2-10. おもてなしの心こめてみたよき花火②
「騎士やメイドたちのためにあれだけ豪華なパーティーを開くとは、まったく素晴らしいですよ、ヴィン…… いえ、ヴェロニカさん」
「当然のことですわ、フォルマ先生。我が家を支えてくださっているかたがたですもの。大切にして、損はありませんでしょう?」
「優しいのか、したたかなのか…… 興味深いかたですね、あなたは」
ははっ、とフォルマの笑い声が木々にこだまする。梢からわずかにもれる月明かりに浮かびあがるその表情は心底、楽しそうだ。
森の奥に連れ込まれる ―― それが何を意味するのかには、考えが及んでいないらしい。
気分がアガりすぎて、警戒心はパーティー会場に置き忘れてきたみたいだね。
「つきましたわ」
木々に囲まれた空き地に出て、私はフォルマを振り返った。
今日のドレスは青 ―― 咲き乱れる野の花のうえ、月の光を浴びた私の姿は女神のように見えることだろう。
「美しい場所でしょう? わたくしのお気に入りですの」
「たしかに…… 」
「今日はここでフォルマ先生を特別におもてなししようと、準備させていただきましたのよ」
―― お願いしますね。
風魔法にのせてつぶやくと、しばらくして木立のあいだから人影がいくつも、あらわれる。クリザポールを訪れたときに見かけた伝達魔術、ほんと便利。
樹精の扮装と覆面をした彼らは、素早く、そして黙々と宴の準備を始めた。
まずは、木を組み合わせて作った焚き火を用意。台の部分に金網を張ったテーブルを設置し、串にさした肉や野菜を並べていく。
ひとめで、すぐにフォルマは趣旨を見抜いた。
「 『東南ふう』 ですか」
「さすが、フォルマ先生。よくおわかりですこと」
「これは、とても贅沢ですね…… 」
『東南ふう』
つまりはBBQ。この国では発祥の地からそう呼ばれているのだ。
美食家のフォルマが 『贅沢』 と感心するのは、ここ王都でのBBQが難しいから。
屋外では火を焚ける場所も限られているし、そもそも、焼いただけで美味しく食べられるような新鮮な野菜は手に入りにくいのだ。
広大な敷地に森や農園まである公爵家ならではこそ、王都の真ん中でBBQできるんである。
私はフォルマにグラスを渡し、ワインを注いだ。
「どうぞ。ヴィンターコリンズ特製のワイン 『妖精の隠れ家』 でございます」
「ありがとう。ヴィンターコリンズ家は妖精と縁深いのですね」
「ええ。妖精―― といいますか、精霊ですわね。精霊の加護を受けて魔物を倒し、荒れ地を開墾して豊かな土地にした…… それがヴィンターコリンズの始祖でございますわ。 『妖精の隠れ家』 は特別なお客様にしかお出ししませんのよ」
「そうですか…… このようにもてなしていただけるとは、まことに光栄です」
「フォルマ先生は、我が家の救世主でいらっしゃいますもの。この程度、当然でしてよ」
「そんな。まだ、薬の試験は終わっていませんからね。これからですよ」
「ですけれど、フォルマ先生の創られる薬ですもの。試験の結果を待つまでもないでしょう? 乾杯していただけて?」
「信用しすぎですよ、ヴェロニカさん。 …… ですが、せっかくですから」
フォルマがグラスを持ち上げて私の目をじっと見つめる。なにげにキメ顔。
吹いてはいけない ―― きっといま、先生としては恋の勝負を仕掛けてるつもりなんだろうから。
「あなたの美しさに、乾杯」
「先生の才能に、乾杯」
私たちはほほえみを交わしてグラスをあおった。
「お話をお薬の試験に戻しますと…… 先日レポートを差し上げたとおり、2名の被験体ともに、慢性中毒症状の進行を食い止められていますわ。さすが先生でいらっしゃいます」
「そのレポートで気になったのですが、症状の改善は? まったくしていませんか?」
「現状は毒を与え続けながら、薬を投与している状態ですもの…… 毒を与えるのをやめれば、改善する可能性も大いにあるでしょうけれど…… なにしろ被験体が少なくて」
「薬学の進歩のためとはいえ、人道的とは言いがたいですからね」
フォルマが大きくうなずいた。
「そうなんですの。本物の罪人ででもないと、とても被験体にはできないでしょう? どうしても少数になってしまって、困りますわね」
「…… しかし、ヴェロニカさん。3体を確保していると言っていたのでは?」
「そのとおりですわ、フォルマ先生」
そのとき ――
フォルマの手からグラスが、音もなく地面に落ちた。飲みかけのワインがこぼれ、花にかかる。
フォルマは胸をかきむしるような仕草をしながら、ぐらりとよろけて膝をつく。
「 …… っ。どういうことですか、ヴェロニカ…… 」
「ああ先生、大変ですわ。毒にあたってしまったのですね。早く、先生のお薬を試してみませんと……!」
私はフォルマの口もとに、薬の小瓶をあてがった。
「ねえ、フォルマ先生。わたくし、母を治す薬など、注文した覚えはなくてよ? 『雪の精』 の急性期にも慢性中毒にも効くお薬を、と注文しましたでしょう? きっと効きますわよね?」
「…… そんな…… 急性・慢性の両方に、使える薬など…… つくれる、わけない…… 」
「あら? フォルマ先生は、天才なのでしょう?」
「………… ううっ!」
倒れた男の表情からは、さきほどまでの傲慢さがきれいさっぱり消えている。
高揚感と満足感のかわりにあらわれているのは、屈辱感と絶望、そして寄る辺なき者の不安 ―― なんてイイ顔。
「そのお顔、とっても素敵ですわ、先生…… お願いです、まだ死なないでくださいね。大切で貴重な被験体なのですから」
ささやきながら私は、幻術セットを手に取る。
―― 謝意をこめた最大限のおもてなしをするために買い足した、特注品だ。
※※※※※※
【バーレント・フォルマ視点】
天才ではない。僕は天才などではない ――
言葉にはならなかった己の返答に、バーレントは目を見開いた。
―― 忘れていた。
天才なのは、僕ではなかった ――
嘘だ、と叫びたかったが、口が思うように動かない。息が苦しい。
タスケテクレ
全身が重い。なのに、別の生き物にのっとられたかのように、ひくひくと痙攣する。
イタイイタイイタイイタイイタイ
クルシイクルシイクルシイクルシイ……
目の前で、青いドレスの女がほほえんだ。
青は、妹が最期に着ていたドレス ―― 妹の亡骸にとてもよく似合っていて、それを贈った親友のセンスの良さにバーレントはあのとき、改めて感心したものだ。
【ねえ、おにいさま…… どうしてわたくしのお茶に "アモルス" を入れたの?】
「…… あれは、 ……だと、少し渋…… 茶に、が、最…… 」
【わたくしが、にくかったの? 天才ともてはやされる妹が? ねたましかった?】
「ちが…… おまえ…… おもちゃ…… なに、…… いい…… 僕の…… 」
【では、お父様もお母様もあなたのオモチャだったというのね、おにいさま? クリザポールのおじさまたちも? 薬の実験に生徒たちを使ったのも、だからなのね?】
「あも…… みな、よろこんだ…… おまえだって…… ほしが…… 、いうこと…… きい…… 」
「なるほどね。わたくしも人を操り支配するのは大好きですから、まったく理解できないわけでは、ありませんけど…… そのために薬を使うのは、エレガントではなくてよ、フォルマ先生?」
妹がなにを言っているのかわからない、バーレントは思った。
だが、それより、とにかく、苦しい。痛い。
全身がちぎれるようだ。
「けれど、きけて安心しましたわ。おかげでわたくしの推測が正しいと証明できましたもの」
なぜ妹が助けてくれないのか、バーレントにはわからなかった。
―― 兄が苦しんでいるなら、助けてくれて当然ではないか。
兄に妹を好きにする権利があるように、妹は兄をあがめ、助ける義務があるはずだ……
「わたくしのルールはね、フォルマ先生。社会のゴミクズは好きにしていい、ですのよ」
「ゴミ…… わからな…… 」
「いやだ、とぼけてらっしゃるのね、フォルマ先生。わたくし、とっても嬉しいのですよ。だって、フォルマ先生が予想どおりのゴミクズでいらっしゃったのですもの…… さあ、そろそろ代わってあげますわね、ステラ」
妹が振り返ると、周囲に集まっていた樹精のひとりが覆面をとった。




