第448話 魔王の寝室にて
そのまま、デュークさんに連れてこられたのは瀟洒な寝台が中央にある以外、家具ひとつないただ広いだけの殺風景な部屋だった。
よく言えばシンプル。
悪く言えば、生活感の何もない部屋。
第一印象はそんな風に感じた。
「…………デューク様? 貴方様とは言え、淑女の寝室に無断で立ち入るのはいかがなものかと思いますが。おまけに、今は招かれざる客もお連れのようで」
凍り付くような冷たい口調。
それを発しているのは、寝台の横でたたずんでいる女性だ。
――――というか、ノーヴェルさん、だよな?
一瞬、誰かわからなかったのは、その服装のせいだ。
前に会った時は、動きやすさ重視の肌にぴったりと張り付くような衣装を着ていたのに、今のノーヴェルさんはと言えば。
「ふふ、慇懃無礼を絵にかいたような対応だね。うん、ゾクゾクするよ、心地いいね。君の今の格好といい、俺の好みに近いな。やはり、淑女侍女はこうでないとね。主人以外は歯牙にもかけない、君の忠誠心の歪み具合はまったくもって好ましい」
「…………そのような戯言のためだけの御来訪でしたら、即刻お帰りください」
そう。
ノーヴェルさんってば、メイド服を着ているんだもの。
以前とは本当にイメージが大分違うのだ。
その喋り方からして、前までのぶっきらぼうな話し方は何だったんだってぐらいの落差があるし。今のノーヴェルさんなら、普通にメイドさんをやっていても似合いそうな感じがするのだ。
何となく、単なるコスプレじゃなくて、板についている、というか。
俺がそんなことを考えている間にも、ノーヴェルさんとデュークさんの冷戦っぽいやり取りは続いているんだけど。
どちらかと言えば、デュークさんが若干の皮肉を込めた親しみやすい語り口での言葉を紡いでいるのに対し、ノーヴェルさんがバッサリと斬り捨てている、というか。
その辺の男嫌いな雰囲気はあんまり変わっていない気もする。
――――と。
「……煩いぞ。眠れないではないか」
思わず、その声を聞いて動揺した。
声色だけなら、聞き覚えのある声。
にも関わらず、反射的にその場にひざまずきたくなるような圧を感じた。
以前の本気を出した時のラルフリーダさんの『声』に近い雰囲気に、俺の前方で言い合いをしていたふたりの言葉も止まる。
「…………申し訳ございません」
「なるほど……少し印象が近くなってきたか……これは失礼」
寝台の主に謝罪するノーヴェルさん。
一方のデュークさんはと言えば、一応、謝ってはいるもののそれほど態度は変えていない様子だ。上位者に対する緊張感のたぐいはまったく感じられない。
だが。
寝台の主が上半身を起こして。
こちらの方へと視線を這わせるのを見て。
やはり、というべきか、さっきの言葉を発した、この部屋の主がルーガで間違いないことを悟った。
見た目はまったく変わっていない。
向こうで、最後に見た時のルーガと同じ容姿そのままだ。
もちろん、着ている服は異なってはいたけど。
――――って!? 今のルーガが着ている服って、妙に色っぽいような感じの寝間着のような!?
……少し肌が透けているような感じもするけど。
冷静になって見てみると、まあ、ウルルちゃんたちが着ている羽衣系の衣装とそんなに変わらないんだよな。
一瞬、色っぽいと感じたのは、少し眠たげでアンニュイな表情とか、その身体から発せられる妙な雰囲気とか、そっちに寄せられたからだろう。
どう見ても、ルーガって俺より年下にしか見えないし、そういう意味では全然大人っぽくはないからな。
そんな俺の視線に気づいたのか、一瞬だけこちらをムッとした表情でルーガが見てきたような気がしたが、そのまま、彼女は横で頭を下げたままになっているノーヴェルさんへと向き直る。
「ノヴェ」
「…………はい」
「状況はわかるか?」
「…………それは――」
「失礼ついでによろしいかな?」
「何だ、デューク?」
「お休みのところ、俺も悪いとは思ったのだが、それでも今の状況に必要だと判断したのだよ。先程、ノーヴェル嬢が『招かれざる客』と呼んだが俺にはそうは思えないのでね。少しばかり、今の君は――――」
「…………無礼ですよ!? デューク様!」
「先程も言ったが、君の歪んだ忠誠心に付き合うつもりはないよ。敬意は払う、下にも就こう。だが、俺の態度をとがめてよいのは、そこの『魔王様』本人だけだよ」
そう言って、肩をすくめるデュークさんの姿に、ルーガも頷く。
そして、ノーヴェルさんの方へも頷いて。
「ノヴェ」
「…………畏まりました」
だが、そんなやり取りの間にも、俺は違和感を感じていた。
時折、ルーガの視線がこちらへと向くのだが、意図的に俺がいることに触れないようにしている、というか。
そんな違和感だ。
「構わないぞ、デューク。続けろ」
「ああ。今の君は多少の記憶の混乱があるのだろう? だからこそ、だな。そのすり合わせに都合のいい相手を連れてきた、というわけだ」
「その男が、か?」
「そう、この男が、だね」
デュークの言葉に、ふむ、と悩む仕草を見せるルーガ。
ややあって、そのまま口を開いて。
「わかった。その言葉を信じよう。ノヴェ、少しばかり席を外してくれ」
「…………私はあまりお勧めしませんが」
「ノヴェ」
「…………畏まりました」
「そういうことだ。ノーヴェル嬢、俺たち邪魔者は席を外すとしよう。なに、彼が『我が王』に危害を加えることなどないと、俺が保障する」
「…………それはわかってます」
ぷいっとデュークから顔を背けるノーヴェルさん。
そんな彼女の背中を押すような形で、部屋から出ていこうとするデュークさん。
と、出る直前、俺の方へと片目をつむるような仕草をして。
そのまま、ノーヴェルさんを連れて出て行ってしまった。
……やっぱり、あの人、どこか人懐っこいところがあるよな。
まあ、自分でもわかっていてやっているんだろうけど。
それよりも。
後に残されたのは、俺とルーガのふたりだけだ。
そこでようやく。
被っていた仮面がポロリと外れたかのような感じで、ルーガの表情が破顔する。
「――――セージュ!」
そこでようやく、俺もふぅと息を吐いて、彼女に向かって笑みを浮かべた。




