第82話 農民、門の詰所につれてこられる
町に入りさえすれば大丈夫。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「まさか、町に入れないとは思わなかったなあ……」
「いや、別に入れないとは言ってないよ? モンスター連れだからって、別に差別するわけでもないし。でもねえ……今のセージュくんの姿をね、自分でも見てみなさいよ。この状態で、すんなりと門を通すわけにはいかないでしょ?」
まあ、それもそうか。
やれやれ、とため息をつきつつ、俺は今いる場所をもう一度確認する。
今、俺たちがいるのは、オレストの町の東門に併設されている、門番さんたちが待機するための詰所だ。
そして、俺の言葉に返事を返してくれたのは、この町の門番の責任者でもある、マーティンさんだ。
通称『マーたん』。
しゃべり方は、落ち着いた大人の男って感じで、雰囲気もそれなりなんだけど、問題は、その見た目だな。
俺も、『けいじばん』などで噂には聞いていたんだが、出会うのは今日が初めてだったので、少しびっくりしたのだ、この、責任者のマーティンさんには。
背中から、羽根が生えていて、今も宙に浮いた状態で俺たちに対応してくれているのだ。
そして、その身体は、今の俺と比べても一回り以上は小さい。
身長は精々が一メートルぐらいだろうか。
マーティンさんは『妖精種』と呼ばれる種族なのだそうだ。
なので、見た目はとっても愛くるしいというか、綺麗な羽根のついた帽子が似合う、ファンタジーの世界の住人って感じではあるんだよな。
もちろん、門番をやっていることからわかるように、見た目と違って、それなりには強いってことらしいけど。
まあ、その辺は、カミュとかもそうだもんな。
見た目にだまされてはいけません、って典型の人らしい。
こう見えて、かなりの長生きってことらしいもんな、妖精の男の人としては。
ただ、オレストの町なかでもたまに、姿を見かけたことがあるが、妖精の人と直接話をするのって、これが初めてなんだよな。
それだけに、さすがに初対面でこの状況ってのは、俺としても、なんというか複雑な感じではあるよなあ。
何せ、俺の今の状態って。
まず、半裸で緑色のマンドラゴラを両手で抱えていて、一緒につれてきた同行者は、冒険者ギルドの身分証とか持っていない子で、そして、地下のダンジョンから、ここまでの帰り道に遭遇して、一緒についてきてくれた同行者がもうひとり。
「きゅい――♪」
そう。
ナルシスビートルのなっちゃんと、また再会したのだ。
どうやら、さっきの子供も無事親離れしたらしくて、今度は、俺についてきてくれるつもりだったのだそうだ。
いや、正直、冗談ではなくて、本当になっちゃんが一緒で助かったぞ。
帰り道も当然、ぷちラビットとかとは遭遇するんだが、さすがに今の、満身創痍で両手がふさがっている状態では、対処するのが厳しかったからなあ。
ルーガはルーガで、麻痺の後遺症が残ってたし。
おまけに、元々持っていた弓矢も壊れてしまったので、武器もなかったのだ。
下手をすれば、普通に全滅してもおかしくなかったし。
良くて、このマンドラゴラを接地させてしまって、予測不能な状況に追い込まれるか、だったろうし。
そこで、なっちゃんの大活躍だ。
前にも、土魔法で、人の手みたいな形に固めた土を操っているのは目にしていたが、その手を使って、襲い掛かるぷちラビットをちぎっては投げ、ちぎっては投げしてくれたのだ。
いや、もちろん、本当にちぎったわけじゃなくて、相撲の張り手みたいな感じで、地面へとはたき落す感じの攻撃ではあったけどな。
本当に、これはありがたかった。
てか、なっちゃん、見た目と違って、ぷちラビットより強いのな?
これも、見かけでだまされちゃいけませんの典型だよな。
というわけで。
俺、ルーガ、なっちゃん、そして、俺に抱えられて、ぐんにゃりしているマンドラゴラさん。
以上の四名(?)が、何事もなく町の門を通れるわけもなく。
あっさりと、門のところで、笑顔で対応されてしまった。
うん、いい子だから、こっちに来ようね、って感じで、横にある門番の詰所までご案内、というわけだ。
「別に心配しなくても、取って食おうって話でもないからねえ。それに、セージュくんの場合、冒険者ギルドにも担当者がいるからね。今呼び出してるところだから、担当が来るまでもう少しここで待っていてね」
「わかりました……あの、マーティンさん、担当って、もしかしなくても、グリゴレさんですよね?」
「そうだよ。あはは、君、今、町でもちょっとした話題になってるからねえ。特に、僕のような立場の者の間ではね。まあ、具体的に何をやらかしたのかまでは聞いてないけど、ラルさんからもこっそり直接の通達がまわってくるなんて、よっぽどだよ? いやあ、迷い人だってのに大したもんだよ」
何だか、褒められているんだか、けなされているんだか、よくわからないことをマーティンさんの口から言われてしまった。
いや、ちょっと待て!?
俺のこの町での扱いって、どうなってるんだよ!?
まあ、ラルフリーダさんが、俺の話をそれとなく、門の責任者に伝えているってのはわからなくはないけど、何だよ、その話題って。
基本、俺、巻き込まれたことに関しては、ほとんど吹聴してないから、何で、そこまで知れ渡っているのか、本気で謎だ。
ただ、それはそれとして。
もうすでに、冒険者ギルドの俺担当がグリゴレさんで定着してしまってるってことには、本当に申し訳ないと言うか、昨日のグリゴレさんの嫌そうな顔を思い出して、本当にため息が出る。
いや、別に俺も、好きで、変なことに巻き込まれてるわけじゃないんだって!
ただ。
冷静に今の自分の状況を見直して、ほのぼのとゲームを楽しんでるってわけじゃないのは何となくわかる。
一歩間違えば、『死に戻り』かねない状況が、毎日のように続いているというか。
俺、別に十兵衛さんみたいに、トラブルに自分から突っ込んでいくような性格じゃないんだけどなあ。
これって、日頃の行ないが悪いのかね?
「セージュ、大丈夫?」
「きゅい――?」
あんまり顔色が良くないよ、とルーガたちから心配されてしまった。
それに、大丈夫だ、と返しつつ。
まあ、この状況だから、なっちゃんと仲良くなれたし、ルーガとも知り合えたから、別に悪いことばかりでもなかったと納得する。
別に不幸体質ってだけでもないしな。
ラースボアのおかげで、懐具合にもちょっと余裕ができているし、ミスリルゴーレムのおかげで、ペルーラさんの『鍛冶』修行の方も、面白い方向へと話が進んでいるような気がするし。
たぶん、テツロウさんとかユウとかに言ったら、色々とイベントに遭遇できたんだから良かったじゃないか、とか言われそうだしな。
贅沢言うな、って。
「まあねえ、動揺するのも無理はないけどね。僕も長いこと生きているけど、マンドラゴラ、かい? このモンスター……いや、彼女か。こっちの子みたいなモンスターに会ったのは初めてだからねえ」
「えっ? そうなんですか?」
あれっ?
ルーガが生態とかに詳しいから、それなりに有名なモンスターだとばかり思っていたぞ?
マーティンさんの話だと、似たような魔樹系のモンスターは森にも生息しているらしいけど、この『ウィメン・マンドラゴラ』ってモンスターは初めて会ったのだそうだ。
「たぶん、そっちのルーガちゃんが住んでいた場所のモンスターじゃないのかい? もっとも、『グリーンリーフ』の奥地までは僕も足を踏み入れたことはないから、確証があるわけでもないけどね」
まあ、マーティンさんがそう言うなら、そういうことなんだろう。
「そもそも、ルーガってどこに住んでたんだ?」
「山に住んでたよ。名前は知らないけど。お爺ちゃんも『山』としか呼んでなかったから、うーん……名前あったのかな?」
結局、当のルーガがこんな感じだから、どこの山なのか特定できそうもないらしい。
そもそも、どこかから飛ばされてきた場合、この大陸とは別の大陸の可能性もあるので、そっちはどうしようもないのだそうだ。
「まあ、どちらにせよ、グリゴレが来るまで待っていてね。話はそれからだよ」
「わかりました」
マーティンさんの言葉に頷いて。
俺たちは、身元引受人が冒険者ギルドから、ここまでやってくるのを待つのだった。
何とか無事(?)に町まで戻ってきました。
基本、町の外から身分証のない存在がやってきたら、冒険者ギルドに送られるか、危険と判断された場合は、そのままギルド員が来るまで待ってもらうので、そのための詰所が門の外にあります。
一応、詰所も結界の範囲内になります。




