第446話 農民、閉じ込められる
「……こ……れが――――っ!?」
「ん、セージュのお望み通りのもの」
小声で『ぼっくす』とつぶやいたリディアさんの姿。
ただ、それだけ。
あれだけ、動きについて凝視していたにもかかわらず、何をされたのかまったくわからなかったが。
その、一瞬にして、俺の身体は不可視の『箱』の中に閉じ込められてしまった。
ふぅ、と肩で息をしているあたり、リディアさんにとっても疲れる能力なのだろう。
やっぱり、攻撃手段というよりは、これは――――。
「隔離? 捕縛のための能力?」
「そういうところもある」
今の俺とリディアさんの距離は10メートルほど離れている。
にもかかわらず、発動した能力によって、俺は六方が見えない壁で囲まれた『箱』の中に閉じ込められてしまっている。
ある意味、防ぎようのない遠距離攻撃とも言えるだろう。
「だから」
「え?」
「そこから、セージュが出られたら、勝ちでいい」
そういう勝負、とリディアさん。
「……それだけでいいんですか?」
「ん、でも、そう簡単じゃない。セージュのあの時のでも、クリシュナが全力で暴れて、一時間近くかかってる」
「――――まじっすか!?」
あのクリシュナさんでも!?
というか、あの時、俺が気絶した後って、そんなに時間が経ってたんだ?
精々、数分ぐらいだと思ってたけど。
試しに、鎌を思いっきり、壁に振り下ろしてみたが――――。
「……ダメか」
切り裂こうとした瞬間、音こそ発生しなかったが、何か硬いものに当たったような衝撃がそのまま鎌を通して、身体全体へと返ってきた。
……というか、純粋に痛い。
って、あー、ペルーラさんに作ってもらった鎌が欠けたぞ?
この『箱』見た目こそ、透明だからわかりにくいけど、普通にミスリルとかよりも硬いんじゃないのかね?
「一応、言っておくけど、不用意な攻撃は勧めない。特に魔法」
うん。
リディアさんの忠告に内心で頷く。
どう考えても、これ、壁に遮られるよな? そして、そのまま『箱』の中の閉鎖空間で発動するよな? 使い手の俺を巻き込んで発動するよな?
うん。
頭を使わないと、あっさりと自滅しそうだ。
とりあえず、何かいい方法を考えながらも、爪を伸ばして、『箱』の壁を削ることを試みる。
――――うん、ダメだな。
『爪技』を使ってみても、俺の爪の方が削れてくるし。
とは言え、鎌の刃とは違って、俺の爪の場合、どんどん伸ばせるので、一通り爪を使って色々と試してみる。
そのまま、突き刺そうとしても途中でぽっきりと折れる。
引っ掻いてみるのもダメ、というか、その時の衝撃が伝わってきて、ガラスに爪を立てているような不快感に襲われた。いや……音は出てないはずなんだけどな。
思った以上にへんてこなものでできているようだ。
金属って感じでもないし、でも硬さは伴っているようだし。
そんなものが形状を維持できているなんて、不思議以外の何物でもないよな。
そんなことを考えながら、色々と試していると。
「……はぁ、はぁ……」
しばらくすると、息が苦しく――――って!? ちょっと待て!?
「この中って、まさか空気も遮断!?」
「ん、当然」
ヤバい!? 思った以上に、これ、えげつない能力だった!?
透明だってだけで、何もかも遮断してるのかよ!?
いや、じゃあなんで、光だけは通してるんだよ!?
中と外が見えるってことは、そういうことだろ?
……リディアさんに言わせると、そういうもの、なんだって話だけど。
「あと、セージュ、もうひとつ」
「……まだあるんですか?」
「ん、ガス欠になったら、大きさを維持できない」
「…………」
……ああ、なるほど。そういう能力なのか。
確かによくよく見ると少しずつ、『箱』の大きさが小さくなってるような!?
壊せなければ、死あるのみ、って能力ってことだな!?
「前のセージュの使い方を真似した。でも疲れる」
「普通はこうじゃないんですか!?」
「ん、これじゃ、じわじわと拷問」
いや!? 別に俺もそんなつもりはなかったんですがね!?
そもそも、あの時はそんなこと考える余裕もなかったしな!
というか、これ、クリシュナさんは脱出できたんだな?
少なくとも、絶対に脱出不可能ではないということか。
ただ、問題は――――。
「……このままだと、ぺしゃんこの前に酸欠で死ぬな」
既にかなり息苦しくなってきているし。
このままだとブラックアウトも時間の問題だろう。
なので、その前に。
「みかん、もう逃げていいぞ」
「ぽよっ? ぽよっ――――!」
ここに来る前に、みかんには指示を出しておいた。
俺が死んだら、そのまま逃げるように、って。
今、口の中にくわえている『1だけサイコロ』を使えば帰れるはずだ。
まだ、意識はあるけど、みかんもそんな俺の言いたいことがわかってくれたようで、そのまま、『サイコロ』をぺっと吐き出して。
この場からの脱出を果たしたようだ。
ふむ。
それじゃあ、俺も試してみるか。
みかんへの指示で、『1だけサイコロ』のことを思い出した。
いや、すぐ浮かんでこない時点で、だいぶ酸欠にやられている気もするけど。
ここから脱出すれば、勝ちなんだもんな?
リディアさんの方を見ながら、『1だけサイコロ』を地面に叩きつけた――――が。
「……あれ?」
「ん、それじゃ抜けられない」
『空間系』じゃダメ、というリディアさんの言葉が耳に届いた。
あー、残念。
そこまで甘くなかったか。
まあ、いいや。少なくとも、目的は果たしたし。
最後に口の中に、それを頬張ったところで。
そのまま、意識が暗転する。
そんなこんなで、俺はこの『PUO』で初めて死に戻ったのだった。




