レシピの話
まぁ、アイサナ村の麦はほとんど枯れてしまったから手遅れだったけど、枯れそうでも何とか残っている作物を助けるのはやっぱり雨だ。だから、雨を切望している場所で役に立つのはやっぱり雨を降らせる魔法が使える侯爵であることは間違いないんだとも思う。
「リコ、ありがとう……」
エドがなぜか泣きそうな顔をして私の顔を見た。
どうして、そんなに悲しそうなつらそうな顔をしているのだろう?
「リコこそ聖女……改めてそう思うよ……」
「ふっ、よいしょしても、これ以上今日は何も出てこないよ?ポテサラサンドだけならたくさん持ってきたから、どんどん食べて」
泣きそうな顔を見たくなくて、ドンッと力いっぱいエドの背中を叩いた。
「ぐっ、ああ、いくらでも食べるよ。美味しい」
エドがちょっとだけ前に上体を傾けてから、再び腰かけた。
「でもこれ、ジャガイモだけで作ったわけじゃないよね?何度かシチューに入ったジャガイモを食べたことがあるけれど、こんな味じゃなかったと思う」
「ああ、それはね、油とか他の材料も使っていて……あ、レシピほしい?」
「レシピ?」
「うん。料理人とレシピの販売も検討してるんだけれど、ポテトサラダのレシピって欲しいと思うかな?」
エドが大きく頷いた。
「もちろん、何度も食べたくなる味だ!でもじゃがいもか……。ジャガイモがいるとなると……アイサナ村で作った物の需要が高まるか。いや、他の地域でも作らせるか?タロイモの生産地では難しいのか。麦の……」
いろいろと考え始めたエドの様子を見て、やっぱり施政者側の人間なのね、エド。貴族なのかな。友達なんて気軽に言っちゃったけど。
1年たって聖女じゃなくなった私が近づけるような人間じゃないんだろうな……。あ、逆に、親しくなっておいて、友達のよしみで仕事を紹介してほしいんだけどと、頼めるといいのかな?でも、そういう下心あっての付き合いなんて友達じゃないよね。……うん、エドがどんな立場の人だって、正体を明かされない限り、友達。それでいい。エドだって、私が闇聖女だと分かっているけど特別な態度はとらないもんね。
「食べた人間皆がレシピを欲しがると思う。でも、そうか、レシピは数が出回ることもないか?そうすると需要はそこまでいきなり爆発的に増えることはなくて……」
サンドイッチを食べ終わり、立ち上がって再びスコップを手に取った。
「レシピを欲しがる人ってそんなにいるかな?」
「いるよ、いる!侯爵家だけじゃないよ。貴族という貴族、それに食堂の経営者に、欲しがる人は多いと思うよ。それほど新しく衝撃的な味だ」
マヨネーズを使ってるしね。
マヨネーズ……のレシピを売るのが先なのかな?セット販売?ポットサラダのレシピには「マヨネーズを使います」って書くでしょ。で、そのマヨネーズは別のレシピ……。
紙1枚で1つのレシピとなればそんな感じになるよね。手書き……イラスト入り……やっぱり、数を売るには印刷……。
考え事をしながらスコップを動かしていると、単純な作業でも退屈せずに捗る。
黙っていたけれど、エドはエドで何かを考えているようで、何の会話もなく時間が過ぎて行った。




