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04 美しき吸血鬼


 その女性は、僕が今まで見てきた女性の中で、最も美しかった。

 パーティーメンバーであった魔女ユミナや聖女シンシアも美しかったが、それですらこの水晶の中の彼女には遠く及ばない。


 腰まで届く銀色の長髪。

 女性らしい肢体に、まるで死人のように青白い肌。一糸纏わぬその姿は、淫靡であると同時に、神々しさすら感じさせる。


 あまりにも美しすぎるその容貌は、傾国という言葉こそが相応しい。

 その美女の、血を煮詰めたかのような紅い瞳が――僕を見つめていた。


「……ッ!」


 僕の身体が自然と震え出す。

 これは……恐怖だ。

 

 この感覚には覚えがある。

 恐らく彼女は――死霊種(アンデッド)の類だ。


 あまりにも死に近すぎる死霊種(アンデッド)は、ただ存在するだけで生ける者に恐怖を与える。


 魔獣たちが恐れているのは彼女だろう。

 水晶によって封印されているのにも関わらず、この怖気。

 この場にいるどの魔獣よりも圧倒的な格上であるのは明らかだ。


 ――そうか、ドラゴンがここまで追ってこなかったのは、それが原因か。


 最強種たるドラゴンすらをも退ける美女。

 彼女は水晶に包まれたまま、じっとこちらを睨み続けている。

 

「彼女と、契約を結べれば……」


 きっとこの凶悪な迷宮(ダンジョン)からも脱出できる。僕はそう確信した。


 だが……契約は可能か?


 テイマーの中でも特に死霊種(アンデッド)との契約を専門とするテイマーのことを死霊術師(ネクロマンサー)というが、その数は通常のテイマーと比べてずっと少ない。


 それほどまでに危険なのだ、死霊種(アンデッド)との契約は。

 死に近すぎる彼らと契約をした者は、やがて死に惹かれ――破滅する。


「だけど、他に方法はない」


 食料はある。荷物を抱えたまま落下したため、数日は保つ。とはいえ、ここで魔獣に囲まれている以上、いつかはなくなり、やがて餓死してしまう。

 僕一人では魔獣を蹴散らして先に進むのも不可能だ。


 そうなると、一か八か――彼女の封印を解放してみるしかない。


「いきなり襲い掛かってきたりしないでくれよ……?」


 僕は恐る恐る、水晶へと触れた。

 

 封印の解除の方法は単純だ。適切な手順で水晶に魔力を流し込めばいい。

 僕の魔力は常人と比べても少ないが、ぎりぎり足りるだろう。

 魔力を水晶へと注ぐ。


 そして、次の瞬間――莫大な光が周囲に放たれた。


 光が収まる。

 そこにあったはずの水晶が消え、封印から解き放たれた美女が立っていた。


「――あなたは、だれ?」


 その声を聞いただけで怖気が走った。

 身体の震えが止まらない。紅い瞳がこちらを睥睨する。

 黙っていたままでは殺されるかもしれない。僕は震えながらも、答えた。


「僕は……レイン。テイマーの冒険者だ」

「テイマー……?」

「ああ」


 頷いた。興味深げな視線がこちらを眺める。


 いつの間にか、周囲の魔獣たちは凍りついたように動かなくなっていた。

 強大なはずの魔獣たちが、目の前の彼女の持つ圧倒的な力に心底から怯えきっている。


「私は……ルーシア。吸血鬼(ヴァンパイア)


 吸血鬼(ヴァンパイア)――Sランクの死霊種(アンデッド)

 数多くの死霊種の中でも頂点に位置する種族だ。


 Sランクに至った《覇者の翼(フリューゲル)》ですら討伐したことのないような怪物中の怪物。

 その気になれば、僕など一瞬で殺しつくせるだろう。


 そんな怪物が今、僕の目の前に立っていた。


「ルーシア、君がどうしてこんな場所に封印されていたかは聞くつもりはない。ただ……僕の使い魔になって欲しいだけなんだ」

「……!」

「僕は見てのとおり……とても力が弱い。どう足掻いても一人じゃこの迷宮(ダンジョン)を抜け出せないんだ。だから僕と契約して、君の力を貸して欲しい」


 直感する。下手な交渉は逆効果だ。

 彼女の機嫌を僅かでも損ねれば殺されかねないため、封印を解いたことを持ち出すのも危険だ。


 祈るように頭を下げる。

 殺されるかもしれない。


 だが――こんなところで死ぬわけにはいかない。


「私が……怖くないの?」

「怖いよ。怖いに決まってる。君たち死霊種は僕たち生者の天敵だからね」

「……なら、どうして」

「だけど、君に対する恐怖よりも、こんな場所で何も成せないまま死ぬことの方がずっと怖いだけだ」


 アリアの献身。そして、アベルに対する復讐心。

 それだけが、今の僕を生かす原動力だった。


「そう。なら、私を抱きしめられる?」

「勿論。むしろ、君みたいな美人相手なら役得なくらいだよ」


 すかさず、僕はルーシアに近付き、彼女をそっと抱擁した。


 会話の中で彼女の望みは見えた。

 この場所に何年封印されていたのかは知らない。だが、かなり長いこと封印されていたのだろう。


 吸血鬼(ヴァンパイア)だろうと、身体を動かすことすらできずにこんな場所に一人で封印されていれば当然、疲弊する。


 ずっと封印されていたからか、彼女は他者に飢えていた。

 ならば――それを満たしてやればいい。


 本能的な恐怖で身体が震えた。

 それを意志の力で押さえつけ、彼女をそっと抱き寄せる。

 感触は一切感じられない。恐怖で感覚は麻痺していた。


「……怖くないの?」

「怖くないよ」

「血を吸ってもいい?」

「ああ、それで契約をしてくれるなら、喜んで」


 言うと、ルーシアの唇が僕の首筋に近付き――その鋭い牙が、突き刺さった。



「面白い!」

「続きが気になる!」


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