第84話 農民、町長の家にたどりつく
「うわっ!? もう着いた!?」
「狼さんって、こんなに早く走れるんだ? わたし、初めて背中に乗せてもらっちゃったけど、すごいね」
「きゅい――♪」
ルーガとなっちゃんがちょっと興奮気味になっているが、俺もそれは同じだ。
クリシュナさんの走るのって、異常に速いのな?
でも、乗り心地というか、速度の割には、乗っている俺たちへの影響はそれほど大きくもなかったし。
門の入り口から、本当に一瞬で、例の『木のおうち』の前まで到着してしまった。
いや、これだけの大きさの狼さんが猛スピードで町中を走ったら、普通にみんながびっくりするんじゃないかと思ったんだけど、すれ違った人も何人かいたにも関わらず、誰もがクリシュナさんの存在に気付いていないような感じだったのだ。
走り去った後も、強めの風が吹いた、っていうような反応しかなかったし。
クリシュナさんが走り始める前に、一瞬、身体が光ったような気がしたので、もしかすると、それ自体が何かの魔法か、スキルの発動だったのかも知れないな。
てか、いつの間に、町長さんの家の周りの結界へと入ったのかもわからなかったし。
前に、カミュたちと一緒に来た時とは、別の道を通っていたので、もしかすると、結界の入り口は好きな場所に開けられるのかも知れない。
ともあれ。
もうすでに、家の前のところには、ラルフリーダさんがやってきてくれていた。
そして、彼女の側には、こちらを睨みつけるような表情で立っている、黒豹の獣人のノーヴェルさんと、もうひとり、こっちは俺も会うのが初めてであろう、長い槍を持ったエルフっぽい女性の人も一緒に立っていた。
まあ、エルフかどうかは確信はないけど、耳の形が十兵衛さんのと似てるし、雰囲気的に、色白で長身の金髪と言えば、エルフじゃないか、ってそう感じた。
スレンダーな美人さんって感じだな。
背丈は、ラルフリーダさんよりもずっと大きいので、向こうで言うところのモデル体型のような人だ。
もっとも、エルフで太っている人って、あんまりイメージにないから、たぶん、こっちの世界のエルフって、みんなこんな感じなのだろう。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、セージュさん。お話は伺いましたが、どうやら、興味深い同行者がいらっしゃるようですね?」
「あ、はい。こんな格好で失礼します」
にこにこと、どこか楽しそうな表情を浮かべるラルフリーダさん。
どうやら、一応は歓迎されているようだな。
もっとも、ノーヴェルさんの表情というか、殺気みたいなものが、さっきからずっと俺の方を向いているので気が気じゃないんだが。
まあ、それはそれとして、慌てて、クリシュナさんの背中から降ろしてもらう。
さすがに、目線が上の状態で話を続けるのは失礼だろうしな。
「クリシュナさん、ありがとうございました」
降りる時、目が合ったのでクリシュナさんにお礼を言うと、相変わらず、無言のままで、軽く頷かれた。
気にするな、ってことのようだ。
そもそも、ラルフリーダさんからの頼まれたからみたいだしな。
「ラルフリーダさん、一緒に来てくれたのが、俺の同行者です。こっちの女の子がルーガで、俺の肩に乗っているのが、ナルシスビートルのなっちゃんです」
「どうも」
「きゅい♪」
「ふふ、初めまして。私はこのオレストの町の町長をしております、ラルフリーダと言います。そして、私の横にいるふたりは、それぞれ、私の護衛をしてくれている家族のような存在です。こちらがノーヴェル、そして、こちらがフィロソフィアです」
そういえば、セージュさんもフィロソフィアと会うのは初めてですよね? とラルフリーダさん。
もっとも、ノーヴェルさんとも初対面の時に押し倒されているので、そっちも紹介はそこそこだったので、改めて、ということらしい。
「…………お嬢様の護衛を務める、ノーヴェル。種族は黒豹の獣人。よろしく」
「ルーガです」
「あ、よろしくお願いします」
「…………そっちのけだものには言ってない」
うわ、やっぱり、男と女で温度差がひどいな、ノーヴェルさんってば。
というか、ルーガがどうも、あいさつとか苦手っぽいから、それとなく間に入ろうとしたら、ばっさりとやられてしまった。
まあ、俺に対しての対応は冷たいけど、ルーガを見る目に関しては、それほど、冷たさが混じってないから、良しとしよう。
たぶん、ちょっとやそっとだと、仲良くなるのが難しそうだし。
「ふむ、ノーヴェルは相変わらずだな。主が興味を持っているのだから、そう、闇雲に邪険に扱うこともあるまいに。ともあれ、私の番だな? 名はフィロソフィア、種族は樹人種のエルフだ。本当の名前は長すぎるので、省略させてもらっているな。まあ、これでも人間種にとっては長いのだろう? 私のことは、フィルなり、ソフィーなりと呼んでもらっても構わないぞ」
そう言いながら、にかっといい笑顔を浮かべるフィロソフィアさん。
いや、フィルさんか。
そういえば、十兵衛さん以外のエルフの人って初めて会ったけど、フィルさん、立ち居振る舞いとかしゃべりかたが随分と男らしいのな?
雰囲気も凛々しいというか。
獲物が長槍ってところも含めて、どちらかと言えば、女騎士というかそんな印象を受けるのだ。
護衛にふさわしい格好いい女の人、というか。
「はい。フィルさん、ですね?」
「ああ。エルフにとっては、真名や家名というのは大切でな。であるからこそ、名前を間違われるのを嫌うのだ。私はそうでもないがな。だからこそ、呼び名としては、普段は、短い名『略名』を使うのが重要なのだ。他種族と話す時は、己の短い名を明かす。より深い間柄となったものには、正式な名を伝える。そういう種族なのだ」
ほぅほぅ、なるほどな。
だから、外向きの名前がフィルさんってことか。
一応、書類などには、フィロソフィア。
そして、同族同士や、親愛の関係であれば、最初にお互い名乗りを交わすのが基本、とそういう感じらしい。
でも、なんで、わざわざ、俺たちにそれを教えてくれたかっていうと、俺がフィルさんをめずらしそうに見ていたのに気付いたからだそうだ。
私はいいが、そういう視線を嫌う者も多いから気を付けるように、と注意されてしまった。
うん、そこは反省だな。
やっぱり、十兵衛さんとは違って、いかにもなエルフに出会えたのは嬉しかったから、つい、その手の感情が表に出てしまったらしい。
「ふふ、フィロソフィアは口調は厳しいですが、優しい子ですからね。私の護衛の他にも、この町の冒険者相手に手ほどきをしたりもしているんですよ」
「へえ、そうなんですか?」
「ええ。クラン『自警団』に所属する冒険者のひとりですね」
「あっ!? 『自警団』の方だったんですね?」
この、オレストの町で、向こうの警察みたいなお仕事をしているクランだ。
基本、町で起こった揉め事には『自警団』が駆け付けるようになっているのだそうだ。
もちろん、冒険者ギルドとか、教会もトラブルの際は動いたりもしてくれるけど、主に、夜間の見回りや、荒事に関して、町の人からも信頼が篤いのが、この『自警団』と呼ばれる存在なのだとか。
「すごいですね、フィルさん」
「なに、当然の務めだ。強き者が弱き者を護る。それは当然の話で、我々の義務だからな。ふふ、それに『自警団』というのは、町のものたちが呼んでいる通称だ。本当のクランの名は『森守』という名だよ」
あっ、そうなんだ?
クラン『森守』というのが、フィルさんが所属している組織の名前なのだそうだ。
森の守り、かあ。
うん、何となく、エルフって感じの名前ではあるよな。
「そういうわけでな、こちらのラルお嬢様の護衛も、我々の任務だな。であるので、『森守』の中で交代で、護衛任務も行なっている、というわけだ」
「あー、やっぱり、ラルフリーダさんって、それだけ大切な方ってことなんですね?」
「…………当たり前。お嬢様とでは、男一万人でも釣り合わない」
「いや、さすがにノーヴェルの言は行き過ぎだが……まあ、大切なお方であるのは間違いないな。少しばかり、気さく過ぎるので、そういう印象を与えにくいのだがな」
「ふぅ……ふたりとも、ちょっと大袈裟ですよ? 私としましては、みんなから愛される町長を目指しているのですよ、これでも」
箱入り扱いは程ほどにしてください、とラルフリーダさんが嘆息する。
なるほど。
本当は、ラルフリーダさんも、町の方へと頻繁に顔を出したいのだけれども、色々と事情があるので、そういうのは自重しているのだそうだ。
例えば、護衛さんたちが過剰に護り過ぎたり、とか。
何となく、ノーヴェルさんの態度とか見ていると、わかるような気がする。
少なくとも、闇雲にかしずかれるのは勘弁してほしい、ってのがラルフリーダさんの本音ではあるそうだ。
「ふむ、ラルお嬢様の言い分もわからないでもないが、それは仕方ないだろうな。何せ、背負っているものが大きすぎるからな。ああ……そうだな、確かそちらのお話もありましたな、お嬢様?」
「はい、そうですね。昨日の分の報告だけでも重要でしたが、今日の分のお話はそれを上回りましたからね」
フィルさんの言葉に頷いて、ラルフリーダさんが俺とルーガに交互に視線をやって。
「お二方、そして、そちらのマンドラゴラさんからは、お聞きしたいことができました。家の中までいらしてください」
有無を言わせないような静かな迫力を伴って。
ラルフリーダさんが笑顔で言ってきた言葉に、俺とルーガは頷くことしかできなかった。




