第447話 農民、死に戻る
「なかなか面白い見世物だったな」
そう言って、再び目を覚ました俺の前に現れたのは、ひとりの男だった。
真っ暗な閉鎖空間で意識が戻った俺は、以前、十兵衛さんが話してくれたことを思い出して、ここが棺桶の中だと推測。
どうにかして、その上蓋を持ちあげることに成功し、それでようやく、自分がいる場所がどこなのか把握することができた。
暗がりの礼拝所のような場所。
ロウソクの灯りだけに照らされたその部屋の中、その暗がりと一体化するかのようなたたずまいで男は立っていた。
見た目は俺よりも年上に見えるが、それでも人間の年齢なら若い部類に含まれるだろう。灰色の髪を伸ばした、どこかミュージシャンのようにも、世捨て人のようにも見えなくもない。
ただ、その顔は整っていて、どこか高貴さを感じさせなくもない。
きちんとした礼装を着て、髪をきれいに整えれば、かなりモテるような、そんな印象を受けた。
何だろう。
目を見ていると吸い込まれそうな感覚を覚えて、心臓がドキドキしていることに気付く。
と、そんな俺の態度に気付いたのか、男が手をひらひらと振って。
「失礼。魅了を落としきれていなかったようだ」
パチンと男が指を鳴らすと、雰囲気が一変した。
辺りの空気が、というか、俺の発していた熱量が消え失せるようなそんな感覚。
「悪いね。俺も男に惚れられるのは趣味ではない。どうせなら、可愛い娘が、特に俺の好奇心を満たしてくれる娘が好ましいな。その場合は魅了などに頼るつもりもないがね」
そう言って、肩をすくめる男。
不思議と、その手の気障な態度と物言いでもこちらを不快に感じさせない。
ただ、チャラいだけではなく、風格のようなものがにじみ出ているのだ。
そこまで、男を観察して。
ようやく、気付く。
――――こいつ、誰だ?
そして、この場所がどこなのか。
少なくとも、『オレストの町』の教会ではない。
少しずつ、記憶が戻ってくる。
そうだ、俺はリディアさんとの賭けに負けてしまったのだ。
状況から言って、おそらく――――。
「ああ。君の想像通り、君はあの場所で一度死を迎えている。だから、俺の出番というわけだな」
「……つまり、あなたが?」
そこでようやく、ルーガの爺さんが言っていた言葉を思い出す。
俺の問いかけに男が頷いて。
「俺のことはデュークと呼んでくれていい。もし、君が俺との誼を結びたいのであれば、その暁にはもう少し長い名を伝えよう」
「はぁ……」
デュークさん、ね。
何となくそんな気もしたけど、本名というわけではないようだ。
「では、あなたが俺の蘇生を?」
「魂戻しは俺の領分ではないよ。死なないようにすることはできるかも知れんがね。もっとも、ここでは再現性の問題があるな。ゆえに『できない』という話になる。君らの場合、君らの身体の持つ特性でそうなっているだけだよ」
「……はい?」
「解りづらかったかね? 君ら、迷い人は、かの竜によって、『転生型』の身体を与えられている。無論、再現性の範疇の中だけだがね。ゆえに不完全な形での『転生』……『死に戻り』と言ったかね? それしかできないのだよ」
いいかい? とデュークさんが優しく諭すように続けて。
「用意された身体ゆえ、起点が固定されている。その点においては『転生型』の身体よりも優れているかもしれんな。何せ、赤子からの成長の過程を飛ばすことができるのだからね。無論、その分、欠陥もあるがね。『死に戻り』を経験する度に、その身体は少しずつ変質していく。何を対価とするかまでは俺も知らぬが、何らかの仕組みをもって、その身体は存在できているはずだ」
ふふふ、とデュークが笑う。
「なに、だから、あまり死ぬことを前提とした行動を取るべきではない、ということだ。老婆心ながら、俺から忠告させてもらうよ。君は俺の退屈を覆してくれそうな存在だからね」
「あ、はい。気を付けます」
すみません、と俺が頭を下げると、その行為にすらデュークさんが楽しそうに笑って。
「いや、これは別に説法というわけでもない。そんなものは俺に合わないしな。まあ、自由人としての先達からの戯言とでも思ってくれ」
さて、とデュークさんが少し軽かった雰囲気を切り替えるようにして。
俺の方へと向き直る。
「具合はどうだね? 俺の見立てでは問題ないようだが」
「あ、はい……」
軽く体を動かしてみる。
うん、特に問題はなさそうだ。
「ふふ、それは何より。先程、何かを口から出していたようだが、それについては触れない方がいいかね?」
「…………」
「ああ、安心してくれていい。ここは『仮初めの城』の中でも俺の管轄だ。ゆえにブリアン卿でも覗くことはできないよ」
「……そうですか」
なるほど、とデュークさんの言葉に頷きつつも。
それを鵜呑みにはできないので、ただ、頷くだけにしておく。
「ふふ、それでいい。そのぐらい用心深い方がいいだろうな。ヴェルガゴッド様……いや、もう別の存在だったな、では、俺もルーガ嬢と呼んでおこうか」
そこまで聞いて、『様』と言いながらも、ルーガに対して、かなり敬意が薄い、その物言いに少しだけ疑問を感じる。
この人、魔王であるルーガの部下じゃないのか?
「うん? 疑問かね? ふふ、なに、単に俺が物好きというだけの話さ。己が面白いと思ったならば、何でもやってみるのが俺の信条でね。少し前まではただの人間種に仕えて、執事の真似事などをしていたこともあったね」
へえ? というか、その言葉って――――。
「『ただの』ということは、デュークさんの種族は?」
「見ての通り……では君らにはわからないか。何となく雰囲気で察してもらえるとありがたいが、俺は『吸血種』だよ。歳だけなら、ブリアン卿などよりずっと永く生きている、まあ、化け物だな」
自分のことを化け物と言いながらも、その声色にまったくの負の感情がない。
どうやら、目の前の男は化け物扱いされることも楽しんでいるようだ。
しかも、性格も変わっている、と。
どちらかと言えば、気分屋のようで、好奇心を満たしてくれる存在に出会った場合、相手の下に就くことにもまったく抵抗を感じない性格らしい。
ちょっと意外だな。
俺のイメージだと、吸血鬼って、もっと貴族っぽい気もしたけど。
「ふふ、その程度で傷つくような矜持は持ち合わせていない、ということだよ。我が身の退屈を紛らわしてくれる存在が相手の場合は特にね」
享楽主義。
そして、自らは王として立つつもりもなし。
それがデュークさんという吸血鬼さんらしい。
それよりも。
「デュークさんはなぜここに? そもそも、ブリアン翁の部下なのですか?」
「なに、面白そう、と思ったからだな。ゼラティーナ卿の手によるとは言え、久方ぶりにブリアン卿と話ができたのも懐かしかったしね」
ふふ、とデュークさんが口元に微笑を浮かべて。
「もっとも、俺は彼らとはまた別だがね。ルーガ嬢の存在をゼラティーナ卿から知らされたからこそ、でもあるが。いわゆる、興味好奇心の類だよ。だから、自由にして良いという条件でここにいる。役割を命じられたわけでもないので、ただここにいるだけなのさ」
「その、ゼラティーナ卿、とは?」
「俺にとっても古き友だな。ルーガ嬢のことは『魔王』との契約という形で支えてはいるが、個体としての力は若き『魔王』など軽く凌駕する存在だろうな。もっとも、彼女にとってはゼルンベルル――――要は彼女の種族が暮らす土地が護られればそれでいいのだろう。そのため、代々の『魔王』に従う素振りは見せているな。ふふ、俺と同様の化け物だよ。彼女に『ご主人様』などと呼ばれる心中は幾ばくか、だよ。ふふふ」
自分で言って、ツボに入ったのか、からからと笑うデュークさん。
ふと、少し前にカミュがぼやいていたことを思い出す。
そうか。
その、ゼラティーナ卿と呼ばれる存在が、ルーガを支える形で動いているのか。
――――と。
「もっとも、今の君が気にしているのは、そのことではないだろう?」
「――――え?」
不意に、雑談はこのぐらいにしようか、とデュークさんが少しだけ表情を変えた。
「君にとって興味があるのは、ルーガ嬢の現状ではないかね? 違うかい?」
「――――! そうです」
「であるのなら」
そう言って、デュークさんが楽しそうに笑って。
「俺が彼女の元まで送ってやろうか? ふふ、ブリアン卿の目を盗んで、な」




