第61話 農民、薬師の卵と出会う
「とりあえず、これでよし、っと」
サティ婆さんのクエストについて、『けいじばん』への書き込みを終了させて、そのまま、俺はステータスウインドウを閉じる。
多少は、反応があったようだし、今でなくても、後で内容を確認したテスターさんとかが訪れるようになるはずだ。
ただ、そんな俺の行動を見ていたサティ婆さんが感心したように頷く。
「なるほどねぇ、そういう連絡手段もあるんだねえ。あたしたちが持っているステータスを使って、遠く離れた相手ともやりとりができるのかい?」
「あ、たぶん、サティ婆さんもできると思いますよ? 俺たちみたいな迷い人だけじゃなくて、元からこっちにいた人とかも利用したりしてますから」
カミュとかナビさんだけじゃなくて、リディアさんやグリゴレさんが試しに『けいじばん』機能を使ってみても、同じように吹き込めたんだよな。
ふたりとも、自分の声がどこか別の場所に残ることには感心していたし。
その手の録音とかって、こっちの世界だと、魔女お手製の魔道具のような、ちょっと特殊なものでしか、同じようなことができないらしいし。
「そうなのかい。面白いもんだねえ」
まあ、あたしゃ、眺めるくらいでいいねえ、とサティ婆さんが笑う。
次から次へと発言が増えていくのを見ながら、その流れについて行けないから、って。
その辺は仕方ないのかもしれないな。
『けいじばん』とかを上から下へと流れるように読むのって、普通に本を読んだりするだけの人にはあんまり馴染みがないような気がするし。
サティ婆さんの話だと、冒険者ギルドなどは、バックに教会があったりするので、それなりに、紙やインクなどの筆記具があって、クエスト用紙などに使っているけど、一般的にはそれほど普及しているわけではないのだそうだ。
「モンスターの皮を加工して作った紙はそれなりに高価だしねえ。インクにせよ、絵の具にせよ、そういったものを生み出すのにもお金がかかるんだよ。冒険者ギルドで使っている紙とペンは魔道具の一種だからねえ。魔法を使って、再利用ができるんだよ」
「えっ!? 再利用ですか?」
へえ、それは知らなかったな。
俺も最初のクエストの時に受け取った、あの用紙。
あれは、必要に応じて、ギルドで書いたり消したりできるのだそうだ。
文字を書く魔道具、そして、文字を消す魔道具。
それらのおかげで、何度でも使えるようになっているのだとか。
だから、クエスト達成した後で、報酬をもらう時に用紙は回収されたんだな。
ちなみに、用紙の紛失や持ち逃げが続くと、ランクを下げられてしまうのだそうだ。
いわゆる、ブラックリストに載ったのと同じ扱いとのこと。
もしそうなると、クエストそのものが受けられなくなったりするらしい
いや、そういうことは前もって教えてもらわないと困るよなあ。
「でも、クエスト用紙を使うのは、ギルドカードを持っていない相手だけのはずだよ? カードを得た後なら、そっちで直接やりとりができるようになるからねえ。だから、あんまり用紙を渡されることはないし、もし紛失しても、後で弁償すれば済むはずさ」
「あ、そういうことでしたか」
なるほど。
未達成の分の用紙も引き取られたから不思議には思っていたんだ。
一応、ステータスの画面で、俺が関与したクエストの一覧は見ることができるので、そこまで気にしていなかったんだが、同様のことが、このカードでも可能なのだとか。
すごいな、このカード。
身分証に、ステータスの転写、そして、クエストの情報も保存、か。
「……簡単に手に入ったけど、このカード、明らかにおかしいよな?」
何というか、牧歌的なファンタジーの世界の中に、妙な技術が紛れ込んだというか。
サティ婆さんの話だと、教会が開発したアイテムの一種って扱いなのだそうだ。
何か、魔法が絡んでいると何でもありな気がしてきたぞ?
まあ、ゲームだから、なのかも知れないが。
さておき。
「そのうち、『けいじばん』を見た他の迷い人がやってくるかもしれませんね」
「ふふ、あたしゃ、それでも構わないよ。元々、ここよりにぎやかなところに住んでいたしねえ。家の中に大勢同居人がいてね。まあ、にぎやかすぎるのも考えものだったので、ちょっとこっちで静かに過ごしていたんだけどねえ。セージュ、あんたが昨日、泊まって行ってくれた時に思ったんだよ。やっぱり、あたしゃ、もう少しにぎやかな方が落ち着くってさ…………おや、噂をしたら、誰か来たようだねえ」
サティ婆さんの話の途中で、玄関の方から、ドアがノックされる音が聞こえた。
なので、俺とサティ婆さんが玄関へと向かうと、扉の外には、ここまで走って来たのだろうか、息を切らせた感じの女の人が立っていた。
「あの、突然の、訪問で、失礼いたし、ます」
「ふふ、慌てなくていいよ? まず、少し呼吸を整えたらどうだね?」
「あ、はい――――――――ふぅ、ふぅ――――はい、失礼しました。あの、違っていたらすみません。こちらは、サティトさんのご自宅でしょうか?」
「そうだよ、あたしがその、サティトだよ。ふふ、まあ、呼びにくかったら、サティお婆さんでも、サティ婆でも、何でもいいよ。他の町のみんなもそんな感じで好きに呼んでくれているからねえ」
もちろん、サティトのままでも構わないよ、とそう言いながら、笑顔で応じるサティ婆さん。
別に呼ばれ方とかは気にしない、と。
それはそうと、この女の人慌てて走ってきたってことは、たぶん、そうだよな?
「あの、もしかして、『けいじばん』を見てやってきた人ですか?」
「はい! あ、ということは、あなたがセージュさんですか?」
「ええ、そうですよ」
「あー、良かったです。教会の側で、特徴的に、たぶん、ここかとは思ったんですけど、合っていて一安心です」
ホッと胸を撫で下ろす女性。
その人が、俺とサティ婆さんへと自己紹介してくれた話によると。
こっちでの名前は、ハヤベルさんというらしい。
見た目は黒髪に、少し痩せ型で、背は俺と同じくらいだな。
年齢は、俺よりもちょっと年上だろうか?
シックな、というか、ちょっときれいで大人しめな服を着ているので、見た目から歳がわかりにくい感じではある。ちなみに、まだ装備品が初期装備のままらしく、どちらかと言えば、向こうでのごく普通の女性の服を着ていた。
ファン君の時にも気になったんだが、初期装備ってまちまちなんだな?
その辺の事情はよくわからないや。
後は、特徴的に感じたのは、右の目にかかる感じで伸びた髪だな。
てか、俺からだと右目が見えない。
これ、大分、見えにくい気がするんだけどな。
そういう髪型も流行ってるのか? 流行とかそっちはあんまり詳しくないんだよなあ。
まあ、それはそれとして。
ハヤベルさん、薬師志望の人らしい。
というか、俺も『けいじばん』でその名前は目にしたことがある。
テスターの中でも、『けいじばん』を使っている人って、半々ぐらいに分かれるのかね? 案外、その存在に気付いていない人も多そうだし。
俺みたいに、吹き込みそこそこ、興味のあるスレッドだけ見てるタイプとか、テツロウさんみたいにあちこちに顔を出してる人とか、十兵衛さんみたいにほとんど見ない人とか、まあ、使い方は色々だろうし。
そういう意味では、ハヤベルさんは、『けいじばん』を比較的、活用している組に入るようだな。
すでに、テツロウさんたちとは、フレンドコードを交換していることは教えてもらった。
相変わらず、あの人たち、顔が広いな。
「私、向こうでは、薬剤師を目指しているんです」
何でも、ハヤベルさん、とある大学の薬学部に通っているのだそうだ。
いわゆる、薬剤師の卵って感じらしい。
この『PUO』の話も、大学のゼミの教授から話が出て来て、それで参加したのだとか。
へえ、それは驚きだな。
ていうか、大学教授とかも絡んでるのかよ、このゲーム。
まあ、その手の人も、ゲーム好きな人は多いか。
「それでゲームでも『薬師』を、ってことですか?」
「はい、そうです。もちろん、リアルの方とは、理屈などは違うと思いますが、それでも、先生が勧めてくれたわけですし、前向きに頑張りたいと思ってます」
「ふふ、やる気はあるようだねえ。ちなみに『調合』については、どうだい?」
「はい、サティトさん。『調合』のスキルは持ってます。もっとも、まだ、お金がなくて、道具などは手に入れられていませんが」
スキルはあるけど、その使い方がよくわからないらしい。
俺の『緑の手』とおんなじだよな。
まあ、『調合』の方は、何となく、どうすればいいのか想像がつくがな。
「なるほどねえ、まだ試していないってことかい?」
「はい、残念ながら」
そもそも、服装を見てわかるように、ハヤベルさん、町の外に行ったこともないそうだ。
冒険者ギルドのクエストもまだ受けてもいないようだし。
えっ? じゃあ、どうやって、宿代を稼いだんだ? って思ったら、その宿屋で仕事を手伝う条件で、宿代を相殺してもらったらしい。
いや、そういうこともできるのか。
流れとしては、『町を巡ってみよう』、『あ、宿屋がある』、『お金がないので泊まれません』、『じゃあ、仕事を手伝ってもらえるか?』、『思いのほか、その仕事がいそがしくて、初日は時間切れ』、そんな感じらしい。
「冒険者ギルドに行く前に、宿屋の親父さんに捕まったってわけですか」
「はい。そういうわけで、今日も弟子入りできないと、そのまま、宿屋のお仕事なんですけど……」
だめですか? と少し不安そうにサティ婆さんの方を見るハヤベルさん。
そんな彼女に、サティ婆さんが微笑んで。
「ふふ、大丈夫だよ。あたしも人が増えるのは大歓迎だしねえ。ハヤベルって言ったね? あんたも、この家に泊まって行くといいさ。食事はスープぐらいしか出せないけどねえ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「それに『調合』を持ってるってことは、話が早いからねえ。そうだねえ……それなら、さっそく、始めてみるかい?」
そう言いながら、ハヤベルさんと、そして俺の方を見るサティ婆さん。
どうやら、『薬師』としてのクエストが始まるようだ。
でも、俺、『調合』のスキルは持ってないぞ?
そんな俺の不安を知ってか知らずか、サティ婆さんのクエストがスタートした。




