閑話:剣士ふたり
ほぼ同時刻。
『魔王城』の別の場所で対峙する、ふたつの人影があった。
「何だ、手前もこっちに来てたのかよ?」
「ええ。先生、お久しぶりです。一応、話にも聞いていましたが、随分と可愛らしくなられましたね――――おわっと!?」
挨拶の途中にもかかわらず、間合いを詰めてきた少年エルフによる攻撃を辛うじて受け流す男。
そのままであれば、首筋を一突きする剣呑な攻撃を前に、思わず苦笑を浮かべて。
「危ないなあ……相変わらずですね、先生」
「はん! まあまあだな。手前も腕は鈍っちゃいねぇようだな」
「いやあ、にぶにぶですよ、俺。どうも、最近はデスクワークばかりでしてね。『この中』でぐらいは身体を動かしておかなくては、と思ってます」
「なら、折角だ。久しぶりに稽古してやるか?」
「遠慮します」
勘弁してください、という風に頭を下げる男に十兵衛がふぅ、と嘆息する。
「手前も相変わらず、覇気がねえなぁ。ったく、受け流しばっかり得意になりやがってよぅ」
「いや、『逃げの剣』も大事だって教えてくれたのは先生でしょう?」
「硬くて強いだけの一辺倒じゃ、実戦で通用しねぇとは言ったがよ。手前のは『柔らかい剣』だけじゃねえかよ。ったく……勿体ねえよなぁ、折角、見込みがあるってのによ」
「俺はこれで十分ですよ。少なくとも、その先生の教えだけでも、ここで生き残っていられますから」
改めて、十兵衛に向けてお辞儀をする男。
手に持っている得物は曲刀。
ただし、『PUO』の世界で手に入る業物の中では、比較的、刀に近い形状になっているものだ。
その武器を見ながら、十兵衛が興味深げに尋ねる。
「そいつはどこで手に入れた?」
「『砂の国』ですね。『デザートデザート』って名前で、そこの遺跡みたいな場所で拾いました。正直、使えるようになるまで大変でしたよ」
笑いながら、男が十兵衛に語る。
遺跡に放置されていただけあって、元は業物っぽい造りにも関わらず、刀身が錆びついていて、その修復にはそれなりの労力と時間を要した、と。
「その分、気に入っていますがね。まあ、先生の攻撃をいなすのが精一杯ですが」
「はは! いいな! なあ、それ、譲ってくれねぇか?」
「……いや、俺の今の話聞いてました、先生? 結構、苦労したんですってば」
「今の手前じゃ、宝の持ち腐れだろ?」
「勘弁してくださいよ、先生。どこぞのガキ大将ですか?」
弟子の物は俺の物じゃ、弟子がみんな逃げますよ? と男が苦笑する。
「はは、冗談だぜ。見た感じ、俺には合わなそうだしな。精々、こっちでも愛刀と呼べるもんを探してみるさ」
「それがよろしいかと」
「まあ、冗談は良いとして――――だ」
「はい?」
「手前、ここまでひとりで来たのか?」
「途中までは、他の方たちと一緒でしたよ? まあ、残念ながら、俺以外はお亡くなりになってしまいましたが」
「……あん? 手前、ひとりで見捨てて逃げたのか?」
男の答えを聞いて、十兵衛の顔が険の表情に染まる。
それを見て、男が慌てて、首を振って。
「誤解です、先生。何とか生き残ったのが俺だけだったって話です。あれはね、相手が悪いとしか言いようがありませんでしたから。一瞬、強制的に身体の自由が奪われましたからね」
「うん……? ってことは毒か?」
「可能性は高いですね。もっとも、毒というよりももっと根源的な何かのようにも感じましたが」
「何だそりゃあ?」
「少なくとも、俺が今までに経験したことがない毒物の作用を感じました。化学兵器……とも少し色合いが違う感じですね」
男が真剣な表情で、十兵衛へと言葉を返す。
それを見て、十兵衛もまた頷いて、笑う。
「何にせよ、手前が人でなしでなければいいぜ」
「いや、先生。先生の教えって、れっきとした人でなしの技ですからね?」
「そうか?」
「……自覚がないって怖いなあ」
「まあ、自覚はあるけどな」
「……でしょうね。そういう人を食った感じが先生らしいです」
まあ、それはいいです、と男が話を戻して。
「真面目な話、先生、今、『魔王』の手下になっているって本当ですか?」
「いや、違うぜ?」
「……えっ? 違うんですか? 他の迷い人をばったばったと切り捨てているんですよね?」
俺もそうされかけましたし、と男が苦笑する。
だが、十兵衛は十兵衛で真顔で。
「知らねえよ、『魔王』なんて。あー、そういえば、セージュの坊主がそんなことも言ってたか? だが、俺がここで剣を振るってるのはまったく別の理由だぜ?」
「…………先生、もしかして。『涼風』の関係者と接触しました?」
「詳しくは知らねえよ。だが、俺にとっては悪くない話を持って来てくれたぜ?」
「悪くない話……ああ、なるほど」
そこで男が納得したように頷いて。
「先生の望み……『死に場所』ですか?」
「まあな」
「うーん……となると『誰』が動いている? ……やはり、ゲームマスターのN氏か……?」
考えをまとめるように独り言をつぶやく男。
それを十兵衛はどこか楽しそうに見ているだけだ。
ややあって。
「理屈はわかりました。確かにPKでも『浸食率』はあがるという話でしたね。先生をボスキャラに仕立て上げて、かつ先生の望みも叶えられるとなれば、一石二鳥ですか。ただ、それでしたら――――先生」
「何だ?」
「ひとまず、そのお仕事を棚上げにして、俺の探し物を手伝ってもらえませんか?」
「探し物、だと?」
「ええ。結構切実なんですよ。ああ、もちろん、タダでとは言いません。きちんと報酬は出します。先生の望みが『死に場所』ということでしたら、俺の伝手からもその話を進めることはできます。何せ、俺、そちら側の担当窓口の『室長』をやってますから」
そこでようやく、男が十兵衛に対して、自分の立ち位置を説明した。
加えて、男が今ここにいる理由、その目的についても。
それを聞いて、十兵衛が笑いながら頷く。
「なるほどな。はは、随分と偉くなったじゃねえか」
「色々と大変なんですよ? 対応をしくじると国が滅ぶかもしれませんし。失敗しても俺の命だけで済めば御の字だなんて、まったくブラックな職場ですよ」
「『死神担当室長』か」
「そっちは通り名です。一応、正式には『非公式危険生物対策室長』です」
そう言って、肩をすくめる男。
そんな弟子に対して、十兵衛が少しばかり意地が悪い笑みを浮かべて。
「だがよ、仮にも一公的機関の長が公私混同をしていいのかよ?」
「違いますよ、先生。これも『彼女たち』との交渉を円滑に進めるためのものです。もっとも、偶然の機会を利用したことは否定しませんが。そう、偶然、お互いの希望することが合致しただけですとも」
「物は言いようだな」
「否定はしません。とは言え、死と隣り合わせの仕事している以上、多少は飴をもらっても罰は当たらないと思うんですがね」
「権力の暴走だな」
「ええ。ですから、こういうことも――――できるわけです」
「――――っ!? 手前、それは!?」
「先生の言うところの『権力の暴走』があったからできたことです」
言いながら、男が取り出したのは一振りの刀だ。
「向こうから持ち込みました。先生の刀です。先程も言いましたよね? タダでとは言いませんって。もうひとつの報酬がこちらです。俺の探し物を手伝って頂けるのでしたら、受け取ってください」
男が笑う。
本当は最初から、先生と遭遇したら交渉するつもりでいました、と。
ですから、と男が続けて。
「妹を探すのを手伝ってもらえませんか?」




