第90話 農民、冒険者ギルドへとやってくる
「おう、よく来たな、セージュ。傷の方も大分回復したみたいで何よりだ」
「はい、ありがとうございます、グリゴレさん。ご心配おかけしました」
所変わって、冒険者ギルドへとやってきた俺たち。
今、俺と一緒にいるのは、ルーガとなっちゃんのふたりだ。
結局、あの後、ラルフリーダさんの家の側に用意された畑のための空き地に、ビーナスを植え替えて、それで、こっちへと移動してきたってわけだな。
畑ってことだから、少し準備がいるかと思ったら、ビーナスのやつは下が土であれば、自分で土魔法を使って、耕すなり、環境を整えるなりができるようで、そのまま、自分流に周りをリフォームしていくんだ、って意気込んでいた。
『もうちょっと力が戻ってきたら始めるわ。まだちょっと身体がだるいから』
どうやら、『虚弱』状態からは完全には立ち直っていないらしく、しばらくは陽の光を浴びつつ、まったりすることにしたのだそうだ。
あ、そういえば、ビーナスのスキルには『光合成』がなかったけど、そういうものなのか尋ねてみたところ。
『わたしたちの場合、治癒のところがそっちの能力の進化系ね。だから、そっちと一緒になってるわ』
ということらしい。
なので、その『自己治癒』のスキルも、地面に生えた状態であることプラス、光合成ができるところでないと使えないのだとか。
光と水と魔素で、身体に必要な栄養へと変換しつつ、そっちを流用して、自分の傷も治すって感じか?
そんなことを、ラルフリーダさんからも聞いたし。
とりあえずは、自分の住みかのリフォームとかもあるので、俺と一緒に来ることはしないってことでいいようだ。
折角、仲間になったのに残念だけど、表側の町の方には行かないように言われている以上は、もうしばらくは様子を見た方がいいだろうな。
もっとも、必ず、毎日会いに来るようには強く言われたけど。
『仮にもマスターなんだから、ちゃんと責任持ってよ! そ、そりゃあ、別にひとりでも生きられるけど!』
そういうわけで、なるべく頻繁に顔を出すことにしよう。
あ、そういえば、結局、採取した『苔』はどうしたらいいのかも聞いてみた。
ビーナスが『返せ』って言うなら、返すつもりだったし。
でも、一度、採取してしまうと、ビーナスの眷属って状態とは切り離されてしまうので、もう一度育て直そうとすると、余計に労力を使ってしまうのだそうだ。
なので、そのまま俺のアイテム袋へと収まっている。
『大事に使ってくれればいいわ』
そういうことらしい。
一応、ビーナスの子供みたいな感じのものみたいだし、そういう意味では、ありがたく頂いた以上は、有効に使わないとな。
とりあえず、そっちは後でサティ婆さんに確認してもらってから、どうするのか決める話だけど。
さておき。
「それじゃあ、セージュたちはこっちに来てくれ」
「はい」
もうすっかりお約束となっているような気がするが、例によって、冒険者ギルドの応接室へと案内された。
ルーガたちの冒険者登録だけなら受付でも問題ないんだが、俺の分の報酬の受け取りとか、そっちも色々あるし、何より、何気ない会話の中で守秘義務に絡んだ内容が飛び出したら、ロクなことにならないから、って配慮から用意してくれたようだ。
まあなあ。
ルーガは一応、テスターにも見えなくもないけど、なっちゃんが俺の周囲を飛び回っているのは、それなりに目を引く光景だろうしなあ。
少なくとも、小さめな少女と背中から植物の芽を生やした虫モンが一緒にいる冒険者ってのはめずらしいようで、ここにやって来るまでも、多少は視線を感じたし。
幸い、というか。
今、町では、新しいスープの話で持ち切りらしくて、そっちに視線が分散しているので、そこまでは厄介な話にはなっていないけどな。
てか、『大地の恵み亭』がにぎわっていた。
いや、『けいじばん』でそれっぽい話はあったけど、ユミナさんの作ったスープがかなり好評みたいだな。
こっちの手続きが終わったら、顔を出してみようと思ってるし。
まあ、ラルフリーダさんの家で飲んだ、例のドリンクも空腹度を下げる効果があるみたいで、今はそこまでお腹が空いていないんだが、町の外でルーガやなっちゃんに飲んでもらった分で、ジェムニーさん印の『お腹が膨れる水』がなくなってしまったので、そっちの補充も兼ねて、だけど。
少なくとも、そのスープが美味しいってことは、俺が巻き込まれている『挑戦状』のクエストもすんなりと終了できそうで、ホッと一安心だ。
さすがに、他のテスターさんの昇格条件に組み込まれているのは嫌だしな。
「まずは、簡単な方の話からな。ルーガとなっちゃんの冒険者登録についてだ。先に確認しておくが、ルーガは自分のギルドカードは持っていないんだな?」
「うん、持ってないよ」
「どこから、この町にやってきたのかは説明できるか?」
「ごめん、門でも言ったけど、元々いたところが『山』ってことぐらいしか、わたしもわからないの。それなりに高い山だったけど、他と比較したことないから、それもよくわからないし」
俺も何度かは聞いたが、ルーガがいた『山』はそれなりに高い山らしい。
あくまでも、ルーガの感覚から、だけど。
「なるほど、『山』だな。山頂の方に雪が積もってたりとかしたか?」
「うん、たぶん、上の方はずっと積もりっぱなしだと思う。お爺ちゃんからは危ないって止められていたから、わたしはそこまで登ったことないけど」
「ずっと雪が積もっているのか……『山』の下の方も、雪はよく積もっているのか?」
「そっちは、そうでもない。山の高いところだけ」
「ふむ……となると、『帝国』の方の山でもなさそうだな。まあ、そもそも、この大陸の山かどうかも怪しいが、この大陸で考えるなら、『霊峰』の辺りかも知れないな」
そう、納得したように、グリゴレさんが頷く。
まあ、はっきりしたことはわからないので、結局、ルーガは俺たちと同じように、迷い人としての扱いで行くそうだ。
ただ、今のグリゴレさんの言葉の中で気になった単語がひとつ。
「グリゴレさん、『霊峰』ってどこにあるんですか?」
「ああ、この町から見て、南西から南にかけて、だな。ドワーフたちの住んでいるアルミナ峡谷の話は聞いているか?」
「はい、色々と話を聞く機会がありましたから」
「ああ、そういえば、ペルーラに弟子入りしたんだっけな? だったら話が早い。そのアルミナ峡谷から少し南に行ったところに、連なった山々があるんだよ。通称『霊峰七山』。アルミナの南から、アーガス王国、そして、さらに東のレジーナ王国にかけてまで、か? そのぐらい東西に長い山脈って感じだな」
へえ、なるほど。
グリゴレさんの話だと、この大陸で最も高い山々が連なっているのが、その『霊峰七山』ってところらしい。
その山々があるので、そこからさらに南に行くのは大回りしないと難しいらしい。
山越えって選択肢は、万年雪があるのでおすすめしないって言われてしまった。
ただ、その辺りのどこかにルーガが住んでいた可能性もあるってことか。
一応、ルーガに『霊峰』についても聞いてみるが。
「うーん? 『霊峰』……? よくわからないよ」
ルーガにもよくわからないらしい。
というか、ルーガって、結局、集落に住んでいたわけではなさそうだな。
山でお爺ちゃんと暮らしていたって話だから、むしろある意味すごいよな。
前にカミュから聞いた話だと、こっちの世界で『領主』のいない場所で生活するのって大変みたいだし。
もしかして、本当に俺たちみたいに別のところから飛ばされてきたとか?
……いや、そんなわけないよな。
少なくとも、ステータスもあるし、クエスト内容にも、ルーガの名前がはっきりと明記されていたから、運営も把握しているわけだしな。
「まあ、あんまり悩むな。迷い人なら、俺たちもできる限り、手を貸してやるからな。まずは、冒険者の登録からだ。ルーガは金を持っているか?」
「持ってない……というか、そもそもお金ってものにピンと来ていない」
あ、そうなのか?
えーと、お金とかあんまり使わない環境だったってことか?
「うん、セージュがさっき、報酬がどうとか話をした時、そのことも少し触れていたみたいだけど、よくわからなかったの」
お金なしでどうやって生活していたのか、ルーガに尋ねると、その辺はお爺ちゃんが必要なものとかをどこかから持ってきてくれていたのだそうだ。
後は、モンスターとかを相手に、物々交換とか、とのこと。
へえ、モンスター相手でも、そういうことができるんだな?
「うん。さっきのビーナスみたいな、マンドラゴラもそうだよ。お爺ちゃんが作ってくれた美味しいお水と交換で、実を分けてくれたりもしたの」
「そうなのか」
なるほどな。
友好的なモンスターの場合、野生のでも、そういうこともできるのか。
いや、聞いておいて良かったよ。
そういう選択肢も頭にあった方が可能性が広がるし。
「きゅい♪」
「あっ、そういえば、俺、なっちゃんとそんなことやってるよな」
「きゅい――♪」
そうだよ、という感じで嬉しそうに頷くなっちゃん。
なっちゃんに食事と栄養を与えて、そのお礼に『ナルシスの花』をもらったしな。
これもれっきとした物々交換ってことか。
いよいよ、モンスターを相手にする時の対応を考えないとなあ。
うまく行けば、今後ともよろしく、ってしてくれるってわけだ。
ただ、少なくとも、ルーガがお金と縁が薄いってことはよくわかった。
「なるほどな。それじゃあ、簡単に町で暮らす時の注意とかを説明していくとするか」
そう言って、グリゴレさんによる『町での生活講座』が始まった。
それに熱心に耳を傾けるルーガを見ながら。
俺は、グリゴレさんってそういう解説とかもできるんだな、と感心するのだった。




