第64話 農民、サティ婆さんの調合実演を見る
「今、『簡易調合』で作った傷薬を、今度は普通の手順で作ってみるよ」
そう言って、今度は自分で用意した素材をお鍋に放り込むサティ婆さん。
あれ?
今度もそこまでは同じなのか?
いや、素材自体が、俺が持ってきたものとは少し違うな。
パクレト草は、もうすでに乾燥した状態でからからに乾いているものを使っているし、ミュゲの実は、鍋に入れる際に、サティ婆さんが自分の手の中で潰して、実から出てきた汁だけを鍋に入れているようだ。
「あの、サティトさん、今お鍋に入れた素材は、先程のセージュさんのものとは少し違うんですか?」
「ふふ、そうだよ、ハヤベル。今、作業をしながら簡単に説明するとね。さっき作った黒の丸薬の三番目のレシピは、パクレト草とミュゲの実だけで作れるレシピなんだけど、分量を調整したり、ちょっと工夫すると傷薬としての品質が向上するのさ」
まあ、見てるんだよ、とサティ婆さんが鍋の中を示す。
そのまま、乾燥パクレト草とミュゲの実の汁が入った鍋に手をかざして。
「ふふ、こういうやり方もあるから、覚えておくといいよ。もしかしたら、今のあんたたちじゃあ、できないかも知れないけどね――――『風刃』!」
おっ!?
今、サティ婆さんが使ってるのって、魔法だよな?
名前の響きからすると、風魔法の一種だろうか。
その、かすかに緑色を伴った風の刃が、鍋の中にある素材を細かく切り刻んでいく。
あー、なるほどな。
たぶん、これって、こっちの世界のフードカッターみたいなものなんだな。
見る見るうちにパクレト草がみじん切りにされて、ミュゲの実の果汁と混じり合っていくのがよくわかる。
「すごいですね、サティ婆さん!」
「まあ、これも作業時間の短縮のためだよ。今のは風魔法の初級から中級に位置する、『風刃』っていう魔技だよ。鍋の中に収めるのはちょっとコツがいるけど、うまくなると、今みたいに、材料を切り刻んで、複数の素材を馴染ませることもできるのさ。ふふ、まあ、これができないなら、地道にナイフとかで材料を刻んでいくだけだから、必ずしも使えないとだめってわけじゃないけどねえ」
なるほどな。
サティ婆さんによると、最初のうちは、料理とかの野菜の下ごしらえと一緒で、包丁とかでみじん切りにしてもいいそうだ。
誰もが風魔法の資質があるわけじゃないし、資質があっても、さっきのサティ婆さんのような使い方は、それなりに、威力を調整できないと難しいのだそうだ。
ただ、発動させるだけなら、初級レベル。
自分の意図通りに威力を抑えて、鍋の中だけで風を抑え込むのは中級レベル。
そういう分類らしい。
ちなみに、魔法は基礎、初級、中級、上級、と分類されていて、さらに、初級以上は『応用』と呼ばれる使い方があるのだそうだ。
俺の場合は、まだ土魔法の『基礎』レベルだよな。
割と回数は使っていると思うんだけど、初級とかには届いていないって感じらしい。
「魔法って、使っていくと成長していくんですか?」
「そうだね。中級までは、それで問題ないよ。一応、地道に基礎から頑張って使い続けることで、そのうち、慣れてくるだろうしねえ。もっとも、上級だけは別でね。中級応用レベルまで到達しても、その先までたどり着くのは決して簡単なことじゃないようだね。ふふ、あたしも魔法の専門家じゃないから、その辺はうまく説明できないけどねえ」
細かい部分は、サティ婆さんでもわからないところがあるそうだ。
そこまで聞いて、ふと不思議に思う。
「あれ? 魔法が成長するってことは、魔法屋は何を売っているんですか?」
「魔法屋は、資質があった場合、最初のきっかけを付与する店だよ。スキルと違って、魔法には『付与魔法』があるからねえ。ある程度まで魔法を極めると、他の相手に基礎魔法を授与できるようになるのさ」
だから、あんたたちも資質があるなら、風魔法を覚えるといいかもね、とサティ婆さんが笑う。
その方は、『調合』の作業には便利だから、って。
「後は、そうだね。魔技とかに関しても売っているんだよ。もっとも、こっちは付与じゃないから、身につくかどうかはわからないけどね」
「なるほど。そういうことでしたら、私もお金を貯めて、その、魔法屋さんに行ってみた方がよさそうですね」
「そうだねえ。ふふ、もっとも、ここしばらくは、魔法屋が開いていたことはないからねえ。もうちょっとかかるんじゃないかね?」
「え……? あ、そういえば、『けいじばん』でもそんな話がありましたね」
残念です、とハヤベルさんがつぶやく。
サティ婆さんの話だと、まだアリエッタさんは町まで戻って来ていないそうだ。
かれこれ、店を閉めたまま、二、三週間って話だから、そのうち戻って来るだろう、ってことらしいけど。
ともあれ。
基礎魔法の付与を頼むにしても、店が開かないとどうしようもないので、そっちはもう少し先の話になりそうだ。
「ふふ、じゃあ、材料が混ざったようだから続けるよ」
鍋の中の物は、ちょっととろみがついた感じの緑色の液体状へと変化していた。
何となく、これだけ見ていると、グリーンスムージーみたいな感じだよな。
野菜ジュースならぬ、野草ジュースというか。
「で、この『調合鍋』だけど、ペルーラちゃんの工夫で、火属性の魔石が微量だけど混ぜられているんだよ。だからね、この鍋に魔力を注ぐとね……」
サティ婆さんに手のひらが光って、鍋へと近づけると、その光と鍋が反応して、少しずつ全体が赤くなっていくのが見えた。
あっ!
中のどろどろ状のものから湯気が出てきたぞ?
へえ、これって、サティ婆さんの台所にあった、かまどに火をつける魔道具に近いんだな? テーブルの上には鍋と鍋敷みたいなものしか出されてなかったから、どうするのかと思ったら、火にかけなくても、そのまま鍋を熱することができるのか。
イメージ的には、向こうのIH調理器に近い気がするけど。
鍋の素材に火の魔石を組み込むとそういうことも可能になるってことか。
やっぱり、ペルーラさんの鍛冶スキルってすごいんだな。
そのまま、ぐつぐつと煮えていく緑色の汁を、木べらのようなもので混ぜながら炒っていくサティ婆さん。
「後は、このまま水分を飛ばして、丸薬として定着させれば完成だよ」
そうこうしているうちに、先程の『簡易調合』で作った傷薬と同じような黒い丸薬ができあがった。
【薬アイテム:丸薬】サティ婆さんの傷薬(黒ノ丸薬/植物/レシピ3) 品質:7
サティ婆さんによって作られた傷薬。傷を癒す効果のある丸薬で、基本は飲み薬だが、適量の水などに溶かすことで、塗り薬として使うことも可能。
オレストの町周辺で採取しやすい植物を使用したレシピナンバー3番の丸薬。
ミュゲの実の味が残っているため、そのまま飲むとひどい味がする。可能なら、水と一緒に飲むことをおすすめする。
「あっ! こっちは品質が高いんですね?」
「それに、先程はひとつだけでしたが、今度のはもうちょっと数がありますね」
「まあねえ、『簡易調合』だと、どうしても、材料を無駄にしてしまうんだよ。本来作れるはずの量を確保できないしね」
俺とハヤベルさんが驚いたように、サティ婆さんが一から作った薬の方が、品質も量も『簡易調合』を上回っていたのだ。
だからこそ、『簡易調合』……『調合』スキルをそのまま使うやり方には頼るな、ってことなんだろうな。
出来上がった薬を見ながら。
サティ婆さんの手際に感心する俺たちなのだった。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
お正月の分は、切りどころが難しかったため、少し短めになっています。




