第449話 農民、再会する
「やっぱり、さっきまでの態度は演技だったのか」
「うーん……完全に演技ってわけじゃないんだけどね」
威圧的な雰囲気が消えて、以前と変わらない様子のルーガと言葉を交わす。
座っていいよ、と言われたし、他に腰を下ろせるようなものもないので、そのまま、ルーガの寝台で隣り合わせて座っている状態ではあるけど。
……うん。
こういう経験はあんまりないので、ちょっとだけドキドキする。
とは言え、今は状況が状況なので、割と真面目な感じでルーガと情報を交換しているんだけどな。
「つまり、記憶が戻ったってことでいいのか?」
「うーん……戻った……のかなあ? 本当にわたしの記憶? って疑問に思う内容のことの方が多いんだけど」
そう言って、首を傾げるルーガ。
どうも、振り返っても自分が経験したこととは異なる記憶があるらしい。
「さっきの言葉遣いとかは、記憶の通りだよ? ああいう感じでしゃべるとノヴェ……じゃなかった、ノーヴェルさんが喜んでくれるの」
「そうなのか? いや、そもそも、ノーヴェルさんって何者だったんだ?」
「わたしが『魔王』やってる時の身の回りのお世話とかしてくれてたみたい。記憶の中でもそんな感じの風景もあったよ。でも、その時はもっと動物っぽかったけど」
ふーん?
ルーガの話だと、ノーヴェルさんって、ルーガのペット兼侍女って感じの立ち位置だったようだ。
結局のところ、ルーガをさらって、『城』に連れてきたのも、ノーヴェルさん自身の記憶が戻ったことが大きいようだ。
『魔王城』を見て思い出したのか、それともまた別の要因なのかは、ルーガも聞かされていないみたいだけど。
少なくとも、ルーガに敵意を持って行動したわけではなさそうだな。
「相変わらず、刺すような感じで見られたけどな、俺」
さっきは一応、デュークさんが矢面に立ってくれたので、あの程度で済んだけど、相変わらずのノーヴェルさん節って感じだったもんな。
そう、俺が言うと、ルーガが微妙な表情を浮かべた。
「……うん? どうした、ルーガ?」
「あのね、ノーヴェルさんがそんな感じなの、理由がわかるの。それに関する記憶も戻ったから」
「そうなのか? あの男嫌いの理由か?」
「うん……その記憶のせいで、わたしもこれが本当にわたしの記憶かな? って疑問に思ってるんだけど……セージュ、驚かないで聞いてね」
「まあ、それはいいけど」
念を押してくるルーガに少し気圧されながらも、その話の続きを促す。
「あのね、セージュ。『魔王』のわたしって、自分の子供がいっぱいいるらしいの」
「子供……? それって――――」
「うん、そういう政策だったんだって。荒廃しつつある『魔王領』をひとつにまとめるためのやり方。力で制するのも手段のひとつとして用いたけど、それだけだと反発が大きくなるからって」
つまり、そういうこと、とルーガがぽつりとつぶやく。
一瞬、ぽかんとした後で、その言葉に意味に気付く。
ノーヴェルさん。
男嫌い。
――――そういうことか。
歴史上でもよくあったこと。
絶大な権力者に周囲が求めること。
大奥しかり、後宮しかり。
お世継ぎ、つまり――――。
「後継者の問題か」
「うん、そうだったみたい」
困ったような苦笑したような表情を浮かべるルーガ。
「でも……本当にこれは、わたしの記憶、とは思えないんだよね。だって……」
そう言って、ルーガが自分の身体へと視線を落とす。
「だって、わたし、まだ自分が子供だと思ってるもの。だから――――」
「…………未来の記憶」
「えっ?」
「いや、違うな……そうじゃなくて」
思い出せ、思い出せ。
エヌさんとの会話、そして、涼風さんとの会話を。
「『欠片』を組み合わせれば、本人になる……? いや、違う、あの時に涼風さんが言っていたのは――――」
俺がルーガの居場所についてたずねた時、その答え。
『今、ルーガがどこにいるかわかりますか?』
『どちらの話だね?』
『えっ……? どちらの?』
『君の問いには、『どちらの世界』のルーガ君かを示す言葉が抜けているぞ? まあ、今回に関しては偶然にも同じ答えになるから別に良いが、質問をする際は少し気を付けた方がいいぞ』
そうだ。
その時の涼風さんの真意。
あの時、確かに彼女は言っていた。
ルーガと、その『魔王』をやっている人が別人だと。そういうニュアンスが混じっていた。
なので、そのことをルーガにも伝える。
「……つまり、この記憶って?」
「おそらく、そっちの『魔王』さんの記憶だろうな。エヌさんが『存在の再現に失敗した』と言っていた。逆に言えば、記憶だけのコピーが『欠片』に残っていたってだけの話だろ」
考えろ、考えろ。
だとすれば、ルーガは『魔王』じゃない。
前にクリシュナさんも言っていた。
『魔王』のスキルを持っている、イコール、『魔王』ではないって。
だからこそ、今、俺の目の前にいるルーガが『魔王』になる必要は――――。
「ない」
「えっ?」
そして、それを望んでいるのは誰か? ――――ルーガの爺さんだ。
新しく得た情報から、考えを整理していく。
そして、改めて、ルーガの方へと向き直って。
「ルーガ、ひとつ確認しておきたいんだが」
「何、セージュ?」
「お前自身は『魔王』になりたいのか?」
大事なのはそこだった。
もし、そうであるのなら、俺はそれを手伝ってもいいし。
だが、もし違うのであれば、そうならないように一緒に足掻いてもいいし。
ここで大事なのはひとつだけ。
ルーガがどう思っているか、その意志。
だから。
俺はどう転んでもいいように、ここまで色々と動いてきたのだから。
少しの間、考える素振りを見せるルーガ。
だが、その合間に一瞬だけ、ビクッとした感じで身体を震わせる。
目に宿るのは怯えの感情、か?
ややあって。
ルーガがぽつりと言葉を絞り出す。
「……なりたくない」
小さい声。
だが、その言葉には間違いなく、彼女の本心が宿っていた。
「あれが『魔王』なんだったら、わたし、なりたくないよ……」
「お爺ちゃんは望んでいるし……それが一番、いいことだってわかってるけど……でも……」
――――なりたくない、と。
その言葉を聞いて。
俺の腹が据わった。
「わかった。じゃあ、そういうことで俺も動こう」
「……でも、いいの? ノーヴェルさんから聞いたよ? セージュ、お爺ちゃんを手伝ってるんでしょ?」
「別にそういうわけじゃないぞ?」
「えっ?」
驚くルーガに、俺はクエスト内容を見せる。
『クエスト【◆◆系クエスト:ルーガの配下になる】を達成しました』
「これって……?」
「だから、俺は別に『魔王』の配下になったわけじゃないぞ? ルーガを助けたいと思ったから、こっちの道を選んだだけだって」
だから。
「ルーガが『魔王』であろうと、『魔王』でなかろうと、俺にとってはどうでもいいことなんだよ。大事なのは――――なんだから」
「――――えっ!?」
「何でもない」
やっぱり、まだ口にするのは恥ずかしい。
だから、真っすぐなルーガの視線を逸らすように、前の方を向いて。
「それよりも、だ。今度こそ、逃げない。あの時はルーガの想いも聞いていなかったしな。だからこそ、今度は――――」
触れるのは隠し持った『銃』。
思い起こすのは――――。
「――――立ち塞がる相手を倒すだけだ」




