第444話 農民、『最強』に挑む
「待ってください!? でしたら、ぼくたちだって――――」
「ん、いい、ファン」
「――――えっ!? リディアさん、ですが……」
「大丈夫」
少し興奮気味で言いかけたファン君に対して、待ったをかけたのは当のリディアさんだった。
それには俺も少し驚いたけど。
いや。
そうでもないか。
リディアさんなら、そのぐらいは言ってくるか。
最悪、同時に相手しないといけないかと思っていたけど、少しだけ、こちらの都合よく話が進んでいるようだ。
今も俺の目の前で、リディアさんが『心配ない』とファン君を説得しているし。
――――だよなあ。
現状だと、俺的にもリディアさん相手だと勝ち目がゼロだし。
そもそも、結構な数、リディアさんが戦っている姿は見たけど、この人、ダメージを喰らっているのを見たことがないし。
いや、それ以前に攻撃が届いているのを、だ。
少なくとも。
その無敵っぷりは、ルーガの爺さんにも引け劣らないだろう。
それでも、だ。
今の俺にとって、欲しいものがあるのだ。
「ん、負けない。大丈夫だから」
「……わかりました、リディアさんがそう言うのなら仕方ありません」
ぼくたちは見てます、とファン君。
とりあえず、そういう方向で話が収まったようだ。
「リディアさん、もし、万が一、俺が勝ったら……少し、血を分けてください」
「ええっ!? セージュさん!? 何ですか、それっ!?」
「……ゲームとは言え、そういうものを欲しがるのは私もどうかと思いますよ?」
うわっ、ふたりともドン引きしてるよな。
でも、仕方ない。
これは、いざという時のために必要なことだから。
一方のリディアさんはと言えば。
「ん? セージュ、血が欲しいの? だったら――――」
「いえ、結構です。もし俺が勝ったら、ください」
そのぐらいなら、という気軽な感じでリディアさんが言いかけてきたので、内心慌てて止める俺。
いや、誰も見てないなら、それが一番手っ取り早いんだけど。
そういうわけには行かないのだ。
本当に厄介だ。
ああ、まったくもう、と心の中で嘆息しながら。
「代わりと言ってはなんですが、少しだけ勝負になるように状況を整えさせてもらいます――――みかん! 頼む!」
「ぽよっ――――!」
「っ!? セージュさん! 一対一じゃないんですか!?」
「心配しなくても、これ、攻撃とかじゃないから、ファン君」
言いながら、みかんが今使った能力について説明する。
「『ジューシージュース』と『水魔法』のコンボ。それによって生まれるのは――――敵味方問わず、その場にいるだけで微量に回復する霧だよ」
「ぽよっ♪」
「……敵味方、ですか?」
そう。
今、この部屋の中をどんどんと立ち込めているのは朝もやに似た、霧状の『何か』。
みかんの自己治癒能力を宿した果汁が霧となっているだけ。
それによって、空間全体が回復ゾーンと化すのだ。
その説明を受けて、ファン君がきょとんとした表情を浮かべて。
「……それって意味があるんですか?」
「もちろん」
というか、そうしないと、リディアさんと戦うこと自体がほぼ不可能になる。
勝てるかどうかは別にしても、最低限、勝負にならなければお話にならないのだ。
そして、当のリディアさんはと言えば、俺の意図に気付いたような感じで、その上で特に問題ないと頷いている。
「ん、このままでいい」
確かに、回復の霧、とリディアさん。
その言葉を聞いて、ファン君も反論するのをやめたらしい。
――――これで、ようやく準備が整ったことになる。
「じゃあ、行きますよ――――!」
「ん、いい」
そのまま、俺は『幽幻の鎌』を取り出して、リディアさんとの戦いへと突入した――――。
◆◆◆◆◆◆
「しょっと」
「――――っ!?」
「そーど」
「――まだまだっ!」
こちらへと向かって飛んでくるのは弾丸であり、そして、剣閃だ。
本来であれば、不可視のリディアさんの攻撃。
ゆえに、そのままでは対処するのはほぼ不可能となってしまう。
何せ。
リディアさんの攻撃って、『精霊眼』でも見えなかったのだ。
ウルルちゃんに『憑依』してもらっている時ですら、弾丸や剣閃を見ることはできなかった。
周辺魔素への影響がほとんどない。
つまり、リディアさんの能力は魔法によるものではない可能性が高い。
あるいは、周囲の魔素への影響が最小限となる攻撃かもしれない。
もっとも、どういう能力かを正確に把握することは絶対じゃない。
ここで重要なのは、視えない攻撃にどう対応するか、だ。
今までの経験から、リディアさんの攻撃は、同じ『しょっと』でも威力を自在に変えることができると推測される。
以前、ミスリルゴーレムに攻撃を弾かれてしまったにもかかわらず、ちょっと前のドロさんとの戦いでは、ミスリルを貫けるような威力で攻撃を放っている。
要は、リディアさんの余力次第で威力は使い分けることができるのだろう。
となると、ミスリル素材などで防御しても、威力をあげられてしまえば終わり。
視えない、防げない攻撃のできあがりだ。
なので、視えないから当たっても良いようにする、という方法はリスクが高すぎて使えない。
だからこそ、リディアさんと最低限の戦いをするためには、どうしても攻撃を見えるようにするしかないのだ。
そのための『霧』。
みかんに頑張って、回復の霧を維持してもらっているのはそのためだ。
『回復』であることで、表向きは不公平さをなくして、その裏でお互いを同じ条件化へと持ち込む。
そのための能力連鎖だ。
幸いというか。
リディアさんの『しょっと』が霧を切り裂く形で、軌跡を捕らえることができるようになった。その速度は『身体強化』で辛うじて対処できるレベルで済んでいる。
俺の持っている『切り札』の銃よりも少し遅い弾速だった。
だからこそ、何とか回避ができる。
勝負になる。
――――否。
粘れるようになっている。
大事なのはそれだけ。
可能なら勝った方がいいだろうし、血液を得られるに越したことはないが、今、大事なのはリディアさんとの戦闘を続けるということ。
だからこそ――――。
「まだまだ――――っ!」
この手の回避戦闘は割と経験済みだと、己を奮い立たせながら。
戦闘の継続を目指す俺なのだった。




