第89話 農民、町長と畑の話をする
「つまり、ビーナスの住まいとして、この家の側の土地を畑として貸してくださるということですね?」
「はい。そういうことです。こちらの土地は本当は畑としては、あまりお貸しできない場所ですから、もう少し広く、となりますと難しいですね」
なるほど。
要するに、こっちの土地を少しでも使わせてもらえる、ってだけで、かなりの大盤振る舞いってことだよな。
どちらかと言えば、『許可』というより、俺たちの側と、ラルフリーダさんの町長としての立場からの、それぞれの望むべき条件が一致したから、特別に使わせてもらえるってわけだ。
あんまり、ビーナスの存在って、表沙汰にしたくないようだし。
というわけで、引き続き、守秘義務が発生する、と。
一部の関係者、要するに、ラルフリーダさんの周辺の人や、もうすでにビーナスの存在を知ってしまっている人たちを除いて、そのことに触れることはできなくなる、と。
一応、門番の責任者のマーティンさんや、冒険者ギルドの俺担当でもある、グリゴレさんとかは、もう知っている側に入るわけだな。
それと、ラルフリーダさんからは、カミュとか、ジェムニーさんは問題ないとは、名指しで言われた。
もっとも、ジェムニーさんの場合、ずっと『大地の恵み亭』にいるので、そこで詳しい話をするのは厳禁ってことらしい。
早い話が、基本はビーナスのことは伏せておけ、ってことだろうな。
あ、そうだ。
となると、もうひとりいるよな?
「ラルフリーダさん、ルーガは大丈夫なんですか?」
「えっ? わたし?」
きょとんとした表情を浮かべるルーガ。
さっきから、俺たちの会話を、横に座って聞いているだけだったが、もうすでに不安のような感じは表情にも現れていない。
どちらかと言えば、町について、他の人の姿を見た時点でホッとして、ここでラルフリーダさんたちと話をして、それである程度は安心してくれてはいたようだが、テスターとは別の形での迷い人らしいし、そういう場合、ジェムニーさんとかがどういう対応をするのがよくわからないのだ。
カミュの話を聞く限りだと、俺たち以外にも、元からこっちの世界には迷い人っていう存在がいたらしいが、それが、俺たちとはどう違っていて、この『PUO』の中では、どういう立ち位置になっているかが謎だしな。
もし、この世界が一から作られて、ゲームの中とは言え、連綿と歴史を紡いできたというのなら、それはそれで、迷い人というのも何らかの要素のひとつなのかもしれないのだ。
飛ばされてきた、という表現を考えても、遠距離を飛んだり、空間を転移したりする手段が用意されている、と思うのは自然なことだろうし。
案外、転移系の魔法とかも普通に存在しているのかもな。
どうせなら、それもいいけど、ゲームとしては回復魔法をもう少し充実させてもらいたかったものだが。
そうそう。
結局、俺の傷に関しては、この会合の間に、ラルフリーダさんが出してくれた、ジュースのような飲み物を飲んで、それからしばらくしたら、少しずつ痛みが治まって、さっきまで全身にあったはずの傷跡が時間経過と共に、少しずつ消えていったのだ。
おそらく、傷に効くタイプの飲み物だったんだろうな。
俺の『鑑定眼』が効かなかったので、薬としての効能も含めてわからなかったが、アイテム名だけは、確認できた。
『ラルフリーダのお手製ドリンク』
いや、結局、それだけだと、どういう中身なのかはわからないんだけどさ。
そもそも、俺、薬の『鑑定眼』持ってないし。
ただ、その飲み口は甘さを控えた野菜ジュースに近かった。
もっとも、普通の野菜ジュースというよりも、ちょっと油っぽいというか、イメージとしては、野菜ジュースを、向こうでも少し流行っていた身体にいい油で割って作ったような感じの飲み口だった。
そこまでまずくはなかったが、美味しいかと聞かれれば、微妙な感じの味であった。
とは言え、ラルフリーダさんから、『身体に良い飲み物ですよ』と言われれば飲むしかなかったし。
というか、飲まないと、話が進まなそうだったし。
興味本位というのもある。
一応、『薬師』の修行も始めてるし。
実際、ジュースとまでは行かないけど、傷が治る飲み物と考えれば、悪くはなかった。
たぶん、これも『薬師』の修行を進めていくと、作れるようになるのだろう。
ルーガも、俺が飲ませた分の傷薬では完全には治らず、今、この『お手製ドリンク』を飲んで、ようやく、元気になったという感じだし。
なお、このドリンクの原料に関しては、ラルフリーダさんにも笑顔で誤魔化されてしまった。
それも仕方ないのかもしれないけど。
サティ婆さんも言っていたけど、この手のレシピって、普通は絶対に他人には教えてくれないって話だしな。
少なくとも、俺がもうちょっと修行を積んで、薬関連の『鑑定眼』でも覚えないとどうしようもない気がするぞ。
さておき。
「ルーガさんは人間種ですから、特に問題はありませんよ。迷い人ということだけでしたら、この辺りでもそれほど珍しいという話ではありませんし」
セージュさんたちと同じ対応になりますね、とラルフリーダさんが微笑む。
なるほど。
問題がないのなら、それでいいや。
少なくとも、冒険者ギルドで最低限の手続きは済ませて欲しい、とのこと。
「あ、なっちゃんはどうなんですか?」
「――――?」
なっちゃん、見た目は小さくて背中から芽を生やしている虫だけど、一応、れっきとしたモンスターだもんな。
そっちはどうなのか、と思ったら。
「なっちゃんさんは友好的なモンスターですので、そちらも問題ありません。教会のホルスンもそうですが、この町の中にもモンスター種族のかたはいらっしゃいますし」
「ふむ……セージュも、最近町にやってきた迷い人と同じような認識なのか? どうも、『モンスター=倒さないといけない』という強迫観念で凝り固まったような者が多かったのだが……。基本、我々に害をなす存在や相容れない存在以外とは、上手に付き合っていった方がトラブルが少ないぞ? 闇雲に敵を増やしていくことは得策とは言えないからな」
フィルさんからそう注意されてしまった。
やっぱり、俺の他のテスターもそういう認識だったようで、それに関してはきちんと諭しているのだそうだ。
要するに、倒していいモンスターとそうでない仲良くなれるモンスターがいるから、その見極めをしっかりしろってことのようだ。
そういえば、カミュもそんなこと言ってたよな?
というか、このゲームって、そういう意味では複雑な作りになってるよな。
種族とかもけっこうきちんと分かれているし。
ちなみに、なっちゃんも一応は、冒険者登録とかできるのだそうだ。
えっ!? モンスターも!? とは思ったが、そういうものらしい。
もちろん、俺についてきているだけってことで、そういう形での登録とかもできるみたいなので、詳しくはギルドで確認してほしいと言われてしまった。
「では、畑の話に戻りますね? 私の家の側の土地につきましては、ビーナスさんの住まいという認識ですね。あ、そうですね、ビーナスさん、家のようなものは建てた方がいいでしょうか? 望まれるのでした、そのぐらいは用意いたしますが」
「別にいいわ。今までもずっと山での暮らしだったし」
そういうのはいらない、とビーナス。
どちらかと言えば、自然の中のままの方が落ち着くのだそうだ。
ラルフリーダさんの家は、『木のおうち』って感じなので、ここみたいなのは嫌いじゃないけど、と。
「それよりも、わたしが周りに眷属を生やすのは構わない? そっちがダメな方がちょっと辛いのよね」
「はい。構いませんよ。そういう意味で、使って頂けるのでしたら、畑としてお貸しする意味がありますし」
「あ、そういうものですか」
むしろ、ラルフリーダさん的には、ビーナスが眷属を生やしてくれた方がありがたいのだそうだ。
もちろん、畑として貸し出す土地の範囲内で、って話だけど。
「はい。畑としてお貸しする以上は、しっかりと活用して頂かなければいけません。そちらは、冒険者ギルドにも関係してくる話ですが、表の畑は特に、ですね。セージュさんにお貸しする分、本来の野菜や芋などを作っている区画が減ってしまいますので、その分、有効活用して頂けると助かります。教会のように、ホルスンを育てるのに使ったりしても構いませんし。ですが、ずっと何も作らない、というのはやめてください。商業ギルドなどからも嘆願が来てしまいますので」
「あ、そうなんですね」
どうも、この町って、ラルフリーダさんの『許可』がないと、勝手に開発ができないそうなので、俺みたいな冒険者が『許可』を得たにも関わらず、土地を遊ばせておくと、それだったら、家を建てたりとか、別の形で開発したりとか、そっちも許可して欲しいって話になってしまうのだそうだ。
『許可』を得た以上は、それなりでないと、結局、後で『許可』を取り消すことにもなりかねないので、頑張ってくださいと言われてしまった。
きちんと成果を出して、他の組織から認められるように、ってことか?
少なくとも、俺が特別扱いされているのは間違いないようだ。
それだけ、今回の異変に対して、ラルフリーダさんが真剣だってことらしいが。
ただ、ふとひとつ疑問に思った。
「あれ? 町の中って、けっこう、空いている土地がありますよね? そっちは開発してはいけないんですか?」
「はい。一応、私が結界を維持するために、最適な状態にしておりますので、そちらの影響を考慮せずに、勝手なことをされると困るのですよ。その辺りの事情はすでに関係者の方には伝えてありますので、事情をご存知のかたからは特に何も言われることはないとは思いますよ」
あー、なるほど。
一見するとすかすかに見える街並みも、きちんと意味があったんだな。
そうだよな。
町の結界がなくなったら、みんな困るものな。
そういう意味では、商業ギルドなんかも納得してくれているらしい。
なので、どうしてもの時は、町の開発提案をラルフリーダさんへと行なって、結界の調整を行なった上で、問題がなければ、『許可』が下りるとか、そんな感じなのだとか。
「そうですね、今まででしたら、特に町を大きくする必要を感じませんでしたが、また、ここ数日で、そういった話が再燃しているようですね。商業ギルドからも、新しく、『宿泊施設を建設したい』という嘆願がありましたので、そちらは調整する必要がありそうです」
あ、そっか。
俺たち迷い人がやってきた分、泊まる場所が足りなくなってきてたんだものな。
今、商業ギルドの方で、簡易宿泊のための建物だけでも用意しないとまずい、って動きがあって、近いうちに、そっちに関しては採用の方向で動く、とラルフリーダさん。
「おそらく、土木に関するクエストなども発生するでしょうね」
なるほど。
家を建てたりするクエストか。
このゲーム、生産系のクエストも色々あるってことだな。
余裕があったら、そっちも顔を出してみたいけど、今の俺だと、『鍛冶』と『薬師』だけでも手一杯なので、まあ、後々の話だろうがな。
とりあえず、俺が借りる畑の件は、詳細については、クエストとして、冒険者ギルドに発注しておくので、そちらで進めていくことになった。
それと、今回の討伐報酬に関しても同様とのこと。
『領主依頼クエスト』としての特別報酬については、『ラルフリーダさんの家に来られる権』と『畑の貸し出し権』で決定。討伐報酬については、冒険者ギルドで受け取ってほしい、って。
まあ、そんな感じで落ち着いたのだった。




