第445話 分岐点
「――――っ!」
「ん、しーるど」
リディアさんの攻撃を回避しながら、隙をついて放った『封魔』の銃弾。
それがあっさりと、透明な壁にはばまれて弾かれ、そのまま中空へと消えていく。
リディアさんの手元から1メートルほどの場所に生み出されたのは、透明な真四角の壁だ。
大きさは3メートル四方といったところだろうか。
霧の中だからこそ、その形状がはっきりと見て取れる。
前々から予測はしていたが、『しーるど』は透明な壁――というか『盾』を生み出す能力で間違いないようだ。
そして、やはりというべきか、反応速度が速い。
こちらが隠し持っていた銃から、弾丸を放つのとほぼ同時で、既にその『しーるど』の発動まで至っている。
能力発動までのラグが短いのに加えて、リディアさん自身の反射神経が尋常ではないということも示している。
何せ――――。
「『石礫』!」
「みだれうち」
俺の放った『土魔法』の『石礫』。
その散弾に目掛けて、それぞれの礫を貫くようにして『しょっと』の弾が乱れ撃ちされているのだ。
無駄撃ちもなし。
こっちも『魔技』として適当に放っているので、礫の方向についてはコントロールできていないのだが、それらを完璧に相殺させてしまうのはかなりの離れ業だろう。
おまけに、ぶっちゃけ手加減されているようにも感じるしな。
散歩に行くような気軽さで、戦闘に興じているようにしか見えないのだ。
攻撃自体は特殊なのに、身体の動きはと言えば、むしろゆっくりなくらいだし。
そう。
ゆっくりなのだ。
仕草、能力を発動させるための『発語』、それに両手の動き。
ゆっくりにも関わらず、こちらの攻撃をすべて受け切ってしまっている。
だからこそ、相対している側としては、底知れなさというか、薄気味悪さを伴った脅威を逆に感じてしまう、というか。
まるで――――。
「『地針』っ!」
「そーど」
地面が錐状となるのとほぼ同時に、ぽーんとバックステップ。
そのまま、錐の根元部分を切り裂かれて、発動中の魔法が終わる。
――――まるで、発動の時点でこちらの攻撃を見切って、必要最小限の動きで済ませてしまうような、そんな戦い方。
「――――くっ!?」
「しーるど」
だからこそ、苦し紛れに放った『土属性』の弾丸も。
透明な壁に阻まれて、無効化されてしまう。
先程の『封魔』の弾丸が通用しなかったことからもわかるように、リディアさんの『あれ』は魔法とは別の何かで間違いないようだ。
――――と。
「っ!? セージュさん、今のって!?」
「……銃?」
あ、ファン君とヨシノさんに気付かれたか。
まあ、なるべく見られないように位置取りは意識したつもりだったけど、そこまで余裕もなかったし、仕方ないだろう。
ともあれ、今も隙は見せられないし、上手に説明もできないので、ただにっこりと笑いだけを返すことにする。
「……こっちにも銃があったんですね?」
そんなファン君の疑問に返すように。
「もう一発!」
「ん、しーるど」
最後に残っていた『水魔法』の弾丸を放った。
それもまた、ばしゃんという音と共に、リディアさんの生み出した『盾』に阻まれて消えてしまった。
ともあれ。
これで準備完了、と。
手に持っていた『幽幻の鎌』から、予備の『鋼鉄の鎌』へと持ち替える。
「ん? セージュ、そっちでいいの?」
「ええ」
相対中にも関わらず、リディアさんのきょとんとした声が響く。
小首を傾げている仕草だけ見れば、可愛らしくて、とても戦いの最中とは思えないな。
それだけ、向こうには余裕があるってことなのだろう。
こちらを気遣う余裕が、だ。
ただ、俺としても、その方が都合がいい。
そう考えながら、リディアさんの能力について振り返る。
俺が確認しているリディアさんの能力は『しょっと』、『そーど』、『しーるど』、『ぼっくす』の四つの攻撃手段。後は、武器に威力強化を付与することができるとか、そのぐらいだろう。
武器への付与はエンチャントの一種だろうから、それ以外の攻撃手段について考えてみると。
『しょっと』は銃撃。
『そーど』は剣閃。
『しーるど』は盾。
『ぼっくす』は箱……か? これについては俺も外から発動を見たことがないのではっきりとはわからないが。
とにかく、そういった感じの能力だろう。
今回、霧の中でわかったことは、それらの能力はリディアさんから一定距離離れた場所から発動している、ということだ。
手をかざしたりしてはいるものの、手のひらから能力が生まれているわけではなくて、あくまでも操作のための仕草、と考えていいだろうな。
そこまで並べてみて、気付くことがある。
『点』、『線』、『平面』、『立体』、だ。
リディアさんの操作している不可視の『何か』には、何らかの法則がある。
それが何かまではわからないが。
この四つの並びについては、ふと思い当たるものがある。
リディアさんの能力の消耗が激しい理由はもしかして――――。
そこまで考えて、思わず苦笑する。
「ふふ」
「ん?」
うん。
これ、勝ち目ないな。
というか、そもそも、この戦いの勝ち負けって、どう決着をつけるんだか。
自分で言っておいて、あれだけど、リディアさんと命のやり取りまでしたくはなかったし。それはあちらも同じように感じられる。
「リディアさん、もしかして、俺に諦めさせようと思ってません?」
「ん、そう。なるべくなら、セージュを倒したくない。だって」
そこまで口にして、少しだけリディアさんの表情に変化が生じる。
それはほんの一瞬だけで。
また元のポーカーフェイスへと戻ってしまったけど。
「今のセージュは、ギリギリだって」
「大丈夫ですよ。そっちの覚悟はできてます」
「そう?」
「ええ。それが必要なことであれば」
リディアさんの問いに、まっすぐ向いて頷く。
結局のところ、何が大事なのか、優先順位の問題なのだ。
もうすでに、自分の中の想いがそっちに傾いてしまった以上、覚悟はできている。
だからこそ、リディアさんと戦う選択肢を選んだのだ。
「ですから、ここから先は全力で構いませんよ? できれば、大技を使ってくれるとうれしいです」
内心で、これ、一撃死もあるな、と苦笑しながら。
リディアさんの一挙手一投足を注視する俺なのだった。




