◆◆◆◆ゴーレム、狂う
対◆◆◆◆ゴーレム戦。
ゴーレム視点です。
『それ』は、目が覚めると石の中にいた。
漠然と、ただ、突然、そこに意識が芽生えた。
なぜ、己がそういう形で生まれたのかも知ることもなく、ただ、茫洋と、自我に目覚め、そして、その身体を動かそうとして、一切、身動きが取れないことに気付いて。
そこで初めて、何だかよくわからない恐怖にかられた。
もちろん、『それ』には元々生きていたこともなければ、身体を動かすなどという経験などもないので、恐怖を感じること自体がおかしなことではあった。
生まれたばかりで何も知らず。
己が、はぐれモンスターとして、この世界に生を受けたということも、偶然、長い年月をかけて、石の中に魔素が蓄積されて、魔核のようなものとなり、そうして、自分の命がそれに宿った、などということも知る由もない。
ただ、『それ』は何故か理解していた。
生き物が身体を持っていて、それを自分の意志で動かすことができるという、そのことを。
同時に、今の己は一切の自由がきかないということも。
だから。
最初に『それ』が感じたのは恐怖だった。
石の中にいる恐怖。
指一本すら動かすことができない恐怖。
いや、そもそも、指一本という感覚が『それ』に宿っていること自体がおかしなことなのだが、『それ』自身は、そのおかしさに気付くことすらできない。
身動きができない恐怖。
何が何だかわからない恐怖。
意志はあるというのに、何もできない状況に追い込まれている恐怖。
異常で、異常で、異常で。
気が狂いそうになって。
『それ』は、手を差し伸べてくれた『何か』へと身を委ねた。
なぜか、それは『それ』にとって、とても心地よいものだった。
最初から、己が、そうであることが当たり前であるかのように。
ひとつの感情が『それ』に染み込んでいった。
ああ、とゆっくりと『それ』は思う。
この『狂気』に任せることは悪くない、と。
それは、『それ』が考える最後の想いとなった。
後は何も考えることもなく。
周囲の石が、『それ』に染み込んでいくかのように、身体となって。
包み込んでいたはずの石は、身体として形成されて。
『それ』は周りの石を壊しながら、石の外へと出た。
今の『それ』は、己がゴーレムとなっていることも知る由もない。
今使った能力が、ゴーレムの『同化』であったことも知る由もない。
だが。
『それ』の前には、いくつかの生き物がいた。
これらは『敵』であり。
『敵』であるがゆえに、壊さねばならず。
『それ』は何も考えることもなく、ただ、己を支配する感情にのみ身を委ねて。
目の前の小さな生き物と、鈍い輝きを持った黒くて大きな生き物たち、それらを壊すために動き出した。
最初は簡単だった。
いかなる攻撃も、『それ』に何ら痛痒を与えることもなかった。
ただ、『それ』は狂気のままに動くだけで、それだけで十分で。
目の前の生き物は、一体、また一体と、『それ』に壊されていった。
だが、『それ』が狂気以外の感情に目覚めることはない。
己が強いということへの昂揚感も、敵を倒したことで生まれるような興奮も愉悦も、一切感じることもなく、ただ、狂気のままに、それでいて淡々と攻撃を繰り返し、目の前の『敵』を壊す。
まるで、ぜんまい仕掛けの人形のように。
同じような行動を繰り替えすだけで。
今、もし、『それ』が生まれたばかりの頃の感情を残していたら、そんな自分をどう思っただろうか。
拳を振り上げ、それを叩きつけ、体当たりを繰り返し、『敵』も周囲の石も、何もかもを壊すためだけに動く『それ』の姿を。
だが、『それ』は何も感じない。
そのまま、目の前の壊れていない生き物へと向き直って、壊そうとして。
「しーるど」
不意に、身体が宙に浮いて。
ものすごい勢いで後ろの壁へと叩きつけられた。
だが、『それ』は動きを止めることはない。
ただただ、そうあるがままに、目の前の、白い生き物へと突進を繰り返す。
近づいては跳ね飛ばされ。
体当たりしては、壁へと叩きつけられる。
そこに、一切の痛痒はなく。
『それ』の動きをとどめるほどの障害があるでもなく。
先程までとは、少し異なることなど、露ほども気づかずに、『それ』は延々と同じことを繰り返し続ける。
と、再び、立ち上がった『それ』は、突然、身体を動かせなくなった。
「ん、長時間は無理。一瞬で決めて」
「はい!」
「ああ。これで、あの野郎に傷をつけられるんだな?」
動けなくなった身体のまま、それに驚くでもなく。
静かな狂気のままに、『敵』を壊すことだけのためにあろうとして。
だが、今の『それ』にできることは、小さな生き物たちが己に向かってくるのを見つめることだけで。
「はあああああああっ―――――――!」
同時に奏でられたのは、金属同士がぶつかり合う衝撃音だ。
小さな生き物のうち、ふたつ。
わずかな白い輝きに帯びた武器を持ったふたつの生き物によって。
『それ』の身体に、いくつかに傷がつけられた。
身体の前に五つ、後ろにひとつ。
複数の小さい傷が、一瞬にして、『それ』の身体へと刻まれる。
さほど、大きな傷ではないが、『それ』にとっては、生まれて初めて受ける傷だ。
だが、そのことにすら、何も感じることもなく。
「おい、セージュ! 後、頼むぞ!」
「わかってます!」
先程のふたつの小さな生き物とはまた別の、生き物が近づいてきた。
そして。
「『アースバインド』を反転! 『岩砕き』!」
胸の部分に叩きつけられたのは、小さな生き物の手のひらだ。
と、同時に。
身体の前につけられた五つの傷。
そこから、後ろの傷へと抜けるように螺旋状に力が作用するのを感じて。
『それ』の身体全体に、内部から力が伝播していって。
身体を維持していた魔核が壊されて。
次の瞬間、『それ』の身体は粉々に砕け散った。
次はセージュ側。
時間はちょっとだけ前に戻ります。




