第452話 農民、『それ』と遭遇する
一見するとただのスライム。
いや、ただのスライムってなんだ。
見た目だけなら、桃色の水まんじゅうのような感じだ。
そういえば、こっちの世界の粘性種って、目があるやつと目がないやつがいるんだよな。
たぶん、その辺は個体差で自在なんだろう。
エヌさんと会った時は、目がなかったのに、この桃色のスライムには目がある。
つぶらな瞳。
いやいや、可愛いかどうかは、個人の好みによるだろう。
――――じゃなくて。
これがただの粘性種であるはずがない。
『ふふっ♪』
そんな俺の考えに合わせるように、目の前の粘性種から笑い声が発せられる。
やっぱり。
さっきもそうじゃないかと思ったが、この粘性種――――。
『わかるわよ? そのぐらい』
やっぱり。
この粘性種は俺の考えを読んでいる。
「セージュ……この子って」
ルーガが何かを言おうとする、その前に、その粘性種が言葉を発する。
『ふふ、『おなかすいたー』』
「――――っ!?」
その言葉と同時に、視えない何かが俺の身体を駆け抜ける感じがして。
途端に身体の自由が利かなくなる。
「セージュ!?」
『ふふ、大丈夫。加減はしてるから。ご主人様が心配するようなことは何もないわよ?』
その言葉にもう一度、ルーガが驚いて。
ややあって、頷く。
「やっぱり……ゼラティーナ?」
『ふふふ、あたーり♪ こちらでは初めまして、ね♪』
そこでようやく、ゼラティーナが桃色の身体のまま、人型を取る。
薄い羽衣のようなものまでも、ピンク色の身体で再現された若い女性の姿だ。
それを見て、俺も思う。
……ジェムニーさんに似てる?
『ふふ、それは逆よ。あの子がわたしに似ているの』
……。
喋れなくても、意思疎通が取れるから、ある意味便利だな。
身動きが取れない状態のまま、そんなことを考えていると。
『わたしが危険だと思った?』
「――――っ!?」
ゼラティーナが発したのは核心をついた言葉だ。
確かに、俺がさっき、ルーガを助けるための脅威として考えていた相手のひとり。それが目の前の粘性種だった。
『まさか♪ ふふ、わたしはご主人様の味方よ? 彼女が不幸になる手助けをするはずがないじゃないの』
心の底からそう考えているであろう、明るい口調。
だが、俺は以前のカミュのつぶやきに含まれていた脅威についても覚えている。
もしかすると、目の前の相手がすべての――――。
『だって仕方ないじゃない。今のままじゃ』
「えっ?」
『強さがなければ、強さを見せられなければ、ただ利用されて終わりよ? 別にね、わたしが甘やかして、ゼルンベルルで包み込んで護ってあげてもいいけど、それじゃ、先がないでしょ?』
「先……」
『そう。ふふっ♪ 今度こそ、幸せになってほしいと思ってるのよ、わたしもね♪』
どういう意味だ?
今のゼラティーナの言葉には大事なものが混じっているような気がする。
『強さによる蹂躙。それと飴と鞭。それを上手に使い分けた結果。ご主人様はほとんどひとりになったわ。だったら? だったら?――――」
にぃ、とこちらを真っすぐ向いて笑み崩れるゼラティーナ。
『――――だったら? 隣に肩を並べて歩くものには何が必要? それがわかれば――――』
そう言って、笑みを消して、ゼラティーナが頷く。
『――――そうすれば、可能性がある。考えなさいな、迷い人の貴方』
――――と。
不意に奪われていた身体の自由が戻ってくる。
そして、再び、目の前のピンク色の女性が笑って。
『頑張りなさいな。少なくとも、貴方には見込みがあるわ。『グリーンリーフ』でやったことを思い出して』
そう言って。
そのまま、目の前の空中へとゼラティーナが溶けて消えた。
◆◆◆◆◆◆
『ふふ、見込みはあるわ』
セージュたちから離れた場所へと移った後、ゼラティーナがひとりごちる。
『だって、わたしは見ていたもの。その覚悟があるのなら、その考えに至っているのなら。だったら――――『魔王』を倒すことも可能よね? ふふっ♪』
そこまでつぶやいて。
ふぅ、とそこで少しだけ悲し気な表情を浮かべて。
『できれば、こっちのご主人様も……ね。そのきっかけだけでも、ね』




