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第77話 農民、ウィメン・マンドラゴラと相対する

 身体が軽くなって、走る速度が速くなる。

 今、俺が使える身体強化では、さすがに倍速まではいかないが、それでも、普通に走っているのよりはずっと『速い』という感じの疾走感がある。

 前にカミュにかけられた時は、それよりもずっとずっとおかしな速さだったから、使用した魔力量や、使い手の技量などでも差が出るのだろうが、今の俺にとっては、これでも十分すぎる速度だ。

 大体、あんまり速すぎても、慣れないせいか、身体をどう動かしているのかがわからなくなったりもしたしな。

 いや、別に負け惜しみじゃないぞ、これ。


 さておき。


 マンドラゴラが放ってくる『叫び』のような音魔法。

 その間隔は、二十秒に一回ほどだ。

 あんまり、連続しては使ってこないよな。

 特に、距離を少し取った後はゆっくりになっている気がするし。


 今も間合いを詰める時は、周囲の土壁のギリギリのところを走りつつ、攻撃がきたら壁に身を寄せるようにしている。

 近づくにつれて、マンドラゴラの『叫び』が発動する感覚を感じ取れるようになってきたからだ。

 叫びの前に、一瞬だけ思いっきり息を吸っている。

 その息遣い。

 その直後に、マンドラゴラが叫んで。

 音の波が洞窟内に一瞬で広がっていく。


 原理は不明だが、やっぱり、音魔法って響きから想像できるように、これって、音の波によって衝撃を生み出しているんだろうな。

 発動した後では、そこから対応するのはかなり難しい。


 俺も近づくまでに、何度も吹き飛ばされて、その度に地面なり、壁なりに叩きつけられて、ようやく、感覚がつかめるようになってきたぐらいだ。

 やっぱり、甘くないな。

 洞窟内の状態が感じ取れるとはいえ、その感度にまだ身体の方と、俺の判断が追い付いていないのだ。

 もうすでに、距離を詰めるだけでも、擦り傷や痣が全身にできてしまっている。

 痛覚が軽減されているにも関わらず、それなりの痛みを感じる。


 ああ、そういえば、ゲームを始めてから、戦闘で傷を負うのって、考えてみれば、ほとんどこれが初めてだよな。

 そう、苦笑する。


 ようやく、目が覚めた、というか。


 ゲームの中で、モンスターを狩るだけの簡単なお仕事ではなくって、向こうの現実の猟師のように、こっちも命を張って、熊を狩るような危険が伴っている状態だってことを自覚する。


「KYA!」


 それにしても、全方位ってのは厄介だよな。

 まあ、その分、威力は大したことがないってのも事実だろう。

 少なくとも、致命傷になるような攻撃じゃないし、音がぶつかって、吹き飛ばされる時も、その音の波自体のダメージはそれほどでもないようだし。


 そうこうしているうちに、やっと、マンドラゴラと対峙できるぐらいまで距離を詰めることができた。

 暗がりだったし、最初の遭遇時は、よく見ている余裕がなかったから仕方ないんだが、今、その姿を見ると、緑色の肌をした若い女性が上半身裸になっているように見えるわけで、何というか、随分と扇情的なモンスターだなあ、とは改めて思った。


 ……これ、ファン君とか、年齢的にまずくないか?


 もっとも、今の状況だと、その表情がどう見ても、ホラー映画とかに出てくる狂気に満ちた幽霊って感じなので、それで色香をほとんど感じないんだが。

 裸のゾンビが猟奇的なだけ、ってのとおんなじか?


 少なくとも、その顔を見たら、ちょっと、説得が通じそうな感じが微塵にもしないな。

 ただ単に怒っているだけだったら、話し合いとかできないかと思ったんだが。


「マンドラゴラさん、ちょっと落ち着いて。話を聞いてもらえるか!?」

「KYAAA!」

「うわっ!?」


 ダメだこりゃ。

 返答代わりに衝撃波が飛んできた。

 俺の声かけも聞こえているんだかいないんだか、まったく表情が変わらないしな。

 てか、至近距離で食らうと、けっこうやばい。

 今の一撃で十メートルぐらい飛ばされたしな。


 まあ、仕方ない。

 『狂化』のバッドステータスがあったわけだし、話が通じる状態でもないのは、最初から分かっていたことだしな。

 今のマンドラゴラを見ていると、ルーガが言うように、普段だったら話が通じるってようには全然見えないぞ?


 そういうわけで、まずは、作戦その一へと移行する。

 話が通じないのなら、まずは弱体化を狙う。


 ――っと、その前に、衝撃波対策も試してみるか。

 俺が今立っている場所も、さっき採取した何かの植物が生えていたことからもわかる通り、土でできている部分も多い。

 まあ、だからこそ、前にいるマンドラゴラも少しずつ移動できているんだろうな。

 さすがに岩ばっかりのところじゃ、足だか根っこだかが埋まったままで移動なんてできないだろうし。


 だから。


「KYA!」「『アースバインド』!」


 『叫び』による音の波が来るのに合わせて、地面にひれ伏して、そのまま、自分の身体の前へと『アースバインド』を発動させる。

 盛り上がった土枷を盾に、直撃を避けるのだ。

 穴もちょっと掘れているから、土壁を作りつつ、塹壕戦って感じか?

 まあ、そっちは、戦争系のゲームの時のユウからの受け売りだが。

 遠距離攻撃に対しては、遮蔽物の後ろに隠れるのが基本。


 だが。


「あー、ちょっと厳しいか」


 この近距離だと、衝撃波の一撃で、土壁が崩れ始めている。

 今の俺のレベルだと『アースバインド』で土壁のようには使い続けられないようだ。

 まあ、いいや。


 その『叫び』によって、吹き飛ばされなくなるだけでも十分だ。

 そして、この床部分が掘れるってことも含めて、それがはっきりとわかればいい。


「俺の狙いはそっちじゃないし!」

「KYA――――!?」


 音魔法の『叫び』は連発できないんだろ?

 だから、隙をついて攻撃する――――なんてことはもちろんしない。

 俺の狙いは、マンドラゴラ本体じゃない。


「土ごとでいいや。そのまま、採取してやるよ!」


 マンドラゴラの周囲に生えている苔をその辺の土と一緒に、アイテム袋へと詰め込む。再度、『鑑定眼』をチェック。



【素材アイテム:素材】マンドラゴラの苔

 ウェメン・マンドラゴラの能力で成長させた苔。眷属の一種で、これが生えている地面はマンドラゴラへの養分の供給源となる。



「――――!?」


 はは、俺の狙いがわかったのか?

 『狂化』している状態でも、思考とかは残っているのかね?

 まずは敵の供給源を絶つ。

 これ以上強くなられても困るからな。

 幸いというか、俺の持っている『鑑定眼』なら、その苔がはっきりと『素材』として認識できている。

 後は、反応があった苔を片っ端から、アイテム袋へとしまっていくだけだ。


 うん、素材採取もできて一石二鳥だな。


 いや、それにしても、さっきよりも苔の範囲が広がってないか?

 これが全部支配エリアってことだと、恐ろしい話ではあるな。


「KYAAA!」「っと!? 『アースバインド』!」


 おっと、早いな!?

 さっきよりも間隔が短くなっているか?

 今は、伏せるのがギリギリ間に合ったところだ。

 どうやら、連続で『叫び』を放てないってわけでもなさそうだな。

 案外、眷属を奪われて怒っているのかもしれないが。


 ただ、こっちも、この近距離だと、離れていた時と違って、マンドラゴラの動作が感じやすくなっている。

 発動までの間隔は短くても、『初期動作』は同じか。

 だったら、その動きを細かく感じ取るまでだ。


 穴掘りと土壁作りで、攻撃を相殺。

 その隙をついて、どんどん素材を回収していく。

 マンドラゴラの素材って、珍しいんだろ?

 ふふ、この苔の採取ってちょっと美味しいかもな。


 いや、向こうはかなり怒っているけど、元から怒ってたし、別にいいよな?

 さっきの声かけの時に、話が通じる相手じゃないから、どっちみち、交渉に関する選択肢は難しいって判断したわけだし。


 とにかく、騙し騙しで、攻撃をやり過ごしつつ、弱体化を行なう。

 それが終わったら、作戦その二に移行だ。


 そう考えて。

 俺はそのまま、『叫び』を防ぎつつ、マンドラゴラの苔の採取を続けるのだった。

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