第459話 視点ころころ
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「では、私たちも戻りますね」
そう言って、白い部屋から立ち去ろうとするフローラたちに、エヌが待ったをかけた。
『あー、ちょっと待ってね? 折角だから、条件の有無でルートを分けるから。イベントスイッチで、お城の中身を真っ二つにしておいた方が都合がいいからね』
「……真っ二つ?」
「イベントスイッチってー?」
『そう。ダンジョンそのものを、大きく分けてふたつのルートに分断するんだよ。そうすれば、基本形の方のボスが僕って風にできるから――――イベントスイッチってのは、『条件付け変異』のゲーム用語みたいなものだよ。まあ、簡単に言えば、右の床を踏むか、左の床を踏むかで、未来が変わる、みたいなもんかな』
「???」
『風が吹けば桶屋が儲かる、のきっかけというか』
「え? え? え? 意味わかんないよー?」
「私たちで例えるなら、『精霊の森』に入るための結界の『審査』を自動化した、ってことよ、ウルル。結界はオットーの管理下だけど、ずっとそれだけを監視してるわけにはいかないでしょ? だから、術師がいなくても作動するようにあらかじめ術式を組んでおくの。エヌが言いたいのはそういうことよ」
「お母さんの言ってることもわかんないよ?」
「……ふぅ、後でお勉強ね、ウルル」
「えーっ!?」
嫌そうな声で叫ぶウルルを放って、フローラがエヌの方へと向き直る。
「それよりも、真っ二つというのは、この『お城』の内部構造を、ということ?」
『そういうこと。ここからは11階到達時での、『予備知識の量』で区切らせてもらおうかな。量が足りてない子は、迷い人だろうと、こっちの住人だろうと、僕に至る道になるようにね』
「……ちょっと待って? その条件だと私たちは……?」
『ふふ、察しがいいね――――そういうこと。フローラたちは少し状況から距離を取りたいようだけど、そうは問屋が卸さないよ。もうひとつの道の方へと送らせてもらうね』
どこか楽しそうな口調でエヌが笑って。
「ちょっ――――」
「えっ――――!?」
そのまま、有無を言わさず、強制的にふたりは別の場所へと送られてしまった。
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『――――ふぅ……こんなところかな?』
そこでようやく、エヌが一息ついて。
『知る者はあっちへ。後は僕の方へとやってくるように『お城』の構造を組みなおして……っと。もうすでに12階以上に至っている子たちは条件をクリアしたってことでいいかな』
うんうん、と頷きながら、作業を続けていく。
『……というか、ゼラティーナもそうだけど、クリシュナもやり過ぎだよ。どれだけ向こうから、レーゼさんの素材を送り込んだのさ? いや、セージュ君やルーガちゃん宛ての報酬って言われたら、僕も飲むしかなかったんだけど』
『お城』の構造をチェックしながら、エヌが思わず苦笑を浮かべる。
『これじゃあ、元の『魔王城』より強靭じゃない? 『精霊種』の秘儀で『千年樹』の素材を至る所に定着化させるだなんてさ』
おかげで、エヌ自身ですら、下手に弄れなくなってしまったのだ。
この世界由来ではないものを『取り込む』ためには、それなりの『容量』が必要となるからだ。
『これ……次への反省点だね』
そんなことを考えながらも、『別の自分』へと催促が飛んでくるのに気付いて嘆息するエヌ。
『……まったく、何で、クリシュナも戻りたがるかな? 今、それどころじゃないはずでしょ? ほんと、義理堅いというか何というか……まあ、なんだね。奇竜変竜ばっかりの僕らの中でも良心みたいな存在だねえ』
『いや、だからね? 無茶言わないでよ、スノーも。僕に代理みたいなことさせるのはやめてよ? そういうのは『幻獣種』に直接頼んでよね』
『えっ!? めずらしいね、アール? ――――いやいや、それ、本人に直接言って? 僕より君の方がハイネとの付き合いは長いでしょ?』
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…………。
『…………この仕事が終わったら、僕も少し休もうかな?』
あちこちから無理難題を積まれて、うんざりしてしまうエヌなのだった。
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「びっくりしたのにゃ、それじゃあ、にゃあたちの敵じゃないのかにゃ?」
「うん、そうだよー」
「ええ。私たちも偶然、ここに送られただけです。少なくとも、私たちは『魔族』と敵対関係にはありませんよ」
『――――嘘は言ってない』
「みたいだにゃあ、それなら、安心なのにゃ」
隠れてるのがばれて焦ったのにゃ、と笑うのは猫耳をぴょこぴょこ動かしているヴェルフェンだ。
と、その直後に同じ口から別の声が発せられる。
『――――でも、『偶然』というところは本心じゃないみたい?』
「そうなのかにゃ?」
まるで腹話術のように、二種類の声を使い分けるヴェルフェンの、そんな姿にも、フローラもウルルも特段驚くでもなく、普通に付き合っている。
なぜなら。
『精霊種』であるふたりには、ヴェルフェンの身体に宿っている、もうひとつの存在がはっきりと見えていたからだ。
この場にいる人影は三人分だが、それとは別にもうひとつの存在がいるのに気付けたのは、『精霊種』にとって『憑依』は身近な能力だったからでもある。
「ええ、そうですね。『偶然』と言いましたが、貴方たちの目の前に送ったのがエヌである以上は、それなりには意図した可能性も考慮していましたよ」
『――――あっさり隠蔽が見破られた。高高度の『眼』を持っている』
「それはそうだよー。だって、ウルルたち――――」
「はい、それ以上はダメよ、ウルル。いい加減、口が軽いのを何とかしなさい」
『――――敵でないなら、気にしない』
「そうだにゃあ。ウルルにゃんたちが何か隠してても、深くは聞かないのにゃ」
「お気遣いありがとうございます」
そんな風に言葉を交わしながら。
それぞれの状況を確認し合う四人。
今、ヴェルフェンやフローラたちがいる場所は、水路のような場所だ。
正確には、全員が水の中に潜った状態で話をしているのだ。
「でも、ヴェルフェン、前に会った時はひとりだったよねー?」
「にゃあの中で眠ってたみたいだにゃ。きっかけはわからにゃいけど、いつの間にか目を覚ましたみたいなのにゃ」
『――――だよ』
「では、何がきっかけかは自覚なしですか?」
『――――何となくはわかる。けど』
「そうなのかにゃ?」
『――――でも、内緒』
「ふーん?」
そんなヴェルフェンたちの言葉に小首を傾げながら、ウルルが問う。
「ねえ、ねえ、ヴェルフェンたちって、何で逃げてるのー?」
「それは、にゃあと一緒のこの子がルーガにゃんと融合されちゃうからだにゃあ」
「それって……」
『――――どっちが主になるかはわからないけど、たぶん。こっちが飲み込んじゃうことになると思う。あの子、どっちかと言えば、臆病で閉じこもりがちだったから』
ヴェルフェンの答えを横で聞いていたフローラが驚く。
「それじゃあ、貴方たちが逃げているのって、ルーガちゃんのため?」
『――――そう』
「そういうことだにゃ。あのお爺ちゃんにとってはどっちでもいいみたいだけどにゃ」
それを聞いたら、放っておけないのにゃ! とヴェルフェンが拳をぎゅっと握りしめる。
「だから、にゃあたちはルーガにゃんと会わない方がいいのにゃ」
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『……ってことらしいわよ、セージュ』
「なるほど」
フローラさん経由での情報が、アルルちゃんの口を通して語られて。
そこで、ようやく『お城』の方の状況の一部を把握する。
ウルルちゃんたちがヴェルフェンさんたちと合流できて、そのヴェルフェンさんたちの行動理由についても聞き出してくれたのは大きいな。
フローラさんの話だと、エヌさんに側に飛ばされたらしいから、そっち側としての意図もあるのだろう。
それはそれとして、エヌさん自身が迷い人の前に立ちふさがるって話にも驚いたけど。
一応、『竜種』とは聞いていたけど、俺が目にしたのはエヌさんがスライムの姿をしていた時と、人に化けていた時だけだったから。
色々と事態は動いているようだ。
『もっとも、お母さんの話だと、アルルたちもセージュもルーガも、ルートが外れちゃったから、エヌと戦う道へは進めなくなっちゃったみたいだけど』
「要は、特殊ルートに、ってことだな?」
『そうみたい』
特殊ルートというか、魔王関連ルートというか。
何にせよ。
「急いで戻ろう。ヴェルフェンさんも心配だったけど、なっちゃんたちも心配だ」
「そうよそうよ! みかんも助けなきゃ!」
「行こう、セージュ!」
「ああ」
そんなこんなで、また裏道を使って、『魔王城』の中へと侵入する俺たちなのだった。




