第78話 農民、ウィメン・マンドラゴラと戦う
「KYA!」
「KYA!」
「わわわ!? けっこう、やばっ!?」
苔を採り始めてから、明らかに能力発動までの間隔が短くなったぞ!?
いや、本気出すと、このくらい早いのかよ!?
俺は俺で、苔の採取をしつつ、マンドラゴラの『初動』を感じると、慌てて、土魔法の『アースバインド』を使うか、大分、ぼこぼこになってきた地面の穴へと隠れて、そこで攻撃をやり過ごすかのいずれかだ。
さすがに毎回毎回、『アースバインド』を使ってるときりがないし。
というか、マンドラゴラの周辺が穴だらけになってきたな。
ただ、苔に関しては、あらかたアイテム袋へと回収することができたようだ。
確かに、苔がなくなるにつれて、マンドラゴラの『叫び』自体が少しずつ弱まっているように感じる。
うん。
今ぐらいなら、すでにある穴の中に隠れるだけでも何とかなるかな。
どことなく、目の前のマンドラゴラが焦っているのがわかるし。
狂化状態でも、焦りとかってあるんだな?
もっとも、マンドラゴラの上半身……緑色をした女性の表情がそれっぽいってだけなので、本当の顔が実は別にあったりするとかなら、その保証もないけど。
ふふ、苔がいっぱいでちょっと嬉しいぞ?
これ、後で、サティ婆さんに見せたらどうなるかな、って。
何かの薬の材料にでもなったら嬉しいよなあ。
戦闘中にもかかわらず、そんなことを考えていたからなんだろう。
そんな俺に罰が当たるような出来事が起こる。
「げっ!? しまった!?」
持っていたアイテム袋が、最後に入れた苔を吐き出してしまったのだ。
おいおい、もしかして、これでアイテム袋がいっぱいってことか!?
「KYA!」「わわっ、っと!?」
何とか、今ある苔は採取完了したから、それはそれでいいんだが。
ちょっとだけ計算が狂ってしまったぞ?
作戦その二の前に、アイテム袋の中を整理するか?
いや……攻撃パターンが早くなってしまったから、その余裕がない。
離れて、また苔を生やされても面倒だし。
仕方ないな。
今のままで、作戦その二に移行だ。
そもそも、俺の考え自体も、試したこと自体がないので、うまくいくかどうかもわからないしな。
そう考えながら、『叫び』を回避しつつ、今よりも更に、マンドラゴラとの距離を詰める。
別に攻撃をするためじゃない。
さっき、ルーガの前で試した時に気付いたことは、そのぐらい距離が近づかないと効果がないから、だ。
「KYA!?」
「おっつ!? 痛ててっ!? 何だよ、叫ぶだけじゃないのかよ!?」
発動まで少し猶予があると思っていたら、突然、手の形を変化させて、それを鞭のようにしならせて攻撃してきた。
草のつるを編んだような感じか?
痛ってえぇ!
何か、女王様みたいな攻撃してくるのな、このマンドラゴラ。
いや、いよいよこれ、低年齢層の子供向けに大丈夫か?
皮膚の表面が切れるぐらいには痛いぞ、この鞭攻撃。
ただ、痛みに耐えつつ、側の地面に手を触れる。
――よし!
思った通りだ。
この大きさなら何とかいける!
「後はどのくらい同時に使うか、だな」
再び、緑色の手を鞭状にしてきたので、慌てて、少しだけ距離をとる。
おっと!?
今度は、『叫び』が来るので、慌てて、『アースバインド』を発動させる。
「KYA!」「『アースバインド』!」
息を吸う動作をしないといけないので、『叫び』に関しては、いつ、その攻撃が来るのかは前もってわかる。
ここが地面の中だから、ってことなのか?
明らかに地上で戦っている時とは、俺の感度が違う。
今も、『暗視』のレベルは低いので、ほとんど目では見えてはいないんだが、それはあんまり関係ない。
なぜなら、周囲の空間の状態が、肌感覚として、しっかりと伝わってくるから。
距離があると、どこにどういう感じのものがあるか、ぐらいにしかわからないけど、ざっくりとなら、洞窟の形とか、どういう穴になっているかということまで感じ取れるのだ。
ルーガが、あまり見えていないにも関わらず、少女ってわかったのもそのためだ。
今も、このくらいまで近づけば、マンドラゴラがどういう仕草をしているのか、感じ取ることはそれほど難しいことじゃない。
最初、苦労したのは『叫び』のための予備動作がどういうものかをつかむまでのことだ。
『初動』のパターンさえ読めれば、それに合わせて、『アースバインド』を発動させるのはそんなに難しい話じゃないし。
そうでもなければ、『叫び』に対応なんてできるはずがない。
何せ、マンドラゴラが『叫び』を使った瞬間には、すでに身体が吹き飛ばされているんだから。
音魔法って、発動から着弾までが早いのな。
まあ、冷静に考えると、ゲームとかでよくある、魔法が発動されてから、それを見て回避するなんてのは、ゆっくりと飛んでくる魔法ぐらいしか適用できないよな。
普通は、ユウとかと一緒にやった戦争系のゲームみたいに、銃で撃たれたら、即着弾で死亡、みたいな感じで、かわす猶予なんてありはしないだろう。
俺も、戦争系ゲームの経験がなかったら、対処できていないだろうし。
「はは、ユウには感謝だよな」
俺のレベルがそれほど高くないのに、マンドラゴラとやり合えている理由。
そのひとつは、『土の民』としての種族特性。
そして、もうひとつは、戦争系ゲームでの体験があるから、だ。
相手の挙動には意味がある。
少なくとも、『名作』、と呼ばれるようなゲームであれば、そういう細かい部分をおざなりにはしないから、と。
気付くか気付かないかはゲーマー次第だが、ちゃんと、対応するための手段ってものが用意されているのが、リアリティのあるゲームだ、と。
そっちはユウの受け売りだな。
現実と同様で、無挙動で何かをするのって難しい、って。
まあ、ユウ自身も、『ポンコツなプログラムなら、そうとも限らないけど』とは言っていたけどな。
少なくとも、この『PUO』はポンコツじゃないってことだ。
俺たちだって、しっかりと呼吸をしてるし、激しく動くと息が荒くなる。
それは、モンスターにとっても同じだ。
『叫び』なんて言うと、いきなり叫べば、能力が発動しそうなもんだが、それでも、叫ぶためには、息を吸わないといけない。
見た目は隠そうとしても、わずかに吸うという行為が現れてしまうのだ。
特に、今の俺の肌感覚なら。
おそらく、地上で同じことをやれって言われても、ちょっと厳しい。
俺、戦争系ゲームでユウがやってたみたいな、訳の分からない弾着見切りとかできなかったし。
それでも、今のマンドラゴラの攻撃へは対応できている。
鞭に関しては、初見だったので、対応できなかったが、一度、しっかりと、その感覚をつかんだぞ。
二度目は、そのための挙動がはっきりとわかった。
なので、距離を置いてやり過ごす。
もうすでに、一度、マンドラゴラの側の地面には触れることができたので、俺の目的は達成している。
後は、今得た情報から、次の行動へと移るだけだ。
あの大きさなら、どのくらい必要だ?
今、最後に使ったのは、『アースバインド』の二連だった。
それで、掘れた穴の大きさを再度確認して。
五……いや、六、か?
まあ、そんなところだろう。
「――よし! 行くか!」
怖い時こそ、よく笑え。
口元へと笑みを浮かべて、俺は、作戦その二を敢行するために動いた。
だが。
優位に戦えている、と感じたのは俺の油断だったんだろうな。
一気に間合いを詰めた瞬間に、俺が肌で感じたことは。
「――しまった!? これ、初見の!?」
「KYAAAAAAAAA――――!」
至近距離まで迫った俺へと放たれた、マンドラゴラからの『叫び』。
今までの『叫び』と挙動が少し違っていただけの、その別の攻撃によって。
俺は、防御のために展開した『アースバインド』の土壁と一緒に、その『叫び』によって、身体を貫かれた。




