鹿にする?……しないと信じているし、私が文字が書けないからってでたらめを教えるようなことはないとも信用してるんだけれど」
まぁ、かけなくても読めるからでたらめ教えられたら分かるんだけどね。本を読んでいることも知っているからマチルダも分かってるんじゃないかとは思う。馬鹿にするかどうかは……真面目にいろいろなことに取り組んでいる姿を見るとしないような気がする。……信用してると言いつつ、心の底から信用しきれない私はずるい。
「信用……私を……?」
マチルダがふわりと、浮かびそうな軽さの言葉を口から漏らした。
錘から解放されたようなため息のような声だ。
「あー、でも、文字が下手くそで、見せられたものじゃないというのなら、別の人に頼むけれど?」
信用しきれていない自分が醜い気がして、誤魔化すように茶化すようなことを言う。
「い、いえ。大丈夫です。人並の字は書けますので」
セスが一歩前に出た。
「マチルダの文字は侍女の中でも丁寧で読みやすいですよ。文字を覚えようと思えば良い見本になるかと」
セスには私の信用するという言葉がうわべだけだということが見透かされたようで顔を見ることができない。
「ありがとう……セス……」
「何のことでしょう?」
セスは使用人の書く文字のことまで把握しているのか。いや、報告書が偽造される可能性もあるため覚える必要があるのだろうか。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
セスの顔を見上げれば、珍しく口元を緩めて微笑んでいた。
ドキリと心臓が高鳴る。私にだけ見せる特別な表情……ではないだろうけれど、ちょっとだけ距離が近づいたような気がした。
使用人を守るのがセスの仕事だ。私が使用人に歩み寄ろうとしていることをセスが喜んでくれただけ。私に特別な表情を見せてるわけじゃない。ドキドキっとした気持ちを落ち着かせるために、にぃっと笑い顔を作る。
「何のことかしら?」
からかうようにセスの言葉をまねて返事をすると、すぐにセスはいつもの無表情に戻った。
風呂に入ってから部屋に戻ると、すぐに紙をまえにマヨネーズのレシピをしたためる。
簡単な挿絵も書いて、分量に作り方の手順。
「マチルダ、じゃぁお願い」
日本語で書いたそれを読み上げ、マチルダにこちらの言葉で書いてもらう。
「これでよろしいでしょうか?」
マチルダに書いてもらった紙を確認する。自動で翻訳されるため、こちらの言葉だけれど意味はしっかりと脳に伝わる。
それを無視して、意味を考えずにもう一度紙に書かれている文字を見る。
線も引かれていない紙なのに、斜めになったり凸凹したりせずに、文字がきっちり並んでいる。
大きさもそろっていて、こちらの文字の上手い下手は分からないけれども、整った読みやすそうな文字に見える。
活字に近いといえばいいだろうか。
写本でかかれていた本の文字よりも美しいような気がする。
「セスが言っていたように、マチルダの文字は素敵ね」
紙から顔を上げてマチルダを見ると、小さく息をのむのが見えた。
「ありがとう、ございます……」




