第91話 農民、色々と町の話を聞く
「以上だが、念のため、ルーガ用のクエストにも、そういうのを追加しておくぞ」
「うん、ありがとう、グリゴレ」
「グリゴレ、さん、な。まあ、そういうのも追々覚えてくれればいいぞ」
目上に対する言葉遣いは気を付けるように、グリゴレさんが苦笑して。
簡単ながら、ルーガへの『町での生活講座』が終了した。
グリゴレさんによると、ルーガみたいに、普通に暮らしていくための手順とか知識とか、経験とか、そういうのが欠けている迷い人も普通にいるらしくて、そのための対応マニュアルのようなものが冒険者ギルドにはあるのだそうだ。
色々な事情で、肉親を失ってしまって、幼いながらも冒険者として登録しなければいけなくなった場合や、あんまり文明とは縁のないところでずっと生活していた種族などに関してだな。
そういうことってよくあることらしいのだ。
もっとも、孤児という立場の子供は、その多くが教会関連の孤児院などに回されるため、登録まで行くようなケースは稀なのだそうだが。
確かに、モンスターの種族でも冒険者になれるってことは、そういうことも当然あるだろうな。
お金? それ食えるのか? みたいな感じで。
今、ルーガが教わったことは、簡単なお金に関する話や、この町にある施設などに関する説明が多かった。
お金の使いかたに稼ぎかた。
疲れた時、安心して休むためにはどうすればいいか。
お腹が空いたら行くお店に、武器や防具などの装備品に、アイテムなどはどんな感じで売っているのか、とか。
俺が初日に一通り巡った時に確認したところも多かったが、今、ルーガへの説明を聞きながら、初めて聞くような話もあって驚いた。
知らないお店の情報とか、アイテムを有料で預かってくれる倉庫の場所とか、だ。
いや、そういう講座があるんだったら、俺も聞いておけば良かったと思ったぞ?
もっとも、グリゴレさん曰く、『それなりにいい年したやつ相手に、最初からそういう説明をすると怒り出すこともあるから、そいつの知識とかを判断してからだな。少なくとも、セージュの場合、俺に会う前にサティ婆さんとかとも親しくなってただろ? それで問題なさそうだと判断したんだよ』とのこと。
まあ、それもそうか。
冒険者って何? って感じの相手ならいざ知らず、『あ、冒険者ギルドがある。それじゃあ、ここで登録すればいいのか』って何となくわかっている相手なら、それなりの常識があるって判断されちゃうんだろうな。
「それにな、最初にクエストを渡しただろ? そっちがなかなか達成できなかったり、この辺での暮らしに馴染めなかったりしたら、その時は改めて、きちんと対応することになっていたぞ」
あー、なるほど。
要するに、最初のクエストとかでつまづいた場合の救済措置ってわけか。
だから、俺とかは講座に関する話が出てこなかった、と。
少なくとも、カミュとかと一緒だったとはいえ、ラースボアみたいな大物を倒せる冒険者が改めて、受けるようなものじゃないって、グリゴレさんが判断したらしい。
いや、それとこれとはちょっと別の気がするぞ?
そもそも、俺たちにあるのは向こうの世界での常識だから、勝手に大丈夫だってことで流されると困ることも多いんだよな。
向こうでの一般常識にしたところで、俺みたいな学生だと、社会人として当たり前に知ってるようなことだって、あんまり知らないだろうし。
まあ、俺は、実家の商品販売とかも手伝ったことがあるから、まったく経験がゼロってわけじゃないけど、それでも、商売って意味だと、大事なところは家族にまかせっきりだったから、その手のやり取りとかも詳しくはないし。
良い野菜作れば、それなりに売れる。
そういう感覚しかないしなあ。
儲けとかより、買ってくれた相手が喜ぶ顔が見たい、ってのはあんまり商人には向いていないような気がするし。
あと、それに付随して、だ。
この町の子供たちに関しての話にも驚いた。
そういえば、この町って、小さい子供とか見かけないなあ、と思っていたら、何でも、今は、そういった子たちに経験を積ませるために、隣町まで遠征遠足というものをやっている最中なのだそうだ。
今、オレストの町の冒険者ギルドのギルドマスターが不在なのも、そっちに付き添っているからなのだとか。
「えっ、でも、そういうのって危なくないんですか?」
何となく、町の外って危険がいっぱいってイメージなんだが。
安全マージンを取った行動をしていても、変なことに巻き込まれると、とんでもない展開になったりするぞ?
少なくとも、俺のここ何日かは、ずっとそんな感じだし。
そう、グリゴレさんに言うと、呆れたような表情で苦笑された。
「いや、セージュみたいなのはむしろ異常だぞ? というか、どうやったら、そんなに変なことに巻き込まれるんだよ。この辺りだと、危険なモンスターが出現する場所はある程度は把握できているから、普通は、危険地帯を避けさえすれば、そうそう、面倒事には遭遇しないはずなんだが」
「そうなんですか?」
「まあ、セージュの場合だと、ラージボアの警戒エリアに、本来だったら、場所も知らされることはない『採掘所』に、俺も詳しいことは教えてもらえなかったが、特殊な区画だろ? まあ、それなりにリスクがある場所に出向いて行ってるんだから、それは仕方ないだろう」
町にいる普通の住人から話を聞いて、ここが危ない、ってところは避けておけば、それほど問題がなかったはずだ、とグリゴレさんが笑う。
いや、そうだったのか!?
最初のはカミュに連れられてだから仕方ないけど、そもそも、『採掘所』がドワーフとかの関係者以外は教われない場所だ、ってのは初耳だぞ?
自分では普通にゲームの中を楽しんでいるつもりが、けっこうな危ない場所に踏み込んでいたってことらしい。
「はは、だから、情報は大事なんだよ。とりあえず、で適当にぶらぶらしてると痛い目みるからな。今後は注意するようにな」
「わかりましたよ」
意外と商業ギルドとかも面白い情報を持っているので、時々でいいから顔を出した方がいいぞ、とグリゴレさんに言われてしまった。
そういえば、まだ、商業ギルドには行ったことがなかったもんな。
『けいじばん』とかだと、ヴェニスさんだったかな?
その人が商業ギルドで仕事をしつつ、商人を目指してるって話は聞いたことがある。
さておき。
本当に小さい子とかは、家の中で過ごすことが多かったり、出かける時も親と一緒ってことが多いのだとか。
あとは、時間帯の問題でたまたま遭遇していないんじゃないか、とも言われた。
そういえば、割と午前中は町にいることって少なかったかもしれないな。
とりあえず、ログインして、すぐに町の外へ行って、昼過ぎになったら戻って来てごはんを食べる、みたいなスケジュールになっていたような気がするし。
他のテスターの人たちもそんな感じだろうか。
生産職として、弟子入りしている人とかは、ずっと工房にいたりもするみたいだけど、それだと、あんまり外に出ないことには変わりないから、それであんまり子供たちの情報が少なかったのかも知れないな、うん。
「その遠足って、ギルドマスターさんひとりが付き添いってわけじゃないですよね?」
「もちろんだ。『自警団』の連中も何人かついて行ってるし、保護者同伴の子供も何人かいるしな。そういう意味では、いい勉強になるだろうさ。道すがら、素材の採取なんかもやらせたりもするしな」
へえ、それはいいなあ。
というか、俺、子供じゃないけど、『採取』に関しては学びたいし。
一応、素材集めはもうやれているけど、スキルとしての『採取』は持っていないからなあ。
あ、そういえば、少し気になったことがひとつ。
「グリゴレさん、その隣町って近くにあるんですか?」
「別に近くはないぞ? だから、遠征なんだよ。一応、行って帰って来るまで数日を見越しているからな。はは、そのおかげで、俺がセージュの担当になったんだがな」
ギルマスが戻ってこないから、とグリゴレさんが笑う。
まあ、そっちの話はいいとして。
隣町がどっちの方角にあるか、ぐらいは教えて欲しかったので詳しく聞いてみると。
「北の方だな、もっとも、案内人なしでたどり着くのはそれなりに大変だから、その辺のことは、ギルマスが戻って来た後で直接聞いてくれ。もしかすると、セージュなら、すんなり行けるかもしれないが、俺の勝手な判断で教えると、後々怒られるかもしれないからなあ」
ふうん?
そういうものなのか?
まあ、グリゴレさんに迷惑をかけても悪いから、そっちの話は後回しだな。
そもそも、今って、ルーガの冒険者登録の途中だったし。
「じゃあ、話を戻すぞ。ルーガにも、セージュに渡したのと同じように、最初のクエストを渡すからな。まずは、これに挑戦してもらって、ひとつでもクエストを達成できたら、その時にギルドカードを渡してやるよ」
「わかった。その、クエストってものをやればいいんだね?」
「ああ。詳しい話は、セージュから聞いてくれ」
「えっ!? 俺から?」
「そうだぞ。ちょうどいいから、ルーガの監督はセージュがやるようにな。監督官の仕事は、ギルドからの要請だから、あまり断らない方がいいと思うぞ?」
受けないと、評価が下がったりもするしな、とグリゴレさん。
って、俺が監督をするのかよ?
……一応、俺、冒険者になって三日目の新米冒険者なんだけど。
そんなことを俺が思っていると、例のぽーんという音が鳴った。
『クエスト【ギルド依頼クエスト:ルーガの監督】が発生しました』
あー、やっぱりこれ逃げられないタイプのクエストだよな。
そう、俺がため息をつくと。
「いや、セージュが一番適任だろ? 困っている迷い人を保護したんだから、お前がしっかりと面倒を見るのは当然じゃないか。もちろん、俺たちもちゃんとフォローはするから、そう心配するな」
「セージュ、嫌なの?」
「別にそういうわけじゃなくて……いや! わかった! 俺で良ければ、喜んで監督をさせてもらうよ」
ルーガが嫌がっていない以上、俺が断る理由もないしな。
本当は、俺もこの世界についてはまだまだ自信がないから、もっと詳しく教えられる人の方が適任だとは思ったんだが、まあ、別にここまで教わったことでよければ、俺でも監督みたいなことは頑張れるだろう。
よし!
後ろ向きな態度だと、ルーガにも失礼だよな。
そう考えて、改めて、笑顔を浮かべて。
「それじゃあ、改めて、よろしくな、ルーガ」
「うん、監督よろしく。えーと……監督って何だかよくわからないけど」
いまひとつピンとしていないルーガに苦笑しつつ。
そのまま改めて、握手を交わして。
俺はルーガの監督として頑張ることを決意するのだった。




