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第88話 農民、マスターになる

「ふうん? そうやって、仲良くなるんだね」


 お爺ちゃんもそうだったのかな、とルーガが感心したように言って。

 その言葉に、ビーナスが首を横に振る。


「言っておくけど、まだ、マスターのことを認めたわけじゃないからね。それこそ、これからどうするかはじっくり見させてもらうわ」

「そうなのか?」

「当然! そもそも、マスターだったら、わたしに居心地のいい場所を用意してちょうだいよ。嫌よ、こんな少ない量の土だけで、あっちこっちに運ばれるのは」


 あー、なるほど。

 どこか、肥沃な大地って感じの場所じゃないと、元気がでないのか。

 とりあえず、マスターとは呼んでくれてはいるけど、まだまだ『仮』がつく程度のものだ、とビーナスがぷりぷりと怒りながら言う。

 さすがに、鉢植えで携帯されるのは嫌だって。

 まあ、感情的な部分もあるみたいだけど、今のままだとやっぱり、本来持っている力も半減してしまうので、体力的にしんどいようだ。


「ちょっと前までいた洞窟みたいなところは、光がないから、あそこは嫌。土の中の『元気の素』はそれなりだったけど。あと、ここまで運ばれてくる途中にあった、木とかほとんどない広いところもダメ。あそこ、周りを飛んでる『元気の素』がほとんどなかったもの。土に関してはわからないけど、たぶん、土の中も大したことはないわ」

「なるほど」


 つまり、地下洞窟は太陽の光がないからダメ。

 東の平原は、そもそも、ビーナスが言う『元気の素』がないからダメ。

 ということらしい。

 うん?

 てことは、平原を運んでる時も、少しは意識があったってことか?

 ずっと目を回していた印象しかないんだが。


 いや、そもそも、その『元気の素』ってのは何だよ?


「あ、もしかして。ビーナスさん、ちなみに、私の家の周囲はどうでしょうか? その『元気の素』というものは感じられますか?」

「そうね。ここは大分マシよ、ラルさま。土の中に関しては、さっき目が覚めるなり、すぐにこっちに移されちゃったから、深くは感じとれてないけど、それなりだと思うわ」

「そうですか」


 ラルフリーダさんの家の周りなら、割とマシってことか?

 それだけ話を聞いて、ラルフリーダさんが納得したように頷く。

 おや? 大体の予測がつくのか?


「ラルフリーダさん、何かわかりました?」

「はい。おそらく、ビーナスさんがおっしゃっている『元気の素』というのは、魔素のことですね。環境群の中に含まれている周辺魔素の濃度です。おそらく、ビーナスさんが心地よいと感じるためには、それなりに魔素濃度が濃い環境が必要ということでしょう」

「そうなのか、ビーナス?」

「うーん、よくわからないわね。その魔素って何のことか知らないし。でも、ラルさまがそう言ってるってことは、そうなんじゃない?」

「そういうものか?」


 変に自信ありげに、ビーナスからそう言いきられてしまった。

 要するに、周辺魔素、か?

 それが濃い場所の方が、ビーナスが元気になってくれるってことは間違いないのか。

 まあ、ビーナスの言葉じゃないけど、ラルフリーダさんの言葉なら、確かに信用できるような気がするし。

 何といっても、この町の町長だしな。

 カミュとかも、それなりには敬っていたみたいだし。


「というか、ビーナス、何で、ラルフリーダさんのこと、『ラルさま』って呼んでるんだ?」

「馬鹿ねえ、マスター。マスターにはわからないの? わたしだって、自分よりもずっと上の相手には敬意ぐらい払うわよ。山での生活なんて、弱肉強食なんだから」


 呆れかえったような口調で、そうビーナスから言われてしまった。

 つまり、ビーナスにとって、敬意を払って当然だと感じたってことか?

 というか、弱肉強食、って。

 その手の言葉をマンドラゴラが普通に知ってるのか?

 それとも、『自動翻訳』でそれっぽい意味の表現が、俺にわかりやすいように翻訳されているのか?

 どうも、この辺、おかしいというか違和感があるよな。

 ゲーム的なご都合主義って言ってしまえば、それまでだけど。


「…………うん、いい心がけ。そっちのけだものより、ずっと見込みがある」


 気に入った、と少しだけ笑みを浮かべているのはノーヴェルさんだ。

 野生のモンスターの感覚は、やっぱり、しっかりしてるって。

 ちなみに、俺のことはマスターとは言っているけど、たぶん、ビーナスは下に見ているよな?

 少なくとも、敬意の欠片もないのは間違いない。


「私のことは別にいいですけど。そうなりますと、どうしましょうか? 今、ビーナスさんはセージュさんと主従関係にありますよね?」

「そうね、あくまでも一応ね」

「ちなみに、セージュさんはビーナスさんをどうなさるおつもりですか?」

「えーと……正直、本当に成り行きでこうなっただけですので、今後のことはまったく考えてはなかったですよ。あ、そうだ、ビーナス、今、こっちのルーガの身体には、お前がかけた『マーキング』って残ってるのか?」

「え? 『マーキング』? わたし、そんなことしたの?」

「ああ。『狂化』してた時だから、もしかしたら、覚えてないかもしれないけどな」

「ふうん……あ、でも、今は大丈夫よ、たぶん。さっき、ラルさまにスキルを封印された時に、つながりが解除されていると思うわ。でも、そういうことなら、念のため、わたしが改めて、それをなかったことにするわ。あの時のわたしはわたしじゃなかったから」


 ちょっと、触れられるところまで来て、とルーガに手招きするビーナス。

 それに素直に頷いて、ルーガも側まで近づく。


「『我らが種の繋がりを妨げし者への呪い、ここに解呪す』――――はい、これでわたしの分は大丈夫よ。他の株の分は知らないけど」

「ありがとう、ビーナス」


 ビーナスが呪文のようなものを唱えると、そのまま、ルーガの身体が淡い光に包まれて、そのまま、光りが空中に溶けるようにして消えた。

 へえ、やっぱり、『マーキング』って呪術の一種なのか。

 解呪、って。

 しゃべっている言葉がわかるようになってからは、割と人懐っこい感じにも思ったけど、それなりには特殊な能力を持っている種族なのは間違いないようだ。

 まあ、別にこっちから変なことをしなければ大丈夫みたいだし、その辺は、心配してないけどな。

 ルーガも改めて、笑顔でお礼を言ってるし、これでひとまず、呪い殺される心配はなくなったって考えていいだろう。


 それはそれとして。

 少し話を戻そう。


「ラルフリーダさん、ひとつお聞きしたいんですが」

「はい、なんでしょう?」

「この家の外側、と言いますか、結界の外に畑があるじゃないですか。あちらって、購入したり、お借りしたりすることってできます?」


 料理の時に、テツロウさんたちからもあがっていた提案のひとつだ。

 この町で、個人で畑を持つことは可能かどうか。

 それについては、良い機会なので聞いておきたかったのだ。

 基本、この町にある畑のすべては、町で管理しているという話は聞いていたけど、その辺の細かい条件などについてはどうなのか。

 ラルフリーダさんに直接聞いておきたかったのだ。


「購入は難しいですね。そもそも、私も町長ではありますが、あくまで、この町の部分を管理しているだけに過ぎませんので、土地の所有権などにつきましては、私の一存ではどうしようもありません」

「えっ!? そうなんですか?」


 おや?

 ラルフリーダさんが領主なんだろ?

 だから、てっきりこの辺では町を含めて、一番偉いのだと思っていたのだが、ちょっと違うのか?

 町の管理人、ってどういうことだ?


「ですが、もう一点。畑の貸し出しということでしたら、今のセージュさんでしたら、特に問題はありませんね。私からのクエストに関する『報酬として』という形でしたら、畑の一部を貸し出すことは可能です」

「本当ですか!?」


 おっ! 畑を借りる分には問題ないってことか。

 それは嬉しいな。

 いや、ゲームが始まった当初は、別にゲームの中でまで畑仕事とかしたくなかったんだけど、今の状況だと、畑があった方が色々と助かるのだ。

 テツロウさんやユミナさんたちとの料理のこととか、今問題になっている、ビーナスを植え替える場所についてとか。

 そのためには、畑が必要という結論になる。


「はい。畑を個人に貸し出す条件が、『私と直接やりとりができる相手』ですので。それに、今回のクエスト報酬に関してのご相談もありましたので、畑の貸し出しを望まれるのでしたら、こちら側としても助かります。正直、迷い人(プレイヤー)の方々がどういった報酬を望んでおられるのか、つかみかねている部分がありましたしね」


 一口に、迷い人と言いましてもどちらから来られたかによって、まったく思想や嗜好が異なりますので、とラルフリーダさんが苦笑する。

 うん?

 たぶん、今の場合の迷い人って、俺たちテスターだけの話じゃないよな?

 こっちのルーガたちも含めて、まとめて迷い人って呼んでいるのか?

 違う場所から飛ばされてくる、ってのは珍しいケースではあるけど、決して、少ないってわけでもないのだそうだ。


「ただ、これは私からのご提案なのですが、セージュさんにお貸しする畑を二か所に分けさせて頂きたいのです」

「えっ!? 二か所、ですか?」


 えっと……つまり、まとまった土地がないってことなのだろうか?

 そう、俺が尋ねると、ラルフリーダが首を横に振って。


「そうではありません。本来でしたら、町の住人などにお貸しする畑は、結界の外側だけに制限されているのです。ですが、今回のセージュさんの場合、それでは不具合が生じてしまうのです」


 よろしいですか? とラルフリーダさんが言葉を続ける。


「セージュさんが畑を所望される目的は、こちらのビーナスさんのためですよね? となりますと、結界の外の畑の場合、大きく分けまして、ふたつの問題が発生します」

「ふたつの問題、ですか?」

「はい。ひとつは、結界の外側の周辺魔素の状態です。セージュさんには感じ取りにくいのかもしれませんが、私の家のある周辺……結界の内側の環境は、町の本来の魔素濃度よりも、かなり濃度が濃くなっているのです。先程、ビーナスさんがこちらの環境で『悪くない』という感想を述べられましたので、おそらく、外の畑ですと、ビーナスさんが望むだけの魔素濃度が得られないでしょう」


 なるほど。

 それが問題点のひとつか。

 そもそも、ビーナスを植え替えるのが目的のひとつなのに、それに適さない畑を借りても仕方ない、ってことか。


「そして、もうひとつですが……ビーナスさんの存在そのもの、ですね。少なくとも、私が知る限りで、この辺り周辺では、ビーナスさんのような魔樹種は存在しません。先程、接触した際に、どのような種であるかは把握しました。確かに、その種に近しい魔樹種はいないわけではありませんが、少なくとも、ビーナスさんも迷い人であることが推測できます。町の周囲に通常とは異なるモンスターが現れ始めている現状を考慮しまして、町長としては、もう少しお時間を頂きたい、というのが本音です」


 町に住む人々が不安にならないように。

 そういう意味で、交流するのはもう少し待って欲しい、とのこと。

 やはり、封印しているとはいえ、『鑑定眼』持ちなど、わかる人には、ビーナスが『即死』攻撃のスキルを持っていることがわかってしまうので、あまり、結界の外に植え替えるのは望ましくないのだそうだ。


「私の家の側でしたら、それ相応におもてなしをしますよ?」

「ということらしいぞ、どうするんだ、ビーナス?」


 最終的には、ビーナスがどう思うかだしな。

 少なくとも、結界の外の方が『元気の素』が薄いって話だから、別にそこまで悪い話ではないようにも思えるが。


「いいわ。ラルさまには、元気を分けてもらった恩もあるし。それにね、マスター。わたしも、わたしが少し前までおかしかったってことはわかってるんだから。だから、マスターをマスターにしたわけだし。それに……あの時みたいになるのは、わたしも怖いから。だから、ラルさまがそう言うなら構わないわ。ラルさまなら、わたしがおかしくなっても止めてくれるでしょうし」

「…………良いこと言った。うん、そういうことなら、ビーナスもここの一員」

「うむ、私も気に入ったぞ。少なくとも、ラルお嬢様を害するようなことにはなるまい」

「…………それに、そうすれば、そこのけだものもお嬢様に変なことしなくなる。ひとつの石でふたつのモンスター」


 何だろうな。

 話がうまく進んでいるから別にいいんだけど。

 結局のところ、ビーナスのあるじって、ラルフリーダさんじゃないか?

 まあ、主従とかそういうのは苦手だから別にいいんだけど、何となく、少しだけ寂しい気がする。


「……別にマスターのことだって………………(感謝してるわよ)……」

「うん? 何か言ったか、ビーナス?」

「何でもないわ! マスターは変態だって言ったの!」

「随分とひどい言われようだな、はあ……」


 まあいいや、と俺は苦笑する。

 馬鹿なこと言い合えるような相手が増えただけでも、良しとしよう。

 そんなことを考えながら。

 ラルフリーダさんと、改めて、畑に関しての話を続けることにした。

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