第51話 農民、ギルドカードを比較する
「よう、どうだった? ペルーラたちの工房に行ってみたんだろ?」
「ええ、まあ、思ってたのとちょっと違いましたけど、順調にお話が進んでますよ」
ファン君とヨシノさんの登録手続きのために、冒険者ギルドを訪れると、今日も朝から受付業務をやっていたグリゴレさんが笑顔で対応してくれた。
まだお昼までは少し早い時間だが、ギルドの中は、それなりに人で賑わっているようだった。
やっぱり、夜になると町が寝静まってしまうので、その日の仕事とか用事は、午前中とか割と早い時間帯に済ませてしまうのが普通のようだな。
「はは、そうなのか? というか、セージュ、いつの間にか同行者が増えてるんだな? そっちに監督官のリディアが一緒にいるってことは、まだクエストを済ませていなかった組のふたりだよな?」
「はい! ぼく、ファンって言います! 昨日頼まれたクエストのうち、いくつかを達成しましたので、手続きの方をお願いします!」
「同じく、ヨシノです。私もファン君と同様ですね。こちらで冒険者の身分証が受け取れるって聞きました」
「ん、ふたりとも合格」
少し緊張気味でグリゴレさんと話すファン君や、ヨシノさんに、リディアさんが監督官としての意見を伝える。
討伐系のクエストをふたつクリアしているし、何より、イレギュラーな討伐にも参加していたわけなので、リディアさん的にも問題なし、って評価らしい。
「なるほどな。わかった。ちょっと待ってくれな」
そう言って、奥の部屋へと行ってしまうグリゴレさん。
基本の身分確認は、個々のギルドカードで行なうらしいのだが、まだ、カードを持っていない、仮の冒険者に関しては、別件の扱いになるのだそうだ。
少し待っていると、グリゴレさんがカードを持って戻って来た。
「ああ、ファン・ファーストリバーとヨシノ・ファーストリバーだな? こっちでも確認が取れたぞ。じゃあ、それぞれ、このカードに触れてくれ。そのまま、それぞれのカードが個人のギルドカードになるからな」
「はい! あ、すごいです! 今のぼくのステータスも記載されているんですね?」
「レベルと種族ぐらいはな。なので、紛失とかは気を付けてくれ。簡単な情報ではあるが、一度作られたカードは、情報がリンクして随時更新されるようになってるからな」
「わかりました!」
へえ、そうなんだな?
その辺のことは俺も初めて聞いたような気がするぞ?
冒険者ギルドカードには、氏名、性別、年齢、種族、それに現在の身体のレベルなどが記載されているのだそうだ。
あ、それプラス、ギルドランクもな。
今は、俺たち四人とも駆け出しなので、ランクは基準状態のFのままだ。
俺、一番上がAランクで、一番下がFランクだとばかり思っていたんだが、このFランクのまま、何もせずに、クエストも失敗ばかりの場合、更にランクが下がったりもするのだそうだ。
基本の駆け出し冒険者よりランクが下がる、と。
一応、戦闘が不得手な人も多いので、必ずしも、クエストの失敗だけでランクは下がらないけど、代わりに割り振られたギルドの基本業務を拒否し続けていると、ランクダウンすることもある、とのこと。
もしそうなったら、どうなるかは、身をもって体験して欲しい、って。
何だか、含みがあってかなり怖いんだが。
あれ? でも、カードに書かれているってことは、冒険者ギルドで働いている人には、情報がだだ漏れってことか?
確か、冒険者の中でも、グリゴレさんみたいに事務の業務をさせられている人もいるんだよな?
俺がそう尋ねると、グリゴレさんが苦笑して。
「詳しい内容というか、詳細に触れることができるのは専門のギルド員だけだな。そっちは試験やら何やらで、なるための条件が厳しいんだ。守秘義務とかも多いしな」
「でも、カードを提示してもらったりはしてますよね?」
「まあな。だが、そこがこのカードの面白いところでな……そうだな、リディア、ちょっと、お前のカードをセージュたちに見せてやってもらってもいいか?」
「ん、ちょっと待って」
言いながら、リディアさんがアイテム袋から自分のカードを出してくれた。
えっ? これ、見せてもらってもいいのか?
……どれどれ?
名前:リディア・プラウニエッタ
性別:女性
年齢:《error》
種族:《error》
職業:冒険者
レベル:《error》
ランク:C
「え!? エラー!?」
いや、何だよ、《error》って。
一応、リディアさんのフルネームとか、冒険者ランクはわかるけど、年齢や職業、それにレベルの項目が《error》表記になってるぞ。
こんなことあるのか?
念のため、ファン君たちのも見せてもらうと。
名前:ファン・ファーストリバー
性別:女性
年齢:9
種族:小人種(ドワーフ)
職業:踊り子
レベル:10
ランク:F
名前:ヨシノ・ファーストリバー
性別:女性
年齢:19
種族:人間種
職業:剣士
レベル:11
ランク:F
へえ、ファン君って、九歳なのか?
それで、舞台に立って仕事してるのってすごいな。
俺よりもずっと社会経験が豊富ってことだもんな。
それに、ヨシノさんは、やっぱり、俺よりも年上か。
いや、そこもそうなんだが、やっぱり、ふたりのカードだと、リディアさんとは違って、ちゃんと内容を見ることができるようだ。
ヨシノさんの年齢とかも隠れてないし。
念のため、俺と十兵衛さんの分も比較してみる。
名前:セージュ・ブルーフォレスト
性別:男性
年齢:16
種族:土の民(土竜種)
職業:農民
レベル:12
ランク:F
名前:十兵衛(ジューベエ)
性別:男性
年齢:84
種族:樹人種(エルフ)
職業:剣士
レベル:20
ランク:F
やっぱり、『鑑定眼(モンスター)』で見ることができる内容とあまり変わらない感じではあるよな。
というか、だ。
全体的に、随分とレベルがあがってるよな。
その辺は、やっぱり、例の狂化したミスリルゴーレムを倒したからだろうけどさ。
いや、テスター二日目で、このレベルって、けっこう凄くないか?
特に、十兵衛さんは、二日連続で強敵を倒しているせいか、もうレベルが20まで上がってるしさ。
何となく、他のテスターのレベルとか聞くのが怖い気がするぞ?
まあ、それはそれとして。
「リディアさんのカードだけですよね、このエラーってのが出てるのは」
「ああ。それが、このカードの特性のひとつだな。自分より強い相手……まあ、レベル差で10ぐらいは最低でも離れている場合だな。そういう時は、その相手が持っているカードが"読めなくなる"のさ」
「えっ!? 読めなくなる!?」
つまり、このリディアさんのカードって、そういう《error》表示なんじゃなくって、俺たちが認識できないってことか?
「理屈は俺にも不明だが、とにかく、強い相手が伏せたい情報に関しては、わからなくなるようになってるらしいな。俺にも、リディアのレベルとかは読み取れないしな」
「ん。あんまり注目されたくない」
あ、そうなんだな?
この、《error》になってる部分は、リディアさんが隠しておきたい内容ってことか。
職業とか、ランクは別に知られてもいいってことらしい。
ランクはCなんだな?
リディアさんの強さでCランクってことは、Aランクの冒険者ってもっともっと強いってことだろ?
それはすごいよなあ。
「いや、セージュ……それはちょっと違うというかな、この『大食い』……リディアの二つ名な、こいつ、これ以上ランクが上がるの面倒くさがって、昇格試験とか受けようとしないんだよ。ほんと、もったいないというか、ギルドとしても損失なんだが」
「面倒。別に、ギルドの仕事はついで」
だから、これ以上は嫌だ、ってことらしい。
ちなみに、『大食い』ってのは、リディアさんにつけられた通り名のようなものなのだそうだ。
あちこち放浪しては、自分が興味のあること以外はしない。
だが、その興味に絡んだことだけでも、冒険者としては、凄まじい功績をあげてしまったとか何とか。
一応、実力的にはAランククラスではあるらしいけど、それ以上に、本人が注目されることを嫌がっているので、ギルドとしても、下手に強要すると、冒険者自体も辞めてしまいかねないので、放っておいているのが現状なのだそうだ。
そして、気付けば、変なところでいつの間にか事件を解決したり、とか。
そのまま、町の食事処を食い荒らしては去っていく、とか。
少なくとも、本人が望んでいまいと、その見た目の白一色の衣装のせいで、それなりにあちこちで有名にはなっているらしいけど、一度でも、彼女と絡んだ者の共通見解は、あえて騒ぎ立てないこと、というので一致しているのだとか。
うーん。
今まで何をやらかしたんだか。
やっぱり、すごい人ではあったようだ。
まあ、お腹がいっぱいなら、さっきのミスリルゴーレムも一蹴できるって話だしな。
「リディアさん、すごい人だったんですね……」
ファン君が驚いた表情で、リディアさんを見つめているが、俺もそれは同感だ。
当の本人は、相変わらず、表情がほとんど読めないので、何を考えているのかは謎だがな。
何で、そんな人が監督官をやってるのかも不思議ではあるし。
とりあえず、謎だらけの問題は置いておいて。
そのまま、ファン君とヨシノさんの手続きを済ませる俺たちなのだった。
普通にしていれば、冒険者ギルドのギルドランクはFより下にはなりません。
それよりも下のランクは、ブラックリスト用のランクです。




