第85話 農民、マンドラゴラを診てもらう
「ありがとうございます。ですが、その前に……セージュさん、そちらのマンドラゴラさんを私の方でお預かりしますね」
「えっ!? 大丈夫、ですか?」
「はい。セージュさんもそのつもりでいらしたのでしょう?」
「まあ、そうですね」
家の中に入る前に、ラルフリーダさんから、マンドラゴラさんについての話をされた。
そもそも、無力化したまでは良かったが、ここからどうすればいいのか、俺にはわからなかったので、ラルフリーダさんのところまで抱えてきたってのが本音だしな。
でも本当に、この人、どうにかできるのか。
やっぱり、町長さんだけあって、すごい人のようだ。
それなりに重さはあったし、俺も身体強化を維持していないと、腕の力で支えるのは大変だったんだが、見た目は細身のラルフリーダさんが、あっさりと俺の手の中にあったマンドラゴラさんを受け取ると、そのまま、お姫様だっこしてしまった。
それで、これからどうするんだ?
「…………お嬢様、危険は?」
「ええ、問題ありません。『虚弱』状態ですね。これは、土から離れているからだけ……ではなさそうですね」
淡々と、マンドラゴラさんの身体を調べていくラルフリーダさん。
あれ?
そういえば、ノーヴェルさんが少し心配したようだけど、いきなり、ラルフリーダさんが、このマンドラゴラさんに触れても大丈夫だったのかね?
状況がどうなるかわからない以上は、それなりに危険じゃないのか?
そう思って、護衛のふたり、そして、横で寝そべっているクリシュナさんを見ると。
「案ずることはない、セージュ。ラルお嬢様は、そもそもお強い。特に、このマンドラゴラ、か? このモンスターが魔樹である以上はな。我々が心配するようなことは起きないであろうな」
「…………それでも、心配。でも、それ以上は、お嬢様を軽んずることになる」
だから、とノーヴェルさんが真剣な表情で、ラルフリーダさんの姿をじっと見つめる。
俺の方は見向きもしなかったが、それでも、返事はしてくれたようだ。
それだけ、心配ではあるってことらしい。
それにしても、相手が『魔樹種』であるから、ラルフリーダさんの敵ではないってことなのか?
フィルさんの話から推測するとそういうことになるよな?
そういえば、領主ってことぐらいしか聞いてなかったけど、ラルフリーダさんって、一体何者なんだ?
「『混乱』に『魅了』ですか……ああ、なるほど。何となく、原因がわかったような気がしますね。セージュさん、確認ですが、こちらのマンドラゴラさんは、元々『狂化』状態だったそうですね?」
「あ、はい、そうです。俺が現場に着いた時は、すでにそうなってましたね。もっとも、最初に遭遇していたがルーガでしたので、それより前のことはわかりませんね」
「はい、ありがとうございます。では、ルーガさんはどうでしょうか?」
「ごめんなさい。わたしはセージュと違って、相手のステータスとかわからないので、最初からそうだったかはわからないの」
ラルフリーダさんからの問いに答えられず、申し訳なさそうにルーガが頭を下げる。
ただ、当のラルフリーダさんも、それは想定通りだったようで、ルーガに対して、慰めるような表情を浮かべる。
「お気になさらずに。今のは事後の確認に過ぎません」
それに、とラルフリーダさんが続けて。
「ルーガさんにお聞きしたいのは、別の話ですから。そちらにつきましては、もう少し後に致しましょう」
「えっ……? あ、はい」
「それよりも、まずは、マンドラゴラさんを治す必要がありそうですね。では、ちょっと失礼しまして……」
ルーガとの会話はそこそこ、ラルフリーダさんが、何かのスキルを発動させた。
一瞬、マンドラゴラさんの身体が光って、その光が頭のところへと消えて行った。
一体何をしたんだ?
そんな俺の視線に気付いたのか、ラルフリーダさんが笑顔を浮かべて。
「はい、これで、地面に接しても大丈夫ですよ。スキルの一部を封印させてもらいましたから」
「えっ!? 封印!?」
「ええ。さすがに危険なスキルを放置したままで、目を覚ましてもらっては困りますので」
なので、封印しました、と事無げもなくラルフリーダさんが頷く。
いや……スキルって、あっさり封印とかできるのか?
たぶん、ラルフリーダさんが言ってるのって、例の『即死』系のスキルだろうけど。
と、そのまま、抱えていたマンドラゴラさんを地面へと寝かせた。
土のところに接地すると生命維持のための、『治癒』が始まるのだそうだ。
あ、そういえば、『自己治癒』ってスキルも持ってたもんな。
「後は、そうですね……私の力を少し分け与えて……それで、内部から気付けを起こして……はい、これで大丈夫ですよ」
そう言って、ラルフリーダさんがにっこりと微笑む。
「不安でしたら、セージュさんも『鑑定』を行なっても構いませんよ?」
「あ、はい」
まあ、俺もちょっと興味があったので、マンドラゴラさんの今の状態で『鑑定眼』を使ってみた。
どれどれ?
名前:ウィメン・マンドラゴラ
年齢:5
種族:魔樹種(モンスター)
職業:
レベル:15
スキル:『叫び』『直死の咆哮』『株分け』『マーキング』『音魔法』『土魔法』『つるの鞭』『自己治癒』『モンスター言語』『眷属成長』
あっ! バッドステータスが全部なくなってるな。
それと、スキルの一部が封印中ってなっているようだ。
この、『封印中』ってのは、なっちゃんのスキルとかにもあったもんな。
条件次第で、スキルも一時的に『封印』されることがあるようだ。
ラルフリーダさんによると、この『封印』もバッドステータスの一種なのだとか。
いや、それをあっさりやってのけるあたり、さすがだよな。
ただ、ちょっと気になったのは。
「『土魔法』とか『つるの鞭』ってのは封印されてないんですね?」
「ええ。それらを封印してしまうと、治るのがよりゆっくりになってしまいますので。それに、この子も正気に戻ったなら大丈夫だと思いますよ、ふふ」
うん?
少しだけ、変な笑みを返されてしまったぞ?
ラルフリーダさんは何が言いたいんだ?
他の人を見ても、口元だけ笑っているフィルさんと、我関せずと言わんばかりにあくびをしているクリシュナさんに、さっきより睨みかたがひどくなったノーヴェルさん、と三者三様で訳がわからない。
まあ、気にしてもきりがないか。
少なくとも、『直死の咆哮』と『マーキング』が封印されたのは大きいし。
これで、ある程度はマンドラゴラさんの脅威が抑えられたわけだし。
「では、こちらは目が覚めるまでそのままですね。クリシュナ、番をお願いします」
ラルフリーダさんに言葉に頷く、銀狼のクリシュナさん。
そのまま、マンドラゴラさんを囲うような感じで横たわって丸くなる。
何というか、見た目は迫力があるんだけど、どこか穏やかな人だよな。
人っていうか、狼だけど。
「では、セージュさん、ルーガさん、なっちゃんさん。こちらへどうぞ」
「…………妙な真似はしないように」
「ふふ、ノーヴェルが暴走した時は私が止めよう。安心してついてくるといい」
「はあ、わかりました」
何だろうな、この雰囲気。
どこか、ぴりぴりとしているノーヴェルさんの、その敵意から護ってくれるかのようにフィルさんが俺の横について。
そんな微妙な空気のまま、俺たちは家の中の応接室へと向かった。




