第456話 関係者への取材2
『呼びましたか?』
グースリーズの祈りに応えたのは、凛とした声だ。
澄み切っていて周囲に透き通るような美声と共に現れたのは『聖女』と呼ばれる存在だ。
緑色の髪を綺麗に束ね、カミュたちとは異なる厳かな衣装に身を包んだ女性が突然中空に現れたかと思うと、ゆっくりと祭壇までおりてくる。
そのたたずまいは、まさしく『聖女』の名にふさわしい。
何度かその光景を目の当たりにしているクラウドをして、なお、心の中で祈りを捧げたくなるような存在――――だと、感じていたのだが。
――――横からカミュが、それを遮る。
「ああ、そういうのいいから、別に。今呼んだのはあたしの要件だから、わざわざ取り繕わなくていいぞ、ローズマリー」
そんなカミュの言葉に。
「ええっ!? 何よ、カミュ!? 今、本気で忙しいんだけど!」
『聖女』の仮面が外れて、柄の悪い雰囲気が姿を現した。
その豹変ぶりのクラウドが呆気に取られている間も、ふたりの会話は続いていく。
「いや、すぐ終わるからさ」
「急いでよ!? 冗談じゃなくて、本気で余裕がないんだけど!」
「うん……? あんた、今、何やってたんだ?」
「だ・か・ら! 向こうにトライたち放ったらかしなのよ! 今、ちょっとやばい相手とやりあってるんだから!」
「あー、勇者さまと一緒か。あ、もしかして、今、『学園』の中じゃなかったのか?」
「そう! その隣の島!」
「そっかそっか、『幻獣島』に挑んでる最中だったか。それは悪かったな」
「……一応、そっちの子には言っておいたけど?」
そう言いながら、グースリーズの方を半眼で睨む『聖女』さま。
それに対して、グースリーズも肩をすくめて。
「えー、一応、言ったよ? 余裕がないかも、って。でも、この人がさっさとやれって」
「本っ当に人のこと考えないわよね、カミュのごり押し」
「そうそう。エヌさまも言ってる」
「悪い悪い。じゃあ、さっさと要件を済ませたら、帰っていいぞ」
「はぁ……あなた、本当にいつか後ろから刺されるわよ?」
「暗殺に気を付けるのは今に始まったことじゃないっての」
「開き直らないでよ! ――――もうっ! それで? 要件は?」
「今、あっちの迷い人から、取材ってやつを受けてるんだ。だから、これを見せるために呼んだんだ。ここが『教会』に許された『ログアウトポイント』のひとつだってのをな」
「――――っ!?」
「……ちょっとちょっと、もしかして、呼ぶことが目的だったの?」
「そういうことだ」
さらりと飛び出してきた話の内容にクラウドが驚いている間にも、カミュたちの掛け合いは続く。
「じゃあ、これで要件は終わりね? 帰っていい? 回復役がいないと死人が出る可能性もあるんだけど」
「わかったわかった……ああ、そうだ、ひとつだけ。ローズマリー、あんたにとって、エヌってのはどういうやつだ? それを答えてほしい」
「エヌ……? 『原初の竜』の中で、一番殺しきるのが難しいやつじゃない? 『蒐集家』、『自称最弱』、『複製無双』でしょ?」
「ああ、なるほどな」
「これでいい? じゃあ、私、戻るわよ――――ああ、そうそう」
「ああ、悪かったな――――うん? 何だ?」
「聞いたわよ、カミュ。あなたもお母さんを助けてくれたんでしょ? 縁が切れているとは言え、娘として感謝するわ」
じゃあね、とだけ付け加えて。
そのまま、『聖女』はその存在を空中へと溶かして消えてしまった。
後に残ったのは、呆気に取られているクラウドと、どこか疲れているグースリーズ、それに最後の言葉に頷いているカミュだ。
「……驚きました」
「ああ、びっくりしたか? こっちが素だ。『聖女』としてのあいつは性格を作ってるからな。あたしとしては、絶対に本性の方がノリがいいと思うんだがな。イメージってのは大事だから面倒なもんだよ」
クラウドの言葉に苦笑しながら頷くカミュ。
「今のあいつは、『学園』ってとこに潜入している。『無限迷宮』のひとつでもある『幻獣島』のすぐ側だな……ああ、てか、今、まさにそこにいたみたいだな。少しとは言え、悪いことをしたか。まあ、もっとも、その辺はエヌが調整してくれてるだろうがな」
「だと思うよ、たぶん、ロスは数秒だけじゃないかな?」
「今の話、それに……先程の話の内容ということは……?」
「ああ、クラウドが想像している通りだ」
頷きながら、カミュはグースリーズの眼を見ながら続ける。
「もういいよな、エヌ? クラウドは大体事実にたどり着いてる。もしそうでないとしても、『聖女』に関しては、『教会』側の管轄だったよな? だから伝えるぞ?」
その言葉にコクリとグースリーズが頷いたのを確認して。
カミュがシニカルな笑みを浮かべた。
「エヌが何者か、だったな? あいつはあんたら迷い人にとっては、別の世界の存在だ。『竜種』であることはもう既に知っているな? その『竜種』の中でも、特殊な方面に特化した能力を持っているやつだ。さっき、ローズマリーも言ってたと思うが、エヌの能力は『蒐集』と『複製』だ。条件付きではあるようだがな。その能力は小規模ではあるが、『世界』の『再現』すら可能なんだ――――つまり、ここ」
クラウドにそう言いながら、カミュが地面を指さす。
「ここは、エヌによって『再現』された『世界』だ。あたしたちがいるのは、そういう基盤が不安定な場所ってことだな」
「なるほど……ちなみに、カミュさんがそう仰るということは、あなたたちも?」
「ああ。ご想像の通りだ。あたしと、さっきの『聖女』は同じ理屈でこっちに召喚されたような状態になっている。厳密に言えば、少し違うんだが、解釈としてはそう思ってもらえばいい。要は、別の形ではあるが、クラウド、あんたたちと同じってことさ」
そして、とカミュが続ける。
「こっちのシスター・グースリーズはまた別だ。こいつら、エヌの『眷属』はエヌの能力の内側にいる。一応、あいつに言わせると『子供たち』ってことになるらしいが……そっちに関しては、あたしもよくわからない。詳しい理屈について、直接聞いたことがないからな」
「それについては、わたし自身もよくわからないね」
カミュの言葉にグースリーズも頷く。
どうやら、『眷属』に対しても、エヌ氏は細かい説明はしていないのだろう、と理解する。
「あたしがこの『ゲーム』について感じるのはそんなところだ。実際、『世界』を管理しているのはエヌだろうが、『死神種』のやつらの思惑も絡んでいる以上は、すべての目的を把握するのは難しい。思惑がひとつじゃないからな」
「では、そのエヌ氏と『死神種』、それぞれの思惑を個別に推測した場合はどうです?」
「そうだな……エヌのやつはそもそも、『死神種』と手を組んだ理由が不明だ。ぶっちゃけ、『世界』を『再現』するだけなら、あいつの能力だけで可能だろう、というのが『教会』の『三賢人』の話にもあったからな。だとすると、何らかの魅力的な報酬目当てか、あるいは――――」
「あるいは?」
クラウドの問いに対して、クラウドの眼を真っすぐ見て、にやりと笑うカミュ。
「あんたらの『世界』に興味があって、あんたらを呼んでみたかっただけ、とかな。案外、もう既に、エヌの目的は果たされているのかもしれないってな」
それはエヌの能力だけでは無理筋なはずだ、とカミュ。
なるほど、とクラウドもその言葉に納得する。
確かに、彼女の推測はおかしなところがなさそうだ。
「では、『死神』側の目的は?」
「前に、セージュたちにはそれとなく言ったから、あんたらにも伝わってるかもしれないがな。あたしらのいる世界ってのは少し変わっていてな。あっちこっちの『異界』から漂流物が流れつくようになってるんだ」
「そう……なのですか?」
「ああ。それは別に『死神種』が仕組んでいるわけでもないらしい。だが……ふと、あたしが感じるのは、もしかすると『死神種』のやつらは、その『漂流物』が流れ着く、その勢いを加速したいんじゃないか、ってことだ」
「つまり……?」
ああ、とクラウドの問いに頷きながら、カミュが笑う。
「あんたらの世界から、色々とこっちへ送り込みたい、ってのが狙いなんじゃないかと睨んでる」
――――やはり。
そのカミュの意見によって、今、自分が抱えている問いが腑に落ちたと感じるクラウド。
――――だから、失踪者、か?
と、不意にもうひとつ、別の疑問が浮かんできた。
「ところで、あなたたちも別の世界の住人でしたら、あなたたちが協力している理由はどこにあるのですか?」
そのクラウドの問いに、カミュがシニカルな笑みを浮かべて。
「悪いな、その問いについては『答えられない』、だ。あたしも教会内での立場があるからな、まあ、もっとも――――」
「え……?」
「すでに、『教会』としてはプラスになっているな。『中央大陸』の危機のひとつが好転したのと、『グリーンリーフ』との有益な伝手を得られた――――ムカつく話だが、『三賢人』のやつらの判断が間違っていなかったってことになる。あたしにとっては不愉快な話だがな」
不愉快、と言いながらも笑顔を浮かべるカミュ。
「後はそうだな……先のことを考えるのなら、今後もあんたらみたいな連中がやってくるんだろ? なら、今後の付き合いのための先手を打っておくのは『教会』としても悪い話じゃないってことさ。今言えるのはそこまでだな」
なるほど、と頷きながら。
ここで得られた情報を頭の中で改めて整理するクラウドなのだった。




