閑話:朽ちた教会にて
「あなたがこの場所を護るボス?」
「いかにも」
朽ちた教会のような場所で、ファンたちと対峙しているのはひとりの男だ。
リディアとセージュが戦うという、よくわからない状況に戸惑いつつも、ゲームでは迷い人同士の戦いもあるということは聞かされていたファンは、そういうものだろうと考えて、先へと進んでいた。
そのまま、人形の館風の区画を抜けて、いくつかの部屋を通過した後、たどり着いた場所がここだった。
セージュを除けば、この『お城』に入ってから、初めての意志の宿った目をしたボスの登場に緊張感が高まる。
見た目は普通の人間にように見えなくもないが、ゆらゆらと揺れる周囲のロウソクの光が映し出す、男の肌の色は病的なほどに白い。
肌の白さで言えば、一緒にいてくれているリディアも雪のように真っ白ではあるが、そちらは真っ白にもかかわらず、健康的な明るさを伴っているのに対し、男の肌はどちらかと言えば、ファンたちが病院で見かけるような色だ。
もっとも、身体付きは細身ながらもがっしりとしていて、全体としては病弱というイメージを薄めているようにも見えるのだが。
正直、問いに対して、普通の言葉が返ってくるのが驚きだった。
ボスというからには、今まで出会ったモンスターたちのように、問答無用で襲い掛かってくるものだとばかり思っていたから。
そんなファンに対して、横に立っていたリディアが首を横に振って。
「ん、魔族にも人格者は多い。もちろん、そうじゃないのも多いけど。デュークは話が通じる方」
「えっ!? リディアさん、顔見知りの方なんですか!?」
「ん。ここじゃないけど」
「…………ここじゃない?」
リディアの言葉に、ファンの後ろを護っていたヨシノが不思議そうな表情を浮かべるのが見えた。
もっとも、このゲームの中だけの付き合いだが、ファン自身、たまにリディアがよくわからないことを口にするのは耳にしていた。
なので、このきれいな人は妙に、この世界でも顔が広いということも薄々わかっていて。その言動についても、そういうものだと割り切っている。
どこか不思議ちゃんな雰囲気とも相まって、そういうキャラクター性が備わっている人である、とも。
どうやら、そのファンの認識は、相手の男の人も同様に感じているらしく、リディアの姿を見て、笑っているような困っているような複雑な表情を浮かべている。
「ふむ……よもや、君が来るとはね。スピカ嬢から通達は来ていたのだが、ふふ、正直驚いたというところだよ。本当に、どこにでも現れるのだね」
「ん、そう。美味しいものがあるところなら、どこにでも行く」
「ああ、すまないが、さすがにここでは持て成すのは難しいな。俺もどちらと言えば、興味本位の傍観者だからね」
「大丈夫。こっちのファンが凄腕料理人」
「あの……リディアさん、ぼく、家庭料理レベルですよ?」
「ん、大丈夫、玄人はだし」
そう言って、頭をなでてくるリディア。
なぜか、ボス部屋にも関わらず、緊張感が吹っ飛んでしまったような会話に、ファンが戸惑っていると、目の前の男――――リディアがデュークと呼んだ男が続けて。
「もっとも、俺も状況は察しているよ。何せ、傍観者だからな。だからこそ、ここでも適当に足止めに興じるつもりだったのだがな……ふむ」
そう言いながら、何かを考えるように男があごをかいて。
「そうだな。少しだけ、待たないか?」
「待つ……? 何をです?」
「俺の周辺視が告げているのさ。少し待てば、面白いことになる、とな」
「…………?」
何だろう、とファンが思う。
何となく、目の前の男からは、リディアに似た雰囲気を感じるのだ。
どこか浮世離れしているというか、同じ言葉を使っているはずなのに、言葉が微妙に通じていないようなズレを感じるというか。
そう、ファンたちが戸惑っていた、その時だった――――。
その場に、突如として、別の扉が開いて。
――――闖入者が現れた。
「ふふ、来たな」
「――――えっ!?」
ファンが現れた存在に目をやると――――。
「えっ!? 十兵衛さん!?」
「おっ! ファンの嬢ちゃんとヨシノの嬢ちゃんじゃねえか。おい、くそ弟子――――何か、変なとこに出ちまったんじゃねえか?」
「いや、他の人の前でくそ弟子って言い方はやめてくださいよ、先生。この中ではアルフって呼んでください。αからのコードネームですから」
「はん! 手前、さっきも思ったが『こーどねーむ』とかださくねぇか?」
「わかりやすいでしょう? 米軍式とは少し変えてますけど」
ええと、と突然の展開に戸惑いを隠せないファン。
闖入者はふたり。
ひとりは顔見知りの十兵衛だ。
中身老人の少年エルフの剣士。
そして、もうひとりは今まで会ったことがない相手……だと一瞬思ったのだが。
「――――あれ?」
「ん?」
「ファン君、どうしたの?」
「あの……ヨシノ姉さん、あの人の眼……」
「眼?」
「見覚えありません? 何度か病院で――――」
十兵衛にからかわれながら、苦笑いをしている男の人。
その眼を見て、なぜか既知のことのように感じて驚くファン。
そんなファンの表情に気付いたのか、その男は男で、どこか驚きの混じった表情をファンへと返してきた。
――――と。
その時の、男のどこか興味深げにファンのことを見つめる視線で、ある種の確信へと至る。姿かたちは違っているけど、その眼の印象は忘れられなかったから。
「優芽さんのお兄さん……?」
「お……! ほとんどパーツは変えているはずなんだが、よくわかったな、扇」
にやり、という擬音がつきそうな笑みを浮かべるのはその男だ。
「人間の細部まできちんと覚えているのはさすがだな。台詞のたぐいを一瞬で覚えてしまうってのは伊達じゃなさそうだ。音瑠のやつとも会ったが、まったく気付く気配がなかったからな」
「ネルちゃんと!?」
「ああ。途中までパーティーを組んでたんだがな。悪いな、襲撃の時に守り切れなかった。相手の能力が未知数だったせいで、妹の捜索を優先させてもらったんだ」
「何だ、お前らも知り合いだったのか?」
「ええ、先生。俺も多少は古典芸能と縁があるんですよ、仕事柄」
「はん、相変わらず、胡散臭ぇ仕事だな」
驚いた、とファンが内心で思う。
今の言葉から、この男が、そうであるのが間違いないと感じて。
「捜索ということは、やっぱり……優芽さんがヴェルフェンさんで間違いないんですね?」
「ああ。その話は伝わっているはずだろ?」
「では、師匠が言っていたことも……?」
「そういうことだ。妹の身体が消えた。まあ、それ自体は想定済みのことだったんだが、取引がきちんと成立しているのか確認する必要があったからな。それで俺も動いているってわけだ――――おい、扇。どこまで事情を聞いている?」
「僕が……僕たちが聞いているのは、優芽さんがヴェルフェンさんだったということと、その優芽さんの身体が病院から消えてしまったというところまでです。ですから、この中で出会えるように、探し回っているんですけど……」
「まあ、そんなところだろうな。それ以上の情報には制限がかかっているはずだ。まあ、もっとも、そのことをお前たちが知ることができたのも理由があるんだが」
「……えっ?」
「まあ、それは後の話だな。『可能性』が真実かどうか、大事なのはそっちの方だ」
どこか不穏な言葉にファンが表情を変えるのと同時に、話を逸らされてしまった。
どうやら、それ以上はファンたちに話してくれそうにないようだ、と感じて。
「ふふ、興味深いな」
不意に、その場に第三者がいることを思い出す。
そう、ここはボス部屋だったことを。
そして、改めて、デュークのことを目にして、十兵衛が口元に笑みを浮かべて。
「お前が、ここの『ボス』ってやつか?」
「ああ。その通りだよ」
「強そうだな?」
「ふむ、君の主観に対する是非はないが、少なくとも永き時を生き残ってきた、とでも言っておこうか」
「あの……先生……?」
「黙ってろ、くそ弟子。手前もこういう時のために俺に頼み込んだんじゃねえのか?」
「そうですけど、避けられそうな戦闘に首を突っ込むのは……ああ、はい、わかりました、わかりましたよ。先生のご自由にどうぞ」
あ、説得を諦めた、とファンは思った。
さじを投げたような表情がそれを語っていた。
そして――――。
そのまま、その朽ちた教会での戦闘が始まった――――。




