第455話 関係者への取材1
「ここは……?」
「ああ、クラウドも知ってるかも知れないが、この町で『聖女』を呼び出すための空間だな」
カミュへの取材の一環として、その仕事に同行させてもらっていたクラウドだが、その際に連れてこられたのがここだった。
――――『聖女の間』
もう既に、迷い人の間ではおなじみとなっている場所だ。
『オレストの町』の教会の奥にある、天井が高いだけの殺風景な部屋。
祭壇のようなものの他には何もないその場所には、対価を支払うことで『聖女』が降臨してくれる、というのはクラウドを含め、多くの迷い人が知っている場所だろう。
何せ――――。
この場所では、薬などで回復困難な状態異常などを格安で治癒してくれるのだ。
クラウド自身も猛毒状態に陥った時に利用させてもらったことがある。
なので、それについては何も問題もないのだが――――。
「なぜ……? ここに何かある、ということでしょうか?」
「まあな。少なくとも、クラウド、あんたが知りたいことの一端が垣間見えると思うぜ?」
そう言って、シニカルな笑みを浮かべるカミュ。
その表情を見ながら、クラウドはこの取材を申し込んだ時のことを思い出す。
◆◆◆◆◆◆
『それで? 相談ってのは何だ、クラウド?』
『いえ、相談ではなく、取材をさせて頂けないかというお願いです』
『魔王城』の一階にある教会設備で、そこにいたコッコとじゃれて遊んでいたカミュに対して、クラウドは密着取材の話を持ちかけていた。
『『取材』……? だから、取材だろ? あたしの意見を聞きたいってことなんだから』
しかしながら、返ってきたのは、カミュの『何言ってるんだ?』的な困惑した表情混じりの言葉だ。
そのことに、クラウド自身も違和感を覚える。
と同時に、言葉と意味が二重聞こえのように感じることに気付いて。
スキルの中にある『自動翻訳』のことを思い出す。
――――もしや、こちらの世界には翻訳できる表現の言葉がない?
『自動翻訳』の不完全な部分。
そのことに気付いて。
なおさら、クラウドは『この世界』についての疑念が信憑性を帯びてきたことを感じる。
目の前のカミュというシスターは、明らかに、この『ゲーム』について、他の存在よりも深いことを知っている。
そう感じていたクラウドは彼女を取材する機会を狙っていた。
もしかすると、そこから『異世界』に関する情報を聞き出すことができるかも知れない、と。
現状、ビリーたち『横浜組』の存在について、編集長からの追加情報も届いていた。相変わらず、編集長の情報網の広さには舌を巻くが、それはそれとして興味深い話も得られてはいる。
……いるのだが。
無策で踏み込むには危険が孕む相手だ、と。
そういう風にも感じていた。
そのために、今は別の方面から、周辺の情報を埋めていく作戦を取っていた。
ひとつは迷い人の中の失踪者の足取りを探るというものだ。
当初に比べ、『フレンド通信』がいつの間にか届かなくなっている迷い人の数が増えつつあるのだ。
単なる、仕事的な離脱であれば、そこまで問題はないのだろうが、編集長からの情報を踏まえた場合、その可能性は限りなく低いとしか言いようがない。だからこその調査だ。
その、ある仮説に関しては、以前、エヌ氏を取材した際のコメント内容とも一致する。
――――『受け皿』としての世界。
そのことに気付いた時、思っていた以上の大きなヤマに踏み込んでしまったことに、思わず冷や汗が出た。
本当に、一介の一編集者にとって、荷が重すぎる話だ、と。
いや、編集長にしても、一ゲーム雑誌として抱えるには少しばかり重過ぎる話のようにも感じるのだが、相変わらず、編集長の対応は普段通りの軽い感じのものだった。まるで、この程度の話は当たり前の経験であるかのように、だ。
相変わらず、謎の多い人だと、クラウドは感じつつ、思考を元の方向へと修正する。
そしてもうひとつの作戦が、情報を持っていそうで、かつ明らかにこちら側の迷い人ではなさそうな存在に取材を行なっていく、というものだ。
本当はカミュに対しては、もっと早く接触を持ちたかったのだが、なかなか、その動向を把握できなかったのだ。
移動できる範囲がかなり広い、ということはアスカなどからも聞いてはいたので、たまたま、『町』の周辺にいないことが多かったのかもしれない。
あるいは、そもそも、このゲームの中にいなかった、かだ。
彼女がいない間も、複数の住人との接触は果たしていた。
だが、タウラス神父にせよ、『薬師』のサティトさんにせよ、そこまで踏み込んだ内容の話には及ばなかった。
エヌ氏に関する情報についても、サティトさんが彼が『竜種』であることを教えてくれたぐらいだが、それについては、すでにジェムニーさんら、ナビたちから聞き出していることなので、さほど進展はなかった。
やはり――――。
鍵を握っているのは目の前のシスターの少女だ。
その幼そうな見た目とは裏腹に、どこか場慣れ、というか世渡り慣れした雰囲気を感じさせる彼女。
もしかすると、クラウドよりも歳を重ねているかも――――。
『おい……何か失礼なことを考えたか?』
『いえ、特には』
そう少しだけ荒げた声をかけられて、慌てて考えを打ち消すクラウド。
やはり、女性相手にそういうことは失礼にあたるだろうと、心の中で謝罪しつつ。
『まあ、いいや。それで、何について取材したいんだ?』
『いくつかありますが、ひとつはエヌ氏が何者であるかについて。そして、もうひとつは、この『ゲーム』についてのあなたの私感をお聞かせいただきたいです』
『ふうん……何が言いたい?』
『知らずに済むのでしたら、それに越したことはなかったのですが、そうも言っていられない事情ができてしまいましたので。可能な限り、足掻いてみようかと』
『へえ……』
その言葉を聞いて、ニヤリと笑みを浮かべるカミュ。
その表情に一瞬だけ、嫌な予感を感じながらも。
『なら、ちょっとついてきな。あたしにも話せることと話せないことがあるが、その範囲内で、クラウド、あんたの疑問について、少し触れてやるよ』
◆◆◆◆◆◆
そのまま、連れてこられたのが、『聖女の間』だ。
そのことにクラウドが疑問の表情を浮かべていると。
「おーい! シスター・グースリーズ! いるか!?」
カミュも声がその部屋に響いたかと思うと。
一拍遅れて。
「……なに? もう……面倒くさいなあ……」
「あんた、その態度はなんだよ? それでも教会のシスターかよ?」
「えぇ……? だって、本当は働きたくないし」
のそりと現れたのは、髪の毛もぼさぼさで無造作のまま、一応はカミュと同じようなシスター服を身にまとった女性だった。
すでにクラウドも会ったことがある女性。
シスター・グースリーズ。
一応、この『ゲーム』のお助けキャラ的な存在でもある『ナビ』のひとりで、『聖女』との交信のお役目を持っている少女だ。
そのため、『けいじばん』でもそのキャラクターについては有名なのだ。
何せ、ファーストコンタクトの際のインパクトがすごい。
クラウドが最初に感じたことを一言で表すなら、『だらけシスター』だろうか。
向こうの世界で出会ったら、家で働きもせず、ゲームばかりをしているような引きこもり系の妹属性の少女。
そういった感じの印象を受ける。
体型もぷにっと小太りで、化粧もしていない、にも関わらず、どこか可愛らしい、のだけれども、全身から倦怠感オーラを発して隠そうともしない。
『聖女』を呼ぶ時以外では、教会に来ても遭遇できないところを見ると、どこかに隠れているのだろう、というのが『けいじばん』での推測だ。
呼べば現れるのに、用が無い時は遭遇ができないという不思議キャラである。
そんな彼女の態度に嘆息するのは、金髪少女シスターのカミュだ。
クラウドの眼には、どう見ても、しっかりものの妹が姉をしかっているようにしか見えないのだが。
「あんたなあ……その姿を見たら、エヌのやつが泣くぞ?」
「え? なに言ってるの? こういうわたしみたいなのがエヌさま好きなんだよ? 前にそう言ってたもん」
だから、働きたくない……とぐだるグースリーズ。
「マジかよ……?」
「うん、ダメな子可愛がるのもエヌさまの趣味だよ?」
「趣味悪いな、あいつ」
「だから、わたし、『帝国』の『残念姫』の因子持ちなんだって」
「……さらっと、重要情報をあたしにリークするな……はぁ、なるほど、あいつか……だから、あんた、エヌの眷属にしてはめずらしく人間種なんだな」
「そういうこと」
はぁ、どこか疲れ果てたような感じでカミュが嘆息して。
「まあいいや。あたしからの用事ってことで、特例で『聖女』のやつを呼び出してくれ」
「えっと……回復じゃなくて?」
「ああ。それとは別件だな」
カミュの言葉に少しの間、カミュとクラウドの間に何度か視線をやったあと、何かに頷いたようにして、グースリーズが応じた。
「わかった……でも、大丈夫かな? 向こうに余裕がないかも……」
「ほんの少しでいいんだ」
「仕方ない……これもお仕事、これが終われば休める……じゃあ、行くよ――――」
「いいから、さっさとやってくれ」
カミュがイライラしだした横で、グースリーズによる『聖女』の呼び出しが始まった。




