第65話 農民、薬師ギルドについて聞く
「そもそも、パクレト草は乾燥させて水分を飛ばしているからねえ。その分だけ不純物が混じりにくくなるってわけさ。もっとも、さっきの『簡易調合』もあたしのレシピによるものだからね。粉砕したり、煎じたりする工程も含まれてはいるから、その辺を踏まえても、3より上には品質が向上しないってことだろうさ」
改めて、細かい違いについて、サティ婆さんが教えてくれた。
今、サティ婆さんが見せてくれた手順は、もうすでに、この素材から作られる薬としては、大分工夫がなされているのだそうだ。
そもそも、分量の組み合わせが適量になっている、とサティ婆さんが笑う。
「それこそ、傷薬の作り方なんて、いくらでもあるからねえ。パクレト草と水だけで、今の手順をやっても、一応は傷薬にはなるはずさ。もっとも、効果はいまひとつだろうけどね」
パクレト草の分の効能しかないから、と。
それでも、傷薬って意味では、一応は完成させられるそうだ。
だからこそ、薬師の力量が重要になってくる、ってことか。
作り手によって、傷薬の質は変化するし、同じ材料を使っても、それぞれが持つレシピってのは違ってくるだろうし。
「だから、薬師は自分のレシピを公開しないんだよ。一応、材料の組み合わせぐらいは、薬師ギルドでも扱ってはいるけど、それをどう使うとより良い効能が得られるか、そういう部分については、誰もが秘匿していると考えていいだろうねえ」
「でも、サティ婆さんは教えてくれるんですね?」
「ふふ、それは最初だけだよ。ひとつひとつのレシピを丁寧に教えるつもりは、あたしにもないよ? まあ、ヒントぐらいはあげるけどねえ。楽をして得た技術ってのは身に付かないもんだよ」
はあ、なるほどな。
そうは言っても、まったくゼロからだと大変だろうから、ある程度は教えてくれるらしいけどさ。
そういう意味では、サティ婆さんって、薬師の中では異端なんだろうな。
「わかりました。でも、そういうことなら、薬師のギルドって、何のためにあるんですかね?」
レシピですら、重要な部分は個々の薬師に委ねられているってことは、ギルドの存在意義って何なのか、って話だし。
俺がそういうと、サティ婆さんが苦笑して。
「ギルドに所属しないと、本当の意味での、薬屋を開けないようになってるのさ。もちろん、薬師を名乗るのもおこがましいような未熟者が店をやっていることもあるけどね。実際、『調合』の技術ってのは、高品質の薬ならいざ知らず、今あたしが作って見せたぐらいのものなら、頑張れば、普通の冒険者でも作れるようになるからねえ。だからこそ、一定の規制を敷いているって感じかねえ。あたしとしては、やれやれとしか言えないけどね」
要するに、薬師の今の地位を護るため、ってことか。
何だか、話を聞いていると、微妙に既得権益とかうるさそうな感じがするぞ?
「ふふ、と言ってもそれだけじゃないさ。問題も色々あるけど、薬師のためって意味では、それなりに頑張っている組織だからねえ」
ちょっと待っておくれ、とサティ婆さんがアイテム袋の中から、二冊の本を取り出した。
一冊は向こうで言うところのA4サイズくらいのそんなに厚くない本。
そして、もう一冊は手帳ぐらいの小さめの本だ。
そういえば、『PUO』の世界でまともな本に触れたのって、これが初めてのような気がするぞ?
冒険者ギルドにも、書類はあったけど、本棚って感じのは奥の方に少しだけしかなかったしな。
「サティ婆さん、これは本ですよね……あれ? 読めない……?」
表紙に文字らしきものは書いてあるのだが、そのが何なのか認識できないのだ。
あれっ? おかしいな。
冒険者ギルドの用紙とか、『大地の恵み亭』のメニューとかは普通に読めたぞ?
何で、この本の文字は読めないんだ?
「セージュさんもですか?」
「ええ。文字が書かれているのはわかりますが……もしかして、この本、『自動翻訳』が通じていないのかも?」
そういえば、深くは気にしていなかったけど、ゲーム内の言語が向こうの言葉とまったく同じとは限らないよな?
一応、俺も『自動翻訳』ってスキルは持ってるけど、それで翻訳できない文字とかもあるってことなのかも知れない。
でも、何のために?
そもそも、『自動翻訳』については、まったく説明がなかったよな?
どういうことなんだろうか?
「ふふ、まあ、最初は読めないだろうねえ。いいかい? こっちの大きめの本は『初心者薬師用のレシピ集』で、こっちの手帳はあたしの『日記』だよ」
「そうなんですか? って……えっ!?」
サティ婆さんの言葉と共に、文字が読めるようになったのだ。
それぞれのタイトルが、『初心者薬師向けレシピ集』、『サティトの日記其の壱』という風に認識できるようになった。
なんだこれ?
どういう理屈なのか、よくわからないぞ?
「サティ婆さん、これは一体……?」
「まあ、そんな難しく考えなくてもいいよ。どうやら、あんたたち迷い人ってのは、共通言語しか読めないようだねえ。ふふ、ごめんねえ、そもそも、今取り出した二冊は、どっちも暗号で書かれているんだよ。薬師ギルドが考案した暗号でね」
「えっ!? 暗号、ですか!?」
「そうだよ。文字の種類こそ、共通言語と一緒だけどね、それらの並べ方があべこべになってるのさ。だから、普通には読めなかったんだろうねえ」
あ、なるほどな。
これ、暗号文になってるのか。
だから、『自動翻訳』でも認識できなかった、と。
とは言え、意味を教えてもらった途端、それが『読める』ようになったから、それなりには、この、『自動翻訳』ってスキルは応用が利くようだな
サティ婆さんによると、この本は、いわゆる『薬師ギルド』によって生み出された暗号によって書かれた本なのだそうだ。
というか、書いたのってサティ婆さん本人らしいけど。
え? でも、サティ婆さんは薬師ギルドには所属してないんだよな?
何でわざわざ、そっちに合わせてるんだ?
「ふふ、さっきセージュが言っていたじゃないかい。薬師ギルドが何のためにあるのか、って。その一端だよ。薬師ギルドが力を入れているのは、『暗号学』だよ」
「『暗号学』ですか?」
「そう、『薬師は技術を秘するもの』。それに付随した形で生まれた学問だねえ。そもそも、薬師ギルドって言っても、その存在自体がよくわからないってのがほとんどなのさ。色々な町に薬屋はあるけど、それがギルドによってつながっていたりする、なんてことは普通に生きている限りは知る由もないからねえ」
あれっ!? そうなのか?
どうも、薬師のギルドって、向こうで言うところの秘密結社みたいな存在のようだ。
薬屋をしている人でも、所属していない人も多いし、薬師を自称してても、ギルドには入っていない人もそれなりにいるらしい。
「あたしも、そのギルドの関係者から聞いた話だから、どこまで真実かは知らないけどねえ。ギルド内には、貢献度によって、位階があって、上の位階に進むにつれて、新たな知識を得られるって話さ。『貢献』ってのは、新しいレシピをギルドに教えるってことだね。だから、そういう形で蓄積された成果ってのが、薬師ギルドにはあるんだろうねえ」
もっとも、案外、あたしが持っているレシピでも、薬師ギルドが知らないものもあるかも知れない、とサティ婆さんが笑う。
どうやら、色々と複雑な組織らしいな。
サティ婆さんの表情を見ながら、俺はそんなことを考えるのだった。




