閑話:情報通剣士、教会の仕事を手伝う
教会サイド。
テツロウ視点です。
「ほら、テツロウ、今度はこっちの荷物を片付けるのを手伝ってくれ」
「はいはーい、任せてください……よ、っと!」
目の前にある木箱に入った荷物を言われるがままに倉庫へと運ぶ。
それが今、俺に任されたお仕事ってやつだ。
俺の名はテツロウ。
一応、この『PUO』のテスターのひとりだ。
ゲーム大好き、ゲームさえあれば他は何もいらない。将来的には、ゲームで飯を食っていきたいと願ってやまない、大学二年生だ。
親兄妹や周りの仲間からは、ちょっと呆れられているけど、それでも俺のゲームに対する並々ならない情熱ってのは、我ながら馬鹿にならないというか、虚仮の一念ってやつだろうな。
今の俺は、ゲームの大会やらの賞金やら、ゲーマーとしての副業なんかでそれなりに稼げる、なんちゃってプロゲーマーまで成長した。
ふふん、ゲーム好きなやつには羨ましい話だろ?
好きなことをやって食っていく。
それは、趣味人の夢だからな。
まあ、趣味を仕事にするとどうなるか、ってことについては改めて考えさせられることも時々あるけど、根っこの部分がお気楽なんだろうなー。
何とかなるさー、っていつも考えて、結果、何とかなってきたってところだ。
結果、この『PUO』のテスターの仕事も舞い込んできたわけだしな。
ほんと、未体験のVRMMOを発売前にプレイできて、お金までもらえるなんて、最高の仕事だよなー。
いっそ、ずっとこのテスターをやっていたいくらいだ。
あんまり、ゲームゲーム言ってると、妹が怒るけどさ。
えっ?
俺の一人語りなんてどうでもいい?
まあ、そりゃそうか。
それじゃあ、話を戻すが、今、俺がやっているのは教会の荷物運びの仕事だ。
目の前で俺と一緒に、せっせと荷物を運んでいるのは、このオレストの町の教会で神父をやっている、タウラスって名前のおっさんだ。
見た目、筋骨隆々で身長は間違いなく二メートルは越えてるだろ、って感じのがたいが大迫力の神父さんなのだ。
まあ、話を聞いてみると、タウラス神父ってば、牛の獣人なんだと。
神父がかぶる帽子のせいで、耳が見えないけど、頭には牛の耳が生えているらしい。
そして、見た目同様に、そのパワーたるや凄まじいものがあってな、俺が今運んでいる木箱、ちょうど両手で抱えらえるくらいの大きさで、重さがざっと二十キロほどあるんだが、それを一度に何個も軽々と運んで行くのだ。
今、俺、それをひとつ運ぶのに、『身体強化』のスキルを使わないといけないってのにな。
最初、その姿を見た時、正直、これ手伝いとかいるか? って思ったし。
あ、そうそう。
何で、俺が荷物運びの仕事を手伝っているかっていうとだ。
少しでも、教会の人との距離を近づけるためだな。
これ、別にクエストってわけじゃないし。
言うならば、ボランティアの一環だ。
「ねえ、タウラス神父、さっきの話だけど、やっぱりダメ?」
「はっはっは! だから言っとるだろ、わしの権限では許可できんってな。わしゃあ筋肉には自信があるが、しがない神父のひとりの過ぎんのよ。少なくとも、お前の人となりがわからんうちは、便宜を図るつもりはない! わかったら、しっかりと働かんかい。それでなくても、今日はいそがしくてな、人手不足なのだからな」
使えるものは何でも使うの精神だ、とタウラス神父。
まあ、ご立派な精神だよな。
やれやれと思いながらも、豪快に笑う神父の姿に、俺も苦笑する。
というか、何だかんだ言っても、ちゃっかり、『もし手伝ったら、少しは考えてやってもいいぞ?』ってな雰囲気だけは醸し出してくれてるのが、ずるいんだよな。
人使いがうまいというか。
まったく取り付く島もなかったら、俺もあっさり諦めたんだが、タウラス神父と話していると、このおっさん、頭が固いだけじゃなさそうだってのが伝わってくるから、結局、ただで手伝う羽目になっているんだよなあ。
さっきも言ってたけど、別に手伝ったからって、どうこうするって保証もないんだが、まあ、それはそれとして、このおっさんの性格は嫌いじゃないから、もうしばらくは付き合ってもいいかなあ、って。
ちなみに、俺がおっさんに頼んだのは、ハチミツと乳製品の話の件だ。
そのために教会へとやってきたんだが、ドランのおっさんの予想通りというか、俺が迷い人だからなのか、最初はあっさりと断られてしまったのだ。
だが、それでも、俺が対応してくれていたシスターの人にお願いします、って、食い下がっていると、奥から、このおっさんが現れたのだ。
『おい、そんなところで、シスターを口説いてるんなら、体力が余ってるのだろ? ちょっとこっち来い。わしの手伝いをしたなら、話ぐらいは聞いてやるから』
いや、別に口説いてねえよ、っていう俺の言葉を適当に流して、そのまま、簡単な仕事を手伝わされて、一応は話を聞いてくれた。
もっとも、『話を聞くとは言ったが、許可を出すとは言っとらん!』とあっさりとダメ出しを食らったんだけどな。
で、仕方がないから帰ろうとして、そういえば、カミュちゃんはいるかなあ? って、ちょっとおっさんに聞いてみたところ。
『なに? シスターカミュか? よし、そういうことなら、もう少し手伝え』
いや、話の流れがわけわかんねえよ、とは思ったが、どうもカミュちゃんも、今日中にまた、この教会へとやってくるらしくて、それまで待つついでに仕事を手伝え、って意味だったらしい。
ちょうど、その頃、『けいじばん』の方でもカミュちゃん本人からも、『夜には戻る』って話があって、一応裏も取れたので、結局そのままの流れで、倉庫への荷物運びを手伝っているというわけだ。
実のところ、けっこう肉体労働的にはハードなんだが、タウラスのおっさんの助言で、『身体強化』を使い続けたりしているので、ちょっとずつ、そっちのレベルも上がってきているんだよな。
なので、だ。
ある意味、これはこれで『身体強化』のレベルアップの役立っているって意味で、悪くないイベントって思うことにした。
タウラスのおっさんってば、向こうで言うところの筋肉馬鹿……じゃなくて、筋肉をこよなく愛すタイプの人だったらしくて、『身体強化』がいかに素晴らしいかなどを熱烈に語ってくれたのだ。
というか、俺も『身体強化』を持ってるって言ってからだよな、ちょっとだけ俺への接し方が変わって来たのは。
別にいいけど、俺、一応剣士なんだが。
『体術』とか『拳術』とかの話をされても、ちょっと困るというか、方向性が違うというか。
てか、そもそも、おっさん、神父さんなんだよな?
どう見ても、戦うエクソシストって感じのがたいにしか見えないんだが。
そういえば、さっき、ジェムニーさんも言ってたっけか。
教会ってのは、元々武闘派の組織だ、って。
だから、神父が筋肉隆々なんだろうな。
まあ、カミュちゃんみたいな可愛い子もいるから、必ずしもそうじゃないんだろうけど。
そうこうしているうちに、倉庫に荷物を運び終える。
「よし! テツロウ、よく頑張ったな! 少し休んでいいぞ。さっきの頼みは聞けんが、代わりに、今日搾ったばかりのホルスンの乳を飲ませてやろう。しっかり飲んで、身体を休めれば、筋肉に効くぞ」
「ああ、ありがとう、タウラス神父」
別に筋肉はいいが、牛乳を飲ませてくれるってのはうれしい話だ。
やっぱり、教会以外では非売品らしくて、こうやって、外部の人間に振舞ってくれるのも特別なことなのだとか。
俺の場合は、ただで仕事を手伝ってくれたので、そのお礼に、ってことらしい。
そんなこんなで、タウラスのおっさんと一緒に倉庫から、教会の礼拝堂の方へと戻ると、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
うん?
どうやら、町の外で毒まみれで動けなくなった人が、ここまで運ばれてきたらしい。
シスターのうちのひとりが、おっさんのところまで駆け寄って来た。
「神父様、大変です、猛毒を受けた女の方が運び込まれてきました」
「なに? ラージボアの毒なら、解毒薬があるだろう? それを使えばいいだろう」
「いえ……あの、何でも、毒草を食べ過ぎて動けなくなったそうです。それで、ちょっと掛け合わせの毒が多すぎまして……」
「はあ!? どこの馬鹿だ? そんな無茶をしたやつは」
「昨日からやってきた迷い人の方です。今朝がた、神父様よりお説教を賜った方ですね」
「……呆れてものも言えんなあ」
そのまま、おっさんとシスターさんが、その毒で倒れている女性のところへと向かったので、俺もついていく。
すると、教会の入り口に、ふたりのテスターがいた。
大柄の男性とその両手にお姫様抱っこされた状態でうめいている女性。
というか、男性の方は俺も知っている顔だった。
「あれ? リクオウのおっさんじゃないか?」
「おぅ、テツロウか。教会にいたのか」
リクオウのおっさんは、『格闘家』の職業でプレイをしているおっさんだ。
リアルでも格闘家として戦っていて、孫陸王って言ったら、『何でもあり』の格闘技イベントでは知らない者はいないほど有名だしな。
だが、実はこのおっさん、裏の顔があって、かなりのゲーム好きなのだ。
俺もとあるゲームを通じて知り合ったんだよな。
親しい間柄の人間以外には隠しているから、『表向きはゲームなんか知らん』って感じなんだが、実際、この『PUO』のテスターを依頼された時はすごく喜んでいたみたいだし。
もっとも、絶対に『けいじばん』ではそのことには触れるな、って警告されたので、この中ではそのことを知るのは俺だけかも知れない。
たぶん、黒さんも知らないだろう。
隠れゲーマー枠のテスターなのだ。
「それで、結局何があったんだ?」
「ああ、実はな……」
タウラスのおっさんも俺も詳しい話を聞きたかったので、リクオウのおっさんに尋ねると、ここまでの経緯を教えてくれた。
何でも、リクオウのおっさんは、昨日に引き続き、ひとりで森の中でモンスターを倒していたのだそうだ。
で、そろそろ、腹が減って来たので町へと戻ろうとしたら、その帰り道の草むらで草をくわえたまま、ステータスウインドウを出した状態で横たわっている女の人……つまり、今、リクオウのおっさんが抱えている女性を見つけたのだそうだ。
毒草の食べ過ぎで動けなくなっていたそうで、それで、彼女を抱えて、リクオウのおっさんが教会まで連れてやってきた、と。
そんな感じらしい。
「はた迷惑だなあ……」
「それで、蛇の毒ではないとわかったのか」
「はい、神父様。こちらの不眠猫さんですが、植物の複数毒によって、全身に猛毒が巡っている状態です。早く、癒しの方を呼んでください」
「わかったわかった。奥の部屋のベッドで休ませておきなさい。わしは手続きを済ませてくる」
「かしこまりました」
そのまま、いそいそと対応に動く、教会の方々。
俺も、『これが終わるまで待っていてくれ』とタウラスのおっさんに言われて、その場で待機をすることにした。
というか、だ。
「不眠猫、って、例の芸人気質の人だろ? 女の人だったのかよ?」
「ああ。最初のうちの『けいじばん』の声は男の声を作っていたらしいな」
「へえ、そいつはちょっと意外。イメージと大分違うなあ」
見た目綺麗なだけに、ちょっと残念な感じの人なんだな。
まあ、『けいじばん』のノリは嫌いじゃないけど。
「おおかた、黒さんの冗談を真に受けて頑張りすぎたんだろうな」
「今回は死に戻っていないだけマシだろう」
「リクオウのおっさんのおかげだけどな」
結局、毒に対する耐性ってのは、毒草を食べ続けてもダメなのかね?
そんなどうでもいいことを考えながら。
リクオウのおっさんと世間話をしつつ、俺は教会の喧騒が落ち着くのを待つのだった。
この話はここまでです。
たまに、別視点のお話を挟み込んでいくスタイルになります。




