第450話 中と外
「ルーガ、こっちでいいのか?」
「うん。もうちょっとではぐれたところに着くよ」
今、俺たちがいる場所は『魔王城』の裏ルートのひとつ。
縦横にあちらこちらに伸びている太めの配管のような空気穴のような空間を、下へ下へと降りているところだ。
ルーガに案内されて向かっているのは、ヴェルフェンさんとルーガたちがはぐれた場所だ。
現状でやるべきことはいくつかあるけど、その中でも重要な項目のひとつが『ヴェルフェンさんと合流する』ことになるだろう。
ルーガとは別の『魔王の欠片』を持っているであろう魔猫さんに会うことで、少しでも別の角度からの情報が欲しいし、もし可能ならば、共闘できる相手として、その協力を仰ぎたいところでもあるし。
「ルーガの爺さんから逃げたのは間違いないんだろ?」
「うん、たぶん。その時はわたしが残ったから、追いかける人もいなかったけど」
言いながら、垂直に伸びる縦穴の壁を蹴る行為を繰り返す俺とルーガ。
直径10メートルほどの奈落の底まで続いているんじゃないかと思えるような、そんな深い穴を無理やり通路として活用するのは、結構骨が折れるのだ。
自由落下しないように、三角飛びの要領で壁を交互に蹴りつつ、時々、配置されている横穴で小休止を交えて。
下へ下へと降りていく。
もちろん、言葉で言うほど簡単な話じゃない……のだが、それについては先程借り受けたスキルのおかげで問題なく進めていた。
ノーヴェルさんの能力のひとつ、らしい。
身体を軽くしつつ、飛んだ時の滞空時間を増やすことができる能力。
一応、『闇魔法』の魔技の一種なのだとか。
疑似アイテム袋の能力といい、重さを軽くする能力といい、『闇魔法』って、面白い効果があるものが多いようだな、とは思った。
「ね、ノヴェが手伝ってくれて良かったよね、セージュ」
「まあな……さっきは殺されるかと思ったけど」
ルーガの言葉に苦笑しつつ答えながら。
先程のノーヴェルさんとのやり取りを思い出す。
強烈な殺気を交えながらも、根底にあったのはルーガに対する真摯な想いだったのだろう、というのだけは感じた。
『…………もう二度と主様を悲しませるような真似はないようお願いします』
パーティーを組む条件。
こちらに協力する条件として、厳命されたこと。
投げかけられたのは血を吐くような言葉だった。
だからこそ、その言葉に応えたいと思った。
元より、そのつもりであったとしても、だ。
今もなお、ノーヴェルさんはルーガの『寝室』に残ったままでいてくれている。
わずかな時間を稼ぐための偽装に付き合ってくれているのだ。
ルーガの『魔王の欠片』の能力そのものの共有。
デュークさんによる隠蔽。
それらの効果で、今の俺はまだ『死に戻っ』ていない状態として偽装が続いている。
ルーガ自身は『瞳の間』の捜索機能の外側にいるため、現状、俺たちは直接遭遇した相手を除き、その動きがわかりにくくなってはいるのだ。
もちろん、絶対じゃないけど。
当然、不自然さまでは完全に隠すことはできないので、偽装できるのはわずかな時間だと思っている。
そこまで甘い相手じゃないしな。
ただし。
そのわずかな間にもできることがある、ということでもある。
さて――――。
「ルーガが会った時、ヴェルフェンさんには変わった様子はなかったんだよな?」
「うん、お婆ちゃんの家とかで一緒だった時と同じだよ。あ、そうそう、空中を蹴ったり泳いだりできるようにはなってたよ? ちょっと、能力を貸してもらったりしたし」
ルーガの言葉に少し驚く。
へえ、『泳術』って、発展するとそういう使い方もできたのか?
空中も泳げるってのは、かなり便利なスキルだろう。
『飛行系』や『浮遊』の能力とも遜色ないし。
だから、こんな縦穴のような通路も使って逃げ続けることができているのだろう。
「というか、ここは見た目通りの『塔』みたいな造りなんだな?」
この『魔王城』の外観はかなりの高さになっていた。
さすがに向こうで見た『千年樹』ほどではなかったけど、それに準ずるレベルの建物ではあったわけで、上層階から下層階まで真っすぐ縦穴をくりぬけば、このぐらいの規模になるだろう。
正直、ふわふわと落下速度が落ちていなければ、下を見るのが怖いほどの奈落の底へと穴が通じているようにも見えるし。
大分、下に降りたにも関わらず、まだ、穴の底は見えない。
正直なところ、ここもダンジョン部屋のひとつだと言われてもおかしくはないぐらいだ。
「うん、でも、ここって通れる人しか通れない場所みたいだよ?」
「そうなのか?」
「うん。セージュもほら、今、わたしと権限を共有してるから」
「ああ、だからか」
結果として、『魔王の欠片』のスキルの共有を試して正解だったってことだろう。
元々、デュークさんの『隠蔽』だけで何とかするつもりが、俺の思い付きで、ダメ元でルーガの『魔王の欠片』を『魔王の欠片』の能力で共有できないか、試してもらったところ、普通に共有できてしまったのだ。
正直、これについては理屈的におかしいのは俺もわかってる。
効果の元となっているスキルにそのスキルをかけているようなものだものな。
考えているだけで頭が痛くなってくる気がする――――が。
できたのだから仕方ない。
というか、だからこそ、ルーガの『魔王』スキルは恐ろしいのかもしれない。
『共有』に関する部分が異常だ。
結局のところ、ルーガの爺さんが固執しているのもそのせいなのだろうし。
「…………」
「セージュ?」
「何でもない。それよりも、ヴェルフェンさんの足取りをたどるのを急ごう」
「わかった――――あっ! セージュ、もう少し下のところ、あそこの横穴だよ」
「確か、横穴を進むと、正規のフロアに出るんだったよな?」
「うん、セージュも通ってきた通路の方だと思うよ?」
おそらく、ヴェルフェンさんは『ダンジョン部屋』と裏ルートを交互に使って逃げているんだろうな。
よし。
追いかけっこのスタートだ。
そう、俺たちが息巻いた、その時だった。
「――――っ!?」
『お城』全体を強い横揺れが襲った。
「――――これって、地震か!?」
「よくわかんないよっ!?」
思わぬ事態に、ひとまず、そのまま横穴の奥のフロアへと飛び込む俺たちなのだった。
◆◆◆◆◆◆
「おか……お姉ちゃん、どうー?」
「ええ、うまく行ったわね」
『お城』が震えるのを見て、ウルルの問いに対して笑みを浮かべるのはフローラだ。
今、ふたりがいるのは、『魔王城』の1階の受付部屋だったのだが、そこへ慌てて、飛んでくる物影がひとつ。
『ちょっ!? ちょっとちょっと!? そこの人! うちたちのダンジョンで何してるのさっ!?』
「ちょっと、落ち着いてね、喋るコッコさん。ちょっと試してみただけだから」
『試した……って、何を?』
「この『手袋』で介入が可能かどうか、よ」
『手袋……ああっ!? それって!? 『精霊の』――――っ!?』
「はい、ストップ。『……糸』製の『手袋』で介入が可能ということは、これ、私たちの技術の悪用ね? たとえ、ここがそうだとしても、だからこそ、私たちは許可しない、と。そう、あの竜に伝えなさいな」
絶句するユアハトに対して、笑みを浮かべながらも厳しい口調で返すフローラ。
『……伝えなくても、たぶん、ここも見てるよ?』
「だったら、問題ないでしょう? ここにいるウルルが『名代』であり、『鍵』となるから、直接会話する場所を用意するように伝えなさい――――ああ、ここも見ているのよね? もしできないのであれば、このまま――――」
『待って待って!? 『了解、だから、そのまま進んで』って返事が来たよ!?』
「ええ、それで結構よ――――ウルル」
「うんー、わかったー」
周囲にいた他の迷い人やコッコたちがざわつくのを尻目に、そのまま、自分たちのペースで話を進めるフローラたちなのだった。




