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第87話 農民、マンドラゴラと話をする

「地下通路の形が魔法陣のようになっているんですか?」

「はい。あの通路はただの洞窟のように見えますが、魔素の循環も担っているんです。『結界』を形成しつつ、魔素溜まりを循環によって、減らしていく。そういう効果があります」


 ですので、地上から穴が開いているのはよろしくないのです、とラルフリーダさんがため息をつく。

 なので、すぐに対処しないといけないのだとか。


 いや、何だか、穴を広げたものとしては申し訳ないんだけど。


「いえ、元から穴が開いていたことの方が問題です。もちろん、この話はオレストの町でも、ごく一部の方しか知らない話ですので、たまたま通りすがりのモンスターによって開けられてしまう可能性もないとは言えないのですが」


 さすがに簡単な手段では開けられないはずです、と小首を傾げるラルフリーダさん。

 そう言えば、通路に近くなるにつれて、ものすごく層が硬くなっていたようには、俺も感じたし。

 土魔法もほとんど効かなくなって、結局、ほとんど穴を広げられなかったのを思い出す。

 一応、特殊な処理はなされてはいたのだろう。


「普通では考えられない、ってことですね?」

「はい。ですから、今回の異変とも無関係とは思えません。そういう意図もあり、セージュさんとルーガさんにはお伝えしたわけです」


 俺は『狂化』モンスターと縁があって。

 ルーガはあり得ない場所へと飛ばされてきた。

 そういう意味では、異変の解決の手がかりをつかんでくれるのではないか。

 そんな思いがあるのだとか。


 うーん。

 何か、妙に期待されてしまったけど、俺とか迷い人(プレイヤー)だぞ?

 いや、だからこそ、か?

 こっちの住人よりも、俺たちの方が何とかできるって話なのかね?

 やっぱり、その辺はゲームの展開っぽいし。


 ただ、これって、けっこう込み入ったイベントだよな?

 こんなの、βテストから進めちゃっても大丈夫なのか?

 その手の不安はあるぞ。

 俺がそんなことを考えていると。


「ラルお嬢様、お客さんをお連れしましたよ」

「KYA!」


 フィルさんが、マンドラゴラさんを連れて戻って来た。

 あっ、家の中でどうやって連れてくるのかと思ったら、足の部分は鉢植えのようなものに入った状態で、フィルさんがそのまま抱えてきたのだ。

 とりあえず、土のないところは自由に移動できないようだな。


 そして、マンドラゴラさんの上半身は、いつの間にか、マントのようなものを羽織った状態になっていた。

 よし、これで年齢制限もばっちりだな。

 いや、それはどうでもいいか。

 少なくとも、直視しづらかったのは事実なので、助かったと言えば助かったけど。


「いらっしゃいませ。私はこの家の主のラルフリーダと申します。今の私の言葉はわかりますか?」

「KYA?」

「そうですか……では」


 そう言って、ラルフリーダさんが声色を変化させた。

 ――って!?

 これって、もしかして。


「KYA! KYAKYA!」

「KYA!」


 いや、延々とラルフリーダさんとマンドラゴラさんの間で、お互い叫んでいるだけのような状態が続いて。

 しばらくして、ふたりとも頷いたような仕草になった。

 あれ?

 やっぱり、ラルフリーダさんって、そっちの言葉もわかるのか?

 そういえば、マンドラゴラさんのスキルの中に『モンスター言語』ってのがあったことを思い出す。

 あの叫んでいるだけにしか聞こえないのも言語の一種なのか?

 ゴーレムさんの時とおんなじで、俺には何言ってるか全然わからないんだけど。


「わかりました。通訳が大変ですので、貴方には、私の権限でスキルを授けます。代わりに、ご協力お願いしますね」

「KYA!」


 マンドラゴラさんが頷いて。

 そのまま、ラルフリーダさんが、その緑色の顔へと触れると。

 白い光が発生して、そのままマンドラゴラさんの身体を包み込んだ。

 これって、スキルの授与か?

 でも、一体、何のスキルなんだ?


「あー、あー、これでだいじょうぶ?」

「はい。しっかり共通言語になっていますよ」

「でも……うわ、ずいぶんといつもより発する言葉が増えてない?」

「それは仕方ありませんね。言葉に意味を乗せる方法が通用するのは、『モンスター言語』を含めて、それほど多くはありませんから」

「疲れそう……」


 すごく嫌そうな表情をするマンドラゴラさん。

 ――って、いや、そうじゃなくて!?

 おい、普通に言葉をしゃべってるよな?

 よし、こういう時には『鑑定眼』だ。



名前:ウィメン・マンドラゴラ

年齢:5

種族:魔樹種(モンスター)

職業:

レベル:15

スキル:『叫び(封印中)』『直死の咆哮(封印中)』『株分け』『マーキング(封印中)』『音魔法(封印中)』『土魔法』『つるの鞭』『自己治癒』『モンスター言語』『自動翻訳』『眷属成長』



 あっ、追加されたのは『自動翻訳』か。

 これって、俺たちが持っているのと同じなのかね?

 だとすれば、ラルフリーダさんは、そっちの付与も可能ってことか。

 それはすごいなあ。


 のんきにそんなことを感心していると、ふと、マンドラゴラさんがこっちをじーっと見つめているのに気付く。

 うん?

 あ、もしかして、今、勝手に『鑑定』したことを怒ってるのか?

 そういえば、完全に敵対しているならまだしも、普通に使うのってマナー違反だものな。

 そもそも、マンドラゴラさんの感情がどうなのかはよくわからないが。


「あなたがわたしのマスター?」

「はい?」

「だーかーら! わたしを抜き去ったのってあなたでしょ!?」

「まあ、そういう意味なら、そうだけど?」

「それじゃあ、やっぱり、わたしのマスターじゃないの!」


 何か、いきなり怒られた。

 いや、ラルフリーダさんと話している時は、比較的穏やかだったんだが、こっちを見るなりいきなり、興奮して詰め寄って来られたというか。

 もちろん、自力で歩けるわけではないので、実際に詰め寄ったわけじゃないけど、何となくそんな雰囲気というか。

 まあ、よくよく思い返すと、遭遇してから、お互いろくなことをしていないもんな。

 感情的になるのも無理はないか。


 てか、そもそもマスターってなんだよ?


「ちょっと待って。少し落ち着いてもらわないと、意味がわからないぞ。そもそも、そのマスターってのはどういうことなんだよ?」

「だって、あなた、変なことしたでしょ!? そ、そりゃあ……何だか、ぼぅっとして、わたしがわたしでなくなっていく気がして、何もかも嫌になって、あちこち壊したいとか、みんな死ねばいいのに、とかそんな感じでわけわからなくなってた状態から目を覚まさせてくれたから、ありがとう、とは思っているけど……でも! それとこれとは別のはなしよ! あなたが何をしたか、じっくりと思い出してみなさいよ! わたし、恥ずかしくて、ふわぁっとして、わけもわからないなっちゃったじゃない! くわしく、思い出すのも恥ずかしいわ!」

「…………うわっ……」


 はぁはぁ、こっちの言葉長すぎて息が苦しい、と呼吸を荒げるマンドラゴラさんと、それを聞いて、俺の方を死んだ魚のような目で見つめるノーヴェルさん。


「あれ? セージュ、普通に戦って勝ったんじゃないの? 何したの?」

「いや、ちょっと待て!? 俺、別にそこまで変なことしてないぞ!」

「ふふ、セージュさん、その辺りが異種族の間での交流で注意するべきところですよ。たぶん、人間としては、おかしなことをしていない、ということなのでしょうね」

「きゅい――――♪」

「え……? そう、なんですか?」


 いきなり、変な疑いを持たれて、慌てて否定しようとしたんだが、ラルフリーダさんの言葉で少し冷静になる。

 えーと、もしかして、俺、知らず知らずにまずいことをやってたのか?

 てか、どこかなっちゃんも楽しそうなのは何なんだよ?


「先程、簡単にマンドラゴラさんとはお話しましたが、そこで興味深いことが――――」

「あー!? ちょっと待って!? ラルさま! 余計なことは言わないで!」

「そうですか? では、無難なところだけ、ですね。セージュさん、こちらのマンドラゴラさん、その種族的には、『協力者(サポーター)』と『主人(マスター)』という友好の形があるそうですよ。今のセージュさんは、そのうちの後者の条件を満たしてしまいましたので、それで、彼女のマスターに認定されました、とそういうわけです」

「えっ……と、そうなんですか?」

「そうよ! だから、あなたも認めなさい! それが責任を取るということよ!」


 いや、何となくわかったようなわからないような。

 とにかく、俺の取った行動の中でまずいことがあったってことだよな?

 だから、マスターになれってことか?

 もう少し、詳しい話を聞きたいと、俺が思っていると、例のぽーんという音が鳴って。



『こちらのウィメン・マンドラゴラと【絆】が結ばれました』

『個体名を付けることができます』



 またか、おい!?

 というか、こっちもなっちゃんの時と似たようなケースってことか?

 とりあえず、入力画面が開きっぱなしで拒否権がなさそうだよな、これ。


「なあ、その『マスター』になるためには、名前を付けないといけないのか?」

「当然よ。マスターから、マンドラゴラさん、なんて言われたくもないもの」

「元の名前とかは?」

「ないわ。わたし、生まれた時からひとりだったから」


 ふうん?

 要するに、親とかに育てられる種族ではないってことか?

 となると、やっぱり、俺が名前を付けないといけないのか……いや、こういうのあんまり得意じゃないんだが。

 『まっちゃん』だと紛らわしいしな。それに、マスターがどうとかって話だから、ある程度はきちんとした名前の方がいいだろうし。


 えーと、マンドラゴラって確か、向こうだと別名があったよな?

 愛なすびだか、恋なすびだか。

 確かそんな感じだった気がする。

 別名になすびって入っていたので、何となく覚えていたのだ。

 だったら、このなすびをちょっと弄って……。



『個体名:ビーナス』

『はい、こちらの名前で受け付けました。ステータスが変更されます』



名前:ビーナス

年齢:5

種族:魔樹種(ウィメン・マンドラゴラ)

職業:セージュの従僕

レベル:15

スキル:『叫び(封印中)』『直死の咆哮(封印中)』『株分け』『マーキング(封印中)』『音魔法(封印中)』『土魔法』『つるの鞭』『自己治癒』『モンスター言語』『自動翻訳』『眷属成長』



「あら、これがわたしの名前? なかなか良い響きね」

「一応、俺のいたところだと、女神の名前のひとつだったと思うぞ」

「へえ! 気に入ったわ!」


 由来を聞いて、笑顔になるビーナス。

 うん、本当の由来は言わない方がいいよなあ。

 まあ、別に嘘をついているわけじゃないし。

 ただ、職業が『セージュの従僕』って。

 何となく、微妙な響きになっちゃったよな……これ、他のテスターの人に見られたくないなあ、あんまり。


 と、もう一度、ぽーんという音が響いて。



『クエスト【救命系クエスト:ルーガと共に生き残れ】を達成しました』



 あ、ここで達成になるのか。

 要するに、マンドラゴラ……ビーナスとの敵対が解消されたから、ってことか?

 そういうことなら、素直に喜んでおこうか。


 ご機嫌になったビーナスと、そんな彼女と言葉をかわそうとしているルーガを見ながら。

 俺はほっと胸を撫で下ろすのだった。

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