第453話 木のおうちにて
「ふうん……これはなかなかだね」
「でしょ!? わたし、がんばったもの!」
『魔法屋』ことアリエッタの感心する言葉に気を良くするビーナス。
今もビーナスの周囲にはくるくると三つの火の玉が回転しながらも留まったままになっている。
「うん、植物系統の種族で、ここまで『火魔法』を使えるのなら問題ないかな。苦手属性の魔法制御。そのレベルに足を踏み入れたってことだから」
「ふふ、お婆様の加護をきちんと扱えていますね」
「そういうこと」
眼鏡を手でクイッと直しながら微笑むアリエッタ。
その横には、これまた笑顔でビーナスの方を見つめるラルフリーダの姿もあった。
今、ビーナスがいるのはラルフリーダの『木のおうち』の裏庭だ。
ビーナス用の畑に根を下ろしながらの魔法の練習。
そもそも、ビーナスがラルのところまでやってきたのは、セージュからの頼みによるものだ。
ラルと会って、どうしてもやらなければならないことがある。
そのためにアルルたちに『憑依』してもらったりして、ここまでやってきたのだ。
精霊種のアルルが憑いた状態だと、ビーナスもふわふわと浮くことが可能になるので、移動がすごく楽なのだ。あまり早く飛ぶことはできないけど、ある程度、自分の思い通りに飛んで移動できるのは、ビーナスにとってもうれしい体験だった。
今も『憑依』は続いているため、ビーナスの中にはアルルがいる。
その一方で、フローラから別の用事を申し付けられたウルルは別行動となっている。
状況としては、そんな感じになる。
それで、なぜアリエッタの前でビーナスが魔法を披露しているのか、その理由について、話は戻る。
興味深げにビーナスの方を見つめていたラルフリーダが頷いて。
「間接的ですが、お婆様の加護はきちんと残っているようですね」
「今の状態なら、『封印』を緩めても大丈夫かな」
「アリエッタの眼で見ても、そう思いますか?」
「絶対ではないけど。それでも『千年樹』様も守ってくれるはず。あっちが少し元気になったおかげで、つながりが少し増えている。だからこそ、たぶん、大丈夫――――それが『直死』の属性因子であっても」
そう。
今、ビーナスが受けているのは、ひとつの審査。
ラルフリーダが科せたスキルの『封印』を解いても問題ないかどうか。
そのチェックのために、今のビーナスの状態をつぶさに調べていたのだ。
『ルーガを助けるためには、ビーナスの本来の力が必要だ』
そう、セージュはビーナスにお願いする時に言っていた。
本来の力。
最初にセージュと遭遇した時の、まだすべての能力が封印されていなかった、あの時の。
「そうですね。少しずつではありますが、私のかけた『封印』が解けつつあるようでしたね。おそらく、ビーナスさんの『叫び』が封じられたことで、能力そのものが別の形で顕現しつつあるのでしょう」
もしかすると、すでにそれが形となって表れているのかもしれません、とラル。
その言葉には感心したような響きがある。
「『制御』ができるのは、『封印』が緩む条件のひとつです。怖いのは能力そのものではなくて、使い手の未熟さゆえ。というのはお婆様も昔仰っていたことです。ですから、『グリーンリーフ』における封印術は、そこが基準になっております」
「でも、ラルさま。わたし、別に元から制御はできてたわよ?」
「ふふ、あの時はそうではなかった、ということかもしれませんよ? 私の『封印』が効いたのがその証拠です」
「そうだね。種族スキルは生まれ落ちた時から使えるから錯覚しやすいけど、実は使いこなせていないケースがかなり多いよ」
ラルの言葉を捕捉するようにアリエッタも頷く。
「そうなの?」
「そう。そもそも、自力で習得した能力じゃないからね。『最初からある』というのは利点でもあり欠点。『本当の形』がわかりにくいから」
「魔法もそうですよね、アリエッタ?」
「その通り。エルフは魔法に秀でている。でも、根本の部分で優れた使い手になるのは、ほんの一握り。大抵はさっきも言った苦手属性の壁に阻まれることになる。でも、そういうエルフはプライドが高いから、教えを乞うのをよしとしない。結果、『壁』を破ったかどうか。そこで二分化される」
と、アリエッタが基本属性の魔法を次々と切り替えて使って。
「これが『壁』を越えた証。『使える』のと『使いこなす』のでは大きな隔たりがある」
「……魔法の話はいいけど。要はわたしの力も少しは成長してるってこと?」
「おそらく。見た感じ、ビーナスの魔法には『直死』の因子がわずかに乗っている。それ自体では効果は薄いけど」
「え!? そうなの?」
「自分で効果を薄くしている可能性もあるけど。その場合は、制御によるところだね」
「……あっ!」
そこまでアリエッタの言葉を聞いて、ビーナスがあることを思い出す。
「たぶん、それ……」
――――マスターと出会ったからだ。
マスターってば、やっぱり、変なところがある。
自分だって、襲い掛かってきたモンスターを倒したりしてるのに、わたしの本当の能力が親しい人に知れることを嫌がるところがあるのだ。
怖がられないように、って。
自分だって、モンスターを殺しているのに……変なの、とは思った。
変なの、とは思ったけど、だけど、それに気付いて、少しこの辺が温かく感じたのも事実で。
だから、たぶん。
「きっと、それって、マスターが――――」
「俺の話か?」
「そうそう――――って!? どこから現れたのよ、マスター!?」
いきなり、ポンと肩を叩かれて、思わずびくっとするビーナス。
振り返ると、そこにセージュとルーガが立っていて。
ビーナスの叫び声に、ふたりとも逆にびっくりしたように目を白黒とさせて。
「いや……今、チャンスだと思って、ルーガを連れて最短距離を突っ切って来たんだけど……なあ、ルーガ?」
「うん、何とか、見つからずに、ここまで来れたと思うよ?」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて! びっくりするじゃないの!」
「ごめんごめん」
「ごめんね」
素直に謝ってくるふたりに、毒気を抜かれて嘆息するビーナス。
と、横にいたラルフリーダも小首を傾げたまま、ふたりに尋ねる。
「チャンスとはどういうことでしょうか? それに、先程のお二方の用いていた能力はノーヴェルの……?」
「あ、はい。今、ちょっと『お城』が混乱中みたいなんですよ。気付かれずにルーガが脱出できたのが、その証拠ですね。それと、ノーヴェルさんとも再会できました。色々と俺に対しては思うところがあるみたいですけど……何とか、協力してくれてます」
「そうでしたか……」
「ちょっと、ちょっと、マスター!? どうなってるのか、わたしと別れたあとの説明!」
「そうですね、あの『お城』のことは私もまだ聞いておりませんので、どういう状況なのか、ご説明頂けますか?」
「あ、うん、はい、わかりました――――ビーナスはもう知ってる部分もあるけど、ラルさんたちに説明するから、一から話すぞ?」
「いいわよ」
「お願いします」
「わかりました、では――――」
そのまま、セージュが『お城』での話をすることになった――――。




