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第457話 アップデート

「責任は取ってくださいね?」

「うん、わかってる。僕もね、ルーガちゃんが拒絶の意志を示した時点で、そうするべきだろうと思ってたからね」


 フローラの言葉に肯定の謂いを返すエヌ。


「僕が出る」


 一切の冗談も、おふざけの色も含めず、真剣な表情でエヌは淡々と続ける。

 まるで、それが彼の普段は隠している本質であるかのように。


「そもそも、『魔王城(ここ)』以外のラストダンジョンについては、既にそういう手筈になっていたからね」


 言いながら、エヌの姿が別の生き物のそれへと変化する。

 真っ白い部屋。

 その部屋の大きさが一気に前後左右に引き延ばされたかと思うと。


 次の瞬間、ウルルとフローラの前に姿を現したのは――――。


「おっ――――おおっ!? すごいねー!?」


 そのエヌの姿を見上げて、感嘆の声をあげるのはウルルだ。

 彼女の目の前に立っている。

 いや、鎮座しているのは――――。


「それが貴方の本性ですか、エヌ?」

『んー、残念ながら、君たち『精霊種』と違って、僕らにとって、本体って概念は希薄なんだよね。まあ、それでも変化(へんげ)する時は個性というか、『色』が出ちゃうから、そういう意味では本体って言っても差し支えないのかもしれないけどね』


 口調は軽いまま。

 だが、その姿は明らかに威圧を伴った、強者としての種族のそれだ。


 永き年を経た者だけが纏える風格。

 まさしく、『原初の竜』。

 古龍(エンシェントドラゴン)と呼ぶに相応しい姿へと変質を遂げていた。


『確か、そっちのウルルちゃんは、『毒竜(ピー)』の残滓と遭遇したんだよね? まあ、この姿もこれはこれで虚仮威(こけおど)しには使えなくもないけどさ。結局のところ、その程度でしかないんだよね。力を発揮するのに、僕らにとって、そんなに身体って重要じゃないからさ』

「そうですね……少なくとも、せっかくの威厳が台無しですから、その話し方はよした方がいいと思いますよ?」

『だよねー』


 フローラの冷静な返しに、もっともだね、と大口を開けて笑うエヌ。


「わっとっと――――!?」

『あ、ごめんごめん』


 その風圧だけで、ウルルの身体が吹き飛ばされそうになって、それを見て、エヌが慌てて謝罪をする。


『ほら、メリットないでしょ? この身体。大きいし、維持するのに無駄にエネルギーを消費するし。結局のところ、粘性種(スライム)とか人型をとってる方がずっと効率が良いんだよ。僕、そういう意味じゃ、同胞の中で最弱だし』

「それでも、今は――――」

『うん。仕方ないよね。『ゲームにはラスボスが必要』だからね。さすがに、そっちまでゼラティーナとかに頼むわけにもいかないし……というか、頼んであっさり引き受けでもされた日にはクリア不可能の無理ゲーになっちゃうし』


 だから、僕ぐらいでちょうどいいんだよ、とエヌが牙を震わせて笑う。


『何せ、僕は『原初の竜』では肉体的に最弱だ。だからこそ、たかだか、こっちで身体を鍛え始めて数週間程度の迷い人でも、頑張れば倒せる程度だよ』

「ねえねえ、倒されちゃってもいいのー?」

『ふふ、優しいね、ウルルちゃん。でも、心配ご無用。この僕(・・・)もスペアに過ぎないから。だから、大事には至らないよ』

「え? えー? うんー?」

「ウルル、そういう(ひと)なのよ」

「おかあさん、スペアって何ー?」

「『予備』とか、そういう意味よ。『幻獣種』の『疑似核』や、私たちの『分体』に近いわね。今の私も似たようなものだし。もっとも、彼の場合、それとも少し毛色が違う能力だと聞いているわ――――『予備(・・)である貴方(・・・・・)も本物なんでしょう?」


 フローラからの問いに、竜の姿のまま、器用ににっこりと微笑むエヌ。


『『繋がりの竜(ネットワークドラゴン)』だからね。そういう特質。まあ、そういう風に育てて行った、というべきかな? ふふ、やっぱりね、何となくへんてこな個性を伸ばすのって、楽しいよねっ!?』

「変わってますよね、貴方」

『うん、よく言われる』

「ふーん? グリードおじさんとかは、『結局、基本や正道が一番だ』って言ってたけどね」

『うん、それもその通りだね。ウルルちゃんもそうだね? 『自然属』の個性をまっすぐ育てた方が結果的に強くなる、だから、僕は『弱い』んだよ』

「……『原初の竜』の中では、でしょう? 『竜種』に生まれた時点で、十分な強さを持っているではないですか」

『君たち『精霊種』もね』


 どこか楽しそうに頷きながら、エヌが続ける。


『だから、僕、セージュ君みたいな子が好きなんだよ。今、手のひらにあるものを駆使して、盤面をひっくり返していく――――僕はね、本当の強さってなんだろう、っていつも思ってる。こっちの世界ではひとつひとつの種族差が大きい。一見すると、『強さイコール種族』と、そうなりかねない程に。僕ら『原初の竜』が求めているものも、結局のところ、そういう強さの極致に過ぎない――――でも』


 でも、とエヌがぽつりとつぶやく。


『でも――――そんなの(・・・・)面白くも何ともないじゃない。力の大小で価値が決まるだなんて。ひどい予定調和だと思わない?』

「ふうんー?」

「だから、貴方は――――ですか」

『そういうこと。さっきも言ったけどね』


 先程のエヌの言い分を反芻するフローラ。

 その姿を見つめながら、エヌはエヌで頷きを返して。


『楽をしようとしたのは否定しないよ。だから、きちんと責任を取るよ。『精霊種』が手を引いた分を僕が引き継げば、ここは十分維持できる』


 えっへんと胸を張るエヌ。


「……事情をうかがった後でしたら、私たち(『精霊種』)として、協力しても良いと思っていたのですが、不要ということですね?」

『…………』


 再度のフローラの確認に、一瞬エヌが黙って。


『…………ごめんなさい、強がりました。できれば、手伝ってください。その方が容量(キャパ)に余裕ができます』


 見た目とは正反対の弱腰でのお願いをするエヌに対して、フローラが嘆息して。


「わかりました。最後までお付き合いしましょう。ただし、その代わりに――――」

『わかってる。この件に関与した『精霊種』のみんなについては、『同期』の調整を行なう――――これでいい?』

「ええ。どうやら、それが私たちにとってもメリットになるようですからね」



◆◆◆◆◆◆



「ドラゴンが出たぞー!?」


 遠くで叫んでいる迷い人(プレイヤー)の声が聞こえる。

 その言葉を聞きながら、現状を確認する者がふたり――――ひとりと一羽。


「どうやら、死に戻った方のようですね」

『うんうん、さすが、エヌさま』


 普段はだらけてるけど、本気出すとかっこいいねー、と笑うユアハト。

 それに対して、奈々ちゃんも頷いて。


「本当にそうですね。もっとも、わたくしたちでもやりようによっては勝てる程度の能力だそうですよ?」

『それ、本当かなー? 『ザ・見掛け倒し!』ってエヌさまは言ってたけど』

「あの見かけだけでも十分にお強そうですから」

『まあ、どっちでもいいけどねー。うちたちにとっては』

「ですね。わたくしたちのすることは変わりませんから」


 あちこちで悲鳴があがっているのを聞きながら。

 今日も『魔王城』一階の受付は平和だった。

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