第62話 農民、調合について聞く
「と言っても、別に最初から難しいことをやるつもりはないよ。最初は、あんたたち向けのやり方ってやつを教えてあげようかねえ」
「えっ? 俺たち向けのやり方があるんですか?」
サティ婆さんの言葉に、少し驚く。
俺たち向け、ってことは、迷い人限定のやり方ってことか?
そういうのもあるんだな?
ちなみに、俺たちが今いるところは、サティ婆さんの家の中の一室だ。
昨日泊まった時は、何も物が置いていなくて、不思議な部屋だと思っていたんだが、実はそこが『薬師』としての仕事場だったらしい。
必要な道具とか、設備に関しては、普段はアイテム袋にしまっているらしく、そのことを知らない来客なんかに備えて、部屋を空けてあるのだそうだ。
そういう話を聞くと、アイテム袋って便利だよな、って思う。
一部の素材やアイテムは劣化するけど、無機物でできたものについては問題ないものも多いみたいだし。
ただ、それとは別に、その仕事場から地下の倉庫に隠し階段もあって、素材とか、アイテム袋に入れられないものについては、そっちに保管してある、とのこと。
うーん。
見た目は、お婆ちゃんの一人暮らしの家だったのに、中はちょっとしたからくり屋敷みたいになってるのな?
「私たち向けということは、普通はその方法を使わないということですか?」
「ふふ、まあ、その辺は言葉の綾だねえ。あたしらの中では『簡易調合』って呼んでいる方法だよ。たぶん、それが、スキルを使うってやり方に近いからねえ。まあ、時間がない時とかは便利だから、覚えておいて損はないよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだよ。もっとも、薬師としては、頼り過ぎるのは良くないけどねえ」
じゃあ、ちょっとお手本を見せようかね、とサティ婆さんが笑う。
そのまま、ちょっと大きめな鍋を取り出して。
「そうだねえ、セージュ。あんたはまだ『調合』スキルを持っていなかったんだよね? だったら、素材の方を少し手伝ってもらおうかね。さっき見せてもらった、パクレト草とミュゲの実を出しておくれ」
「あ、はい」
サティ婆さんに言われた通り、パクレト草とミュゲの実、最初のクエストで採って来た二種類の素材を取り出して、そのまま渡す。
ふうん?
この二種類の素材を使って調合を行なうのかな?
「ハヤベルはこの素材を見たことがあるかい?」
「いえ、初めてです。すみません、まだ町の外には出たことがありませんので」
「ふふ、謝る必要はないよ。ただ、この町の周辺だと、比較的採取がしやすい素材だから、覚えておくといいよ、ってことさ。簡単に説明すると、まず、パクレト草は傷を癒す効果がある素材だね。分量に対しての効果はそれなりだから、きちんとした傷薬を作るには、それなりに量が必要になるけどねえ。ただ、毒はないから、食べても問題はないよ。ふふ、これ、『調合』の時には重要になってくるから覚えておくようにね」
「えっ? 毒がなくて、食べられるってことが、ですか?」
一瞬、サティ婆さんが何を指しているのか、わからなかったぞ?
そういえば、素材の説明分を見た時、たしか、ミュゲの実が『食材』って項目があったのに対して、パクレト草にはなかったよな?
そこがもしかして重要なんだろうか?
「そうだよ、セージュ。自然に生えている素材の多くは、食べるのに向いているかどうかとは別に、そのまま口に入れても大丈夫かどうかって指針があるんだよ。ふふ、そっちは薬師としての基準だねえ」
料理人の基準とはちょっと違って、美味しいかどうかより、効能があるかどうかが大切だよ、とサティ婆さんが微笑む。
「ここで大切なのは、本当に口に入れられない素材の見極めだよ。そういうものは飲み薬としては調合できないから、別の方法で処方することになるんだよ」
「それは、毒だから、ってことですか?」
「それもあるねえ。ただ、その時に『どこまで素材として使えるか』、その幅の広さが薬師としての、各々の腕前って言ってもいいんだよ? 薬師として、研鑽を積めば、未熟な頃は使うことすらできなかった素材を薬にすることもできるからねえ」
へえ、そうなんだな?
サティ婆さんによると、毒があっても、必ずしも飲み薬に使えないってわけではないらしい。
さっき、俺たちに対しては『毒がないから飲み薬に使える』って説明をしたけど、それは、まだ駆け出しというか、素人レベルの俺たちだからこそ、最初は注意するように、って助言だったのだそうだ。
「もっともっと、色々と慣れていかないと、毒素材を扱うのは難しいだろうからねえ。最初は、毒のないものを『調合』していくように意識するようにね。素材集めも、そのことを忘れないのが大切だよ」
「はい。わかりました、サティトさん」
ハヤベルさんも真剣な表情で、その言葉に頷く。
俺も同様に頷きを返す。
まずは、無難な材料からの薬作りに挑戦、ってことだよな。
「それじゃあ、説明を続けるよ。パクレト草は、不味いので食用には向かないけど、口に入れる薬の素材としては問題ないよ。そして、ミュゲの実だね。こっちは、身体が元から持っている自浄作用を高める効果がある実だねえ。そのまま食べても、多少は効果があるよ。もっとも、気持ち、傷の治りが早くなったような気がする程度だけどね」
ふむふむ。
そっちも素材の説明文の通りだな。
自己治癒力を高める効果がある、と。
一応、ミュゲの実は食用だけど、酸味が強すぎるので、そのまま口に入れるのはそれなりに覚悟がいるみたいだけどな。
「ただ、ミュゲの実は、それ単体でも加工ができるから、『簡易調合』の説明が終わったら、そっちもやってみようかね。一種類の素材だと、本当は『調合』とは少し違うけど、薬師としての本来の薬の作り方を見るのにはわかりやすいんだよ」
「ちなみに、そっちは『簡易調合』できないんですか?」
「もちろんできるよ、セージュ。でもね、その場合、まったく意味がなくなるんだよ。手順を考えると、ただ、素材を劣化させるだけだねえ」
「そうなんですか?」
うーん、やっぱり、見てみないとサティ婆さんの言葉だけじゃ想像しにくいな。
その、『簡易調合』ってのもどういうものなのか、さっぱりだしな。
と、俺の視線に気付いたらしく、サティ婆さんがにっこりと微笑んで。
「そうだねえ。まずは見てもらった方が早いだろうねえ。それじゃあ、『簡易調合』をやってみようかね」
そう言って、サティ婆さんが、俺が渡したパクレト草とミュゲの実を、そのまま鍋の中へと入れてしまった。
え!? そのままでいいのか?
「えっ!? サティ婆さん、そのまま入れるんですか?」
てっきり、下処理するなり、分量を量るなりすると思っていたら、それぞれをひとつずつ、鍋の中に放り込むだけ?
いや、その後どうするんだろ?
俺が、いや、隣のハヤベルさんもだから、俺たちがだな。俺たちが驚き戸惑っていると、サティ婆さんが笑って。
「そうだよ、セージュ。今からやるのは『簡易調合』だからねえ。それじゃあ始めるよ――――『調合』!」
「ええっ!?」
「――――これが『簡易調合』ですか!?」
いやいや、ちょっと待て!?
今、サティ婆さんが、鍋に手を触れて、『調合』って口にした途端、鍋と素材が光って、次の瞬間には、丸薬のようなものに変わっちゃったぞ!?
いや……何か、想像してたのと全然違うんだが。
「ほら、できたよ」
そう言って、サティ婆さんが反応が終わった鍋の中を見せてくれた。
そこにできあがった、黒い丸薬。
それを見ながら、思わず呆気に取られてしまう、俺とハヤベルさんなのだった。




