第50話 農民、弟子入りの話を詰める
「うちの旦那さんの連絡網を使って、アルミナに報告を入れるわ。本当は緊急時のための手段なんだけど、今回のはある意味、緊急事態だったしね」
はぐれ系のミスリルゴーレムなんて、滅多にでないから、そっちは報告する必要があるのだそうだ。
そのついでに、ファン君のことも話す、とペルーラさんが笑う。
へえ、連絡網なんてあるんだな?
一応、世界中に散らばっているドワーフと鉱物種には、アルミナとの遠距離連絡を行なうための手段があるのだそうだ。
というか、さっき言っていたジェイドさんの本体と分体の『情報共有』を応用して、って感じらしい。
何でも、『情報共有』が通じるのにも一定の距離制限があるらしく、そのために、少し離れた町の工房に分体を住まわせて、鉱物種同士のネットワークでつないでいく、って感じなのだそうだ。
ふうん?
あれ、でも、この町って、ジェイドさんの他の人の分体はいないのかね?
そう、ペルーラさんに尋ねると。
「この町にはいないけど、ちょっと離れた場所にはいるの。だから、この辺り一帯の情報をまとめているのは、そっちの工房ね」
「近くの町の工房ですか?」
「ふふ、そのことについて教えるのはもうちょっと先になるわよ、ファン。というか、弟子入り確定したら、あたしのことは師匠か先生って呼ぶように。あ、お師様とかそっちでもいいわ。そういう風に呼んでる子もいたから」
もっとも、あたしも弟子を取るのなんて、ほとんど経験ないから、あんまり師匠っぽくないのよね、とペルーラさんが少し照れ笑いを浮かべる。
やっぱり、本当だったら、アルミナに行ってもらう方が確実だ、と。
ただ、アルミナを目指してたら、いつになるのかもわからないしな。
βテストも期間が一か月だけだから、そういう意味では、そもそもそっちにたどり着けるかどうかも怪しいし。
なので、ファン君もヨシノさんも、ペルーラさんから教わるのでいいそうだ。
「はい! お師匠様!」
「よろしくお願い致します!」
そういう意味ではふたりとも、弟子入り修行とか慣れてはいるんだろうな。
外からのイメージだけど、歌舞伎の家系って、覚えることがたくさんありそうだし。
むしろ、俺の方が、弟子入りとかよくわからないし。
まあ、『鍛冶』を教えるだけなら、みっちり弟子修行ってことにはならないとは、ペルーラさんも言ってるんだけどな。
「ただ、ちょっと待ってね。さすがにアルミナからの返事をもらってからじゃないと、あたしが怒られるから」
なので、弟子入りは少なくとも明日以降から、となるそうだ。
あ、そうだ。
そういうことなら、その前に言っておくというか、謝らないといけないことがあるよな。
「あの、ペルーラさん、すみません、ちょっといいですか? 俺と十兵衛さんは、謝ると言いますか、弁償しないといけないものがあるんですが……これなんですけど」
頭を下げつつ、壊れてしまった工具を見せる。
武技を使って、硬い原石の層を打った結果、借りた工具をダメにしてしまったのだ。
これは、弁償しないといけないだろう。
「あら、やっぱりね。貸した工具では、普通に掘っても手に入れられない石が混じっていると思ったのよね」
あれ、ペルーラさん、あんまり怒っていないのか?
というか、持ってきた鉱石の種類から、その手の使い方をしたってのは、何となくわかっていたそうだ。
そうでもなければ、採掘できない鉱石もあったから、と。
そのまま、ミスリル以外の鉱石についてもペルーラさんに鑑定してもらった。
【素材アイテム:素材】鉄鉱石(中)
オレストの町、北西の採掘所で採れた石。見た目は赤黒い。手を加えることで、鉄を抽出することができる。品質はあまり良くない。
【素材アイテム:素材】鉄鉱石(中)
オレストの町、北西の採掘所で採れた石。見た目は赤黒い。鉱物種の手で採掘されたもの。手を加えることで、鉄を抽出することができる。品質はやや良い。
【素材アイテム:素材】鉄鉱石(小)
オレストの町、北西の採掘所で採れた石。見た目は赤黒い。手を加えることで、鉄を抽出することができる。品質はあまり良くない。大きさが小さいため、加工するためには工夫が必要。
【素材アイテム:素材】光鉄鉱石(小)
オレストの町、北西の採掘所で採れた石。見た目は白く輝いている。光属性を含んだ、鉄の属性石。普通の鉄よりも加工が難しい。
【素材アイテム:素材】水鉄鉱石(小)
オレストの町、北西の採掘所で採れた石。見た目は青く輝いている。水属性を含んだ、鉄の属性石。普通の鉄よりも加工が難しい。
おっ、やはり、赤黒いのは鉄鉱石か。
ゲームの世界でも酸化鉄として鉱石化してるってことでいいのかな?
というか、残りの二種類の鉱石がちょっと変わったもののようだ。
属性石、ってやつらしい。
普通の鉄に、魔法の属性のひとつが含まれているってことか?
ちょっとよくわからないな。
「ペルーラさん、こっちの二種類がめずらしい鉱石ですか?」
「そうね。セージュたちが工具を壊さないと砕けなかった石だし。普通の鉄鉱石よりも採掘するのは難しいわね。加工もそうだけど」
「えと、そちらは普通の鉄とは違うんですか?」
「魔鉄の一種ね。採掘所の浅いところで採れるものは魔鉄の中でも、ランクとしては普通の鉄に近いものがほとんどだけど。でも、これ、便利なのよ? 普通の鉄に『魔法付与』加工をするとなると、まずあたしたちのような鍛冶職人が形を作り上げて、その上で、エルフなどに協力してもらって、印を刻んでもらわないといけないの。でも、こっちの属性を含んだ石の場合、そのまま加工するだけで、『魔法付与』をしたのと同様の効果が得られるってわけ」
魔法が苦手なドワーフにとっては打ってつけの金属ね、とペルーラさんが笑う。
へえ、魔鉄か、そういうのもあるんだな?
「それにしても、随分と鉄が多いんですね?」
「そりゃそうよ。基本の『鍛冶』スキルで加工できるのって、ほとんどが鉄鉱石だもの。何はなくとも、とにかく、鉄、よ。鉄の加工ができるようになって、それから、更に柔らかい金属とか硬い金属に挑めるようになるの」
何よりも鉄鉱石は入手しやすいから、と。
だからこそ、修練には鉄は欠かすことができないのだそうだ。
「もっと柔らかくて形状を変えやすい石はあるけど、それなりに価値は高いの。鉄だったら、失敗しても、また鋳造できるし、『鍛冶』の中でも応用が利きやすいわ」
「成程な。その手のは、あっちとも同じなんだな」
感心したように十兵衛さんが頷く。
何でも、向こうの地球の場合も、鉄の含有量がかなり多いのだとか。
地球の質量の三分の一は、鉄なのだそうだ。
へえ、そういうのは知らなかったな。
人間の血液の中にも鉄が含まれているし、そういう意味では、かなり身近な金属ってことは間違いなさそうだ。
その辺は『PUO』もバランスがそういう風に設定されているのかもしれない。
ミスリルみたいな、存在しない魔法がらみの鉱石とかも色々ありそうだけどさ。
「話を戻すわよ? 工具の弁償に関しては、ミスリルの鉱石を少しもらえれば、それで構わないわ。そのくらいの価値は十分にあるから」
「わかりました。十兵衛さんもそれでいいですね?」
それぞれの取り分のうち、一部だけで十分弁償できるらしいので、俺としてはそれで構わないかな。
「ちなみに、金で払うなら、いくらぐらいなんだ?」
「工具一式で100,000N、ふたり分なら200,000Nになるわね」
あ、けっこう高い。が、一応、今の手持ちでもギリギリ払えるんだな?
それなら、冒険者ギルドにミスリルを少し買い取ってもらって、それでお金を払った方がいいのか?
「一応言っておくけど、ミスリルって、加工するのがそれなりに難しい金属だから、ドワーフがからまないと、価値が大幅に下がるわよ? もし、他に持っていくって話なら、技術料とか色を付けようかな、って思ってたことも考えさせてもらうわ」
うわっ!?
そういうことなら、やっぱりお金でどうこうするのは無しだな。
ペルーラさんの機嫌を損ねたら、そもそも、『鍛冶』のスキルも教えてもらえなくなるだろうし。
「はは、わかったわかった。俺も嬢ちゃんに渡すので構わねぇよ。だが、嬢ちゃんよぅ。さっきから聞いてる限りだと、その、ミスリル、か? その金属は嬢ちゃんたちみてぇな種族じゃねえと扱えねぇ、ってことか?」
「正確に言うと、ドワーフを含めて、いくつかの種族ね」
「ん、巨人種もできる」
あ、横からリディアさんも教えてくれた。
へえ、巨人種ってのもあるのか?
そっちも、俺たちの選択肢にはなかった種族だよな。
ただ、そうは言っても、滅多に会える種族ではないそうで、この辺だと、ドワーフぐらいって話にはなるようだ。
「ふふ、だから、ファンの弟子入りを認めるって言ってるの。せっかく、ミスリルを持ってきてもらったのに、普通の『鍛冶』だけだと、どうやっても加工できないから、これ」
コンコンとミスリルを叩きながら、ペルーラさんが苦笑する。
基本の『鍛冶』スキルで加工できるのは、最初は鉄関係ぐらいで、レベルというか、熟練度があがると、さっき言っていた魔鉄や、柔らかい金属なども加工できるようになるってわけだ。
「まあ、何にせよ、アルミナに連絡しないとね。だから、今日のところはここまでよ。とりあえず、セージュと十兵衛の弁償分のミスリルは頂くから、その残りはひとまず持って帰ってね」
あたしも横取りしたとか言われるの嫌だから、とペルーラさん。
そういうことなら、取り分を分配しないとな。
あ、その前に、ファン君とヨシノさんの冒険者ギルドの登録を完了させないと。
まだ、個人のアイテム袋も持ってないんだものな。
「それじゃあ、また明日よろしくお願いします」
「はいはい、待ってるわ」
「………………」
また鉱石類をリディアさんの袋に入れてもらって。
俺たちはペルーラさんたちの工房を後にした。




