第71話 農民、変わった虫モンスターと出会う
「よし、大分集まったな」
群生地の一部だけでも、かなりの量の『ルロンチッカ草』が採取できた。
全部を独占してしまうとまずい、ってのは前にカミュからも注意されていたから、必要量として、ちょっと多めぐらいに抑えてある。
そもそも、毒のことを考えるとなあ。
採ってすぐに処理が必要な草なのかも知れないし。
程ほどが一番だな、うん。
ただ、この辺りにやってきているテスターが少ないのも何となくわかる。
この辺、モンスターが穏やかなのだ。
虫系モンスターはいるけど、大きさは小さいし、こっちを襲ってくるわけでもないし。
ノーマルボアとかはちらほらと見かけるけど、それらもまばらにしかいないし、そもそも、草むらとかわかりづらいところで寝ているのが多いので、モンスターの『鑑定眼』でも使えないと、何気にどこにいるか気付かないのだ。
下手をすると、草むらを歩いている時にも、気付かずに踏んづけたりしそうだ。
となると、レベル上げをしたい人にとってもメリットはないし、それなら、北の森の方へと行った方がいい、って結論になるのだろう。
この『ルロンチッカ草』にしても、もし、鑑定持ちで草の存在に気付いても、何に使う草なのかわからないだろうしな。
俺も、サティ婆さんから名指しで集めるように言われなかったら、よくわからない毒草の一種だと思っただろうし。
まあ、こんなにいっぱい生えていても誰も採らないわけだよな。
ともあれ。
ルロンチッカ草に関してはもう十分だろう。
後は、残りの四種類の素材を探してみようと思う。
「うーん……『パヴォの実』と『キヨウの実』は、実ってことだよな?」
木になっているとか、野草の実みたいに地面に近い場所に実っているか、あるいは、野菜とかみたいに、地下茎みたいになっているケースもあるよな。
一応、このイーストリーフ平原、平原だけあって、ところどころに木も生えてはいるんだが、それらしい実がなっている木は見当たらないな。
ミュゲの実なんかは、白い実だったので見つけやすかったんだが、どういう風に生えているのかわからないと、けっこう見つけるのは大変そうだ。
さっきから『鑑定眼』を使っているんだが、ずっと使い続けているせいか、もう、なんか頭が痛くなって来たし。
てか、虫モンスターが多いのな。
一匹一匹に鑑定が作動してしまうので、けっこう大変なのだ。
「……って、あれ? これも虫モンスターか?」
ふと見ると、目の前に手のひらサイズの大きさの虫モンスターが飛んでいた。
いや、見た目はカナブンみたいなんだが、ちょっと、あれっ!? と思ったのは、その虫の背中に、草のようなものが背負われていたからだ。
草というか、緑色の花、か?
水仙のような形をした緑色の花が、虫の背中から生えているのか?
このモンスターは一体なんだ?
名前:ナルシスビートル
年齢:3
種族:花虫種(モンスター)
職業:
レベル:6
スキル:『◆◆』『◆◆』『◆◆』『土魔法』『◆◆◆◆』『◆◆◆』
「あっ!? ナルシスってことは、もしかしてこれが『ナルシスの花』、か?」
【素材アイテム:素材】ナルシスの花。
ナルシスビートルが、自分の子供のために大切に育てている花。
採取する際は注意しないと枯れてしまう。
あ、やっぱり、これが『ナルシスの花』のようだ。
いや、でもちょっと困ったと言うか。
この説明文、少しばかり重くないか?
この虫が自分の子供のために育てている花なんだよな?
「何か、無理やり採取したら、こっちが悪者みたいだよな……」
まあ、ゲームの中だからって開き直ってもいいんだけど、このナルシスビートルが、さっきからホバリングしたままで、つぶらな瞳でじっと俺のことを見つめてきているのだ。
なんか、目を見る限りじゃ、友好的なモンスターっぽいんだが、下手なことをしたら、逃げてしまいそうだ。
とりあえず、さっき、ヒカリムシにもやってみたように、頭の部分を撫でてみた。
「――――――――♪」
お、何だか嬉しそうになったぞ?
もしかして、これ、仲良くなったりすることでどうにかできるパターンか?
「うーん、そうなると、基本としては食べ物とか与えてみるなんだが……」
いや、ゲームでも、虫モンスターをテイムするってあんまり聞かないぞ?
ただ、モンスターと仲良くするなら、相手に合わせるのが大事だよな。
そんなことを考えていると、不意に『ぽーん』という音が鳴った。
名前:ナルシスビートル
年齢:3
種族:花虫種(モンスター)
職業:
レベル:6
スキル:『飛行』『栽培』『突進』『土魔法』『養分変換』『子育て』
詳細:花虫種と呼ばれる、自らの身体で植物を育てるタイプの虫モンスター。その植物の多くは、栄養を蓄えて子供に与えるために育てられている。そのため、強引に採取しようとすると、宿っている虫も死んでしまい、植物も枯れてしまう。無理やり奪う方法はおすすめしない。養分があれば、また植物は大きくなる。
あれれっ!?
いつもなら、システムからの連絡が現れるはずなのに、ちょっと違うぞ?
ナルシスビートルの『鑑定』内容が更新されているのか?
というか、だ。
モンスターの鑑定で『詳細』って項目が出たのは初めてだな。
しかも、スキルの項目がすべて見えるようになっているし。
「……でも、何でだ?」
もしかして、このナルシスビートルに懐かれたからか?
頭をなでて、友好度があがったから、ってことか?
いや、そもそも、虫の頭をなでると友好度とか上昇するのかね?
まあ、友好的なモンスターがいる以上はもしかして、とは思ったけど、これって、手順としては当たりってことか?
それ以上は、ステータスも語ってくれないので、謎のままだ。
ただ、それでも、この詳細には重要なことが書かれているよな。
「やっぱり、無理やり採取するのはダメか」
ふぅ、危ない危ない。
いよいよ、いい方法が思いつかなかったら試してみるところだったぞ。
こういうところで、カミュから教わったことが生きて来てるよな。
友好的なモンスターを攻撃するな、って。
とりあえず、頭をなでながら、どうすればいいのか、もう一度考えてみる。
「『養分があれば、また植物は大きくなる』、か」
「――――――――♪」
ということは、更に養分を与えてやればいい、ってことにはならないだろうか?
さっきも思ったけど、やっぱり、友好度をあげるなら、食べ物が基本だよな。
あ、そうだ。
「さっき採った『ルロンチッカ草』はどうだろう?」
虫系モンスターが好んで食べるんだろ?
ということは、このナルシスビートルも食べるんじゃないか?
早速、アイテム袋から、採ったばかりの『ルロンチッカ草』を取り出して、ナルシスビートルの口の前へと近づけてみる。
一瞬、小首を傾げるような動作をして、俺の方を見た後で、そのまま、ルロンチッカ草を食べだした。
「おっ、食べた食べた」
そのまま、ナルシスビートルは差し出された草を食べつくしてしまった。
食べたのはいいけど、特に変化はないな。
さすがに一本じゃダメだってことか。
よし! そういうことなら、どんどん行くぞ!
その調子で、俺は持っていた『ルロンチッカ草』をどんどん食べさせていくのだった。
「うーん、変化なしかあ……」
「――――――――♪」
そのまま、『ルロンチッカ草』を十五本食べさせてみたんだが、ナルシスビートルが嬉しそうに食べるだけで、特に変化はないようだ。
やり方が間違っているのかね?
それとも、この草だけだと養分が足りないのか?
と言っても、他に養分になりそうなものなんて……あ、待てよ?
「これ、試してみるか? 自然のものじゃないけど」
そう考えながら、アイテム袋から、一本のペットボトルを取り出す。
昨日、『大地の恵み亭』に行った時に、ついでに買っておいたジェムニーさん印の『お腹の膨れる水』だ。
養分か、っていうと微妙だけど、これ一本で空腹度がゼロになるんだから、それなりに栄養価が高いってことでいいだろう。
いや、確信はないけど。
そもそも、これの食料としての位置がよくわからないし。
迷い人限定アイテムだったらどうしようもないよな。
とは言え、ダメでもともとだ。
ルロンチッカ草にこの水をたっぷりとまぶして……っと。
草と一緒に、この水も食べてもらおう。
さあ、これならどうなる?
先程と同じように、草をむしゃむしゃと食べるナルシスビートル。
そのどこか愛嬌のある姿を見ながら、俺は食べ終わるのをゆっくりと待った。




