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16 聖女の堕落【《覇者の翼》視点】


「報復だ……俺を虚仮にしやがったレインの奴は絶対に殺してやる」


 王都の宿の一室。

 ロジェとユミナを召集したアベルは、開口一番にそう言った。


「だがどうやって殺す? 戦って分かったが、レインの新しい使い魔は強敵だぞ」

「くすくすくす――ロジェは馬鹿ねぇ」

「あ? なんだとッ!」


 ユミナがベッドに腰掛け、ロジェを嘲笑する。


「あんた、分からなかったの? あれは死霊種(アンデッド)、それも十中八九――吸血鬼(ヴァンパイア)よ。吸血鬼(ヴァンパイア)は確かにSランクの強力な種族だけど、その反面弱点も多いわ。――たとえば、太陽とかね」


 ロジェとユミナの口論。この二人は常に仲が悪い。

 アベルは嘆息して、口を挟んだ。


「ユミナ、どうしてそう思った? 肉体系の死霊種(アンデッド)なら死導師(リッチ)の可能性もある。そっちだった場合、太陽は致命的な弱点にはならない」

死導師(リッチ)は魔術師が死霊魔術(ネクロマンシー)で生ける死者へと自ら転じた存在よ」

「つまりどういうことだ?」


 ロジェの疑問に呆れたように嘆息して、ユミナが答える。


「つまり、一般的な死導師(リッチ)は近接戦闘よりも魔術戦闘を重んじるのよ。その一方で、あの女はさっきの戦いで影の魔術と生命操作の魔術こそ使ったものの、基本的には肉弾戦だった――死導師(リッチ)のイメージとはズレるわ。勿論、断言はできないけれど」

「なるほどな……」


 アベルは頷く。

 確実とはいえないが、ユミナの言には一定の理があった。


「そういうことなら、あの使い魔は吸血鬼(ヴァンパイア)だと仮定して対策することにするぞ」

「それでいいと思うわ。どちらにしろ、死導師(リッチ)には吸血鬼(ヴァンパイア)みたいに分かりやすい弱点はないしね」


 吸血鬼(ヴァンパイア)の弱点の最大のものは太陽の光だが、他にも聖銀(ミスリル)、十字架辺りが有名だ。


吸血鬼(ヴァンパイア)っていうと……確か滅茶苦茶な再生能力を持ってるって話だが」

「それなら対策はあるわよ。どんな再生能力があろうと、心臓に杭を打ち込めば死ぬわ」

「心臓を貫かれたらそりゃあ誰でも死ぬだろ……」


 ユミナは首を横に振る。


「強力な吸血鬼(ヴァンパイア)なら、たとえ聖銀の剣で心臓を貫かれても死なないわ。あくまでも杭じゃないと駄目なのよ」

「マジかよ……化け物だな」

「とはいえ、やっぱり死霊種(アンデッド)なら一番は祓魔術(エクソシズム)よね。シンシアが協力してくれればいいんだけど……」

「それは……無理だろ」

「まあそうよねぇ……あの子が協力してくれるとは思えないし」


 アベルは顔を顰めるが、異論はない。

 シンシアはレインに懸想している。万が一にもレインへの復讐に手を貸すことはないだろう。


 それに、と。

 アベルは先程気絶から回復した際にシンシアから告げられた言葉を思い出す。

 

「クソがッ!」


 ――私は《覇者の翼(フリューゲル)》を脱退させてもらいます。

 

 シンシアは毅然とした態度で、アベルにそう言い放ったのだ。

 プライドの高いアベルからしたら、それは決して許せるものではなかった。


 アベルは幼い頃からシンシアの気を引くためにひたすら鍛え続け、戦い続け、ついには《勇者》と呼ばれるまでに至った。

 それでもなお――アベルよりもレインのことを優先するシンシアに、アベルは苛立たしげにテーブルを蹴り飛ばす。


「本当ならば今すぐにでも殺してやりたいところだが――」


 今は夜だ。吸血鬼が最も力を発揮する時間。

 アベルは自分たちを簡単に倒してみせた強大なレインの使い魔を思い出し、思わず身震いした。


 夜のうちにあの女ともう一度戦うのは御免だ――という弱気な考えが頭をよぎり、アベルは愕然とした。

 

 この俺が……《勇者》である俺が、たかが女一人に怖気づいてるだと?


「――クソがッ! 明日だ! 明日の太陽が出ているうちに、レインを襲撃するぞ!」


 アベルのその目には、レインに対するどろりとした殺意と嫉妬が宿っていた。



 □




 ――そんな会話が行われている部屋の隣の一室で、シンシアがベッドに横になっていた。


 迷宮(ダンジョン)でルーシアに言われた言葉が頭から離れない。

 

「はぁ……」


 レインは復讐をするつもりだろう。

 彼は荒っぽい者が多い冒険者の中でも比較的穏やかな性格をしているが――使い魔を殺されていても黙っているような性格はしていない。


 普段のシンシアならばその復讐を止めようとしただろう。《聖女》である彼女は、弱者や悪人ですら見捨てることができない。


 だが、今の彼女は、どうしても思ってしまう。

 アベルやユミナ、ロジェ……彼らに、庇うだけの価値があるのか、と。


 ルーシアの言葉が頭から離れない。


「違う……私は……」


 見捨てたわけじゃない。助けるつもりだった。そう思う。

 だが、結果的に助かっただけで、レインが死ぬ可能性は十分にあった。


 ……ふと、そうして宿で黙って横になっていると、隣の部屋からの声が聞こえてくる。


 アベルたちの話し声だ。

 会話の内容が聞こえてきて――シンシアの顔色が変わる。


 アベルたちが、レインへの報復を計画していた。


「なんてことを……レインさんに知らせないと……っ!」


 万人に対して優しく、慈愛に溢れた《聖女》。

 その天秤が、ルーシアの言葉を受けて僅かにではあるが――傾いていた。


 レインの復讐を止める方向から……肯定する方向へと。


 それこそが、ルーシアの求めていた結果であると気付かずに。


「面白い!」

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[気になる点] 堕落?下手な慈愛は偽善!心を鬼にする事を覚えた人は堕落した人とは思えません!私がサブタイトルつけるなら、聖女の成長と書きますね!
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