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第79話 農民、地面にひれ伏す

「――――っ!?」


 ――――やられた。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 『叫び』が届くのと同時に、全身が何かに貫かれたような衝撃があって、次の瞬間には、ぐわんぐわんと景色が揺らいで、意識をはっきりと保てなくなっていた。


 やばい。


 脱力。

 そして、ふっ、と意識が戻って来た時には、虚脱したまま何が何だかわからない状態で、地面にひれ伏していた。


 いや、慌てて、状況を思い出す。

 さっきのも、マンドラゴラによる『叫び』――音魔法の一種だ。

 たぶん、原理的には今まで使ってきた『叫び』とほとんど変わらないだろう。

 ただし。

 違っていたのは、その使用範囲。

 今までのが全方位型の、いかにも、音が広まっていくのと同じような形だとすれば、俺が今受けてしまったのは、まっすぐなビームのような狭い範囲での集中した波だった。


 いや、そんな使い方もできたのかよ。


 範囲を絞ったためなのか、音の振動による威力があがっていた。

 慌てて生み出した『アースバインド』の土壁もろとも、俺の身体ごと、そのまま、音の衝撃を受けた、というか貫かれた。


 とは言え、外傷はない。

 だが。

 内側にまで、衝撃が浸透していたらしく。

 脱力して力が入らないのは、脳が揺さぶられたからか?

 少なくとも、やばい、と感じるのは。


 ぽたりと落ちた血だ。

 鼻から出たのか? それとも、それ以外の顔のどこかからか?

 現状で確認するための道具も、力もないため、はっきりとはわからないが、『叫び』によって貫かれたことで、その衝撃で、頭の内部にダメージを負ったらしいな。


 くそ、やばい。

 今さっき、マンドラゴラに接近していたため、今倒れている場所はまずい。

 鞭の有効範囲内まで近づいてしまっている。

 おまけに、身体にはまったく力が入らない状態。


 思考が少しずつ戻ってきている。

 だが、これが脳震とうのたぐいなら、回復する前に、つるの鞭やら、『叫び』やらでめった打ちにされてしまうだろう。


 何とか、マンドラゴラの方を見ようとしても、頭をあげることすらできない。

 わずかに痙攣したままで、地にひれ伏しているままだ。


 ――――あぁ、これ、詰んだな。


 右手の感覚が少しずつ戻って来て。

 それが、触れているものが何か気付いて。


 慌てて、『アースバインド』を発動させたため、使う範囲をミスったらしい。

 今、俺が触れているのは、マンドラゴラの足……いや、根っこだ。

 埋まっている根っこの先端が『アースバインド』で掘り起こされて、外気に触れてしまう状態になっていた。


 これ、『抜く』とか、斬ったりするとか、そっちと同じ状態だろ?

 本当は、そうならないように、範囲を広げるつもりだったんだが、一手ミスった。

 これで。

 『直死の咆哮』が来る。


 はは、大口を叩いた挙句、このざまか。


 ――――あぁ、これ、詰んだな。


 どこか、諦めの気持ちと共に、俺は、何もできずに、マンドラゴラの動きを待つことしかできなかった。





「……あれ?」


 諦めていたのは、わずかな時間だったようだ。

 というか、少しずつ身体が動かせるようになってきたのだが、なぜか、マンドラゴラからの攻撃らしきものがやってこない。


 ……おかしいな?

 てっきり、あのまま怒りに狂った感じで、鞭とかに連打されて、そのまま切り刻まれるのとかを想像していたんだが。

 音魔法の方の威力はそれなりだが、あの鞭はやばかったし。

 何度も食らっていたら、確実に俺の身体は裂傷などで、死に至っていただろうし。


 だからこそ、訳がわからない。

 今、何が起こっている?


 とりあえず、顔も動かせるようになってきたので、頭をあげて、マンドラゴラの方を見ると。


「KYAっ!?」

「……へっ!?」


 目が合った瞬間に、びくっとされた。

 いや……というか、マンドラゴラの表情、女性の顔に浮かんでいた狂気のようなものが少し和らいで、でも、相変わらず、目が血走っていて、混乱のような、動揺のような表情は浮かんだままで。

 いや、どちらかと言えば、さっきの問答無用な感じよりも、少しだけ人間らしい顔つきになっているというか。

 もっとも、今もまだ、異常な感じはするけどな。


 とにかく。

 まだ、戦闘中だ。

 身体もまだロクに動かせないので、俺は、せめてもの抵抗として、『鑑定眼』を使って見た。



名前:ウィメン・マンドラゴラ(混乱状態)(◆◆状態)(狂化状態)

年齢:5

種族:魔樹種(モンスター)

職業:

レベル:◆◆

スキル:『◆◆』『◆◆◆◆◆』『◆◆◆』『◆◆◆◆◆』『◆◆◆』『土魔法』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆』『◆◆◆◆◆◆』『◆◆◆◆』



 あれ?

 バッドステータスが追加されている?

 何だこれ?

 『狂化状態』だけだったはずが、『混乱』ともうひとつ、読めない特殊状態がマンドラゴラに追加されているのだ。

 というか、『狂化』のところの文字も薄くなってきているし。


 えーと。

 これ、もしかして、『狂化』が少し弱まって、別の状態異常になってきているってことか?

 でも、どうしてだ?

 『狂化』を妨げる要素が何かあったってことか?

 もしかして、俺が苔を全部採取しちゃったこととかも影響してるのか?

 それとも、別の外的要因とか?


「KYAっ!?」

「……いや、訳が分からないな」


 とはいえ。

 俺の身体もまだ、動かせる状態ではないので楽観視はできない。

 だが、少なくとも、即座に『死に戻り』って話ではなさそうだな。

 だったら。

 今のうちに、打開策を考える!

 なぜか、『混乱』状態で、俺の視線に怯えているマンドラゴラを見ながら、俺は、思考を巡らせるのだった。





《同時刻、『大地の恵み亭』にて》


「おっ! このスープ美味いな!」

「はは、カミュにもそう言ってもらえると嬉しいな。ほら、昨日俺と一緒にあいさつに行ったろ? そのユミナがぷちラビットを使って新しく作ってくれたんだ」


 一口スープを飲んで、驚いた表情を浮かべているカミュに、ドランは誇らしげに笑みを返す。

 まさか、ぷちラビットだけで、新しいメニューを作れるとは思わなかった、と。


「俺も味見して驚いた。ユミナのやつ、秘匿されている宮廷料理の技法なんかも知ってるのかよ、ってな。いや、迷い人(プレイヤー)ってのは只者じゃねえな」

「へえ、宮廷料理の技法、か。ふふ、まあ、迷い人(プレイヤー)が只者じゃないってのは、あたしも同意だな。ああ、そうだ。ドラン、あんた、確か、デザートデザートの『土の民』だったよな?」

「ああ、そうだが」


 それがどうした? とドランがカミュへと尋ねる。

 一方のカミュは、口元に笑みを浮かべたまま。


「いや、だったら、もしかして知ってるか? 『緑の手』って能力」

「『緑の手』……? いや? そんなスキル聞いたことないぞ。少なくとも、故郷の連中で持っていたって話は聞かねえな」

「あー。だろうな。デザートデザートだと、植物を育てるって、環境じゃないもんな。特に、今の『土の民』の立ち位置だと」

「そりゃそうだろ。延々と遺跡発掘だのばっかりだろうさ。何だ? ってことは、それは植物を育てるスキルなのか?」

「はは、結果的にそうなるんじゃね? ただ、得るための条件のひとつを満たすのは、『土の民』と言えども、今のデザートデザートじゃ難しいってことだろうな、たぶん」

「……いや、カミュ。お前が何を言いたいのかわからないぞ? で、その『緑の手』ってのはどういうスキルなんだよ?」


 目の前のシスターが何を言いたいのがわからずに、困惑するドラン。

 だが、そんなドランに対して、相変わらず、機嫌の良さそうな態度だけは崩さずに、しかしながら、相手にはすべてを伝えるつもりはないような口調で、カミュが言葉を続ける。


「ふふん、『緑の手』ってのは、まあ、何だな、植物とか、土属性特化の種族とかから、信頼を得やすくなるスキルだよ。まあ、言うなれば、『たらし』のスキルだな」

「そうなのか? ……ってか、カミュ、何で、いきなりそんな話をするんだ? まったく、俺には意味が分からないぞ?」

「はは、気にすんな。あたしがご機嫌ってだけさ。ふふ、エヌが仕組んだのか? それとも、偶然か? 『グリーンリーフ』で、『土の民』で、『緑の手』持ち、か。ある意味で、これ以上にない危険な組み合わせだな」


 思わせぶりにカミュが笑って。


「ま、だから、あたしも退屈しないってもんさ。あの馬鹿が何をしでかすか、ってな。教会としても、生産向上系のスキル持ちには興味があるからな。できれば、囲い込みたいところだが……さてさて、あいつはどこまで(・・・・)、こっちの世界に踏み込むのかね?」

「なるほど。意味がわからん。さすがは教会のシスターだな」

「ふふ、褒めるな褒めるな。それよりもドラン、このスープ気に入ったぜ。おかわりだ」

「あいよ。そっちの方が俺にはわかりやすいな」

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