第443話 人形姫、撤退を指揮する/農民、迎え撃つ
「撤収ー、撤収ですわー」
ピンクと白を基調としたフリフリのドレスを身にまとったお人形さんが、周囲の他の人形たちにそう命じる。
「これでは勝ち目はありませんわ。よりにもよって、あのリディアさまがお相手だなんて、聞いておりませんわ。ええ、これはゼラティーナさまに抗議ですわね」
「――――」
「ダメですわよ? 確かに、私も含めて、ここにいるのは仮初めの私たちですわ。ですが、だからと言って、無謀を通して、無残に散るのは虚しいですもの。ですから、貴方も騎士として特攻したいなどと言ってはいけません。ええ、それではゼラティーナさまへの恩をお返しできませんわ」
そう言いながら、頬に手をやって嘆息する姫人形。
ずっと、両の眼をつむっている以外は、どこか妙に人間臭い振舞いをする、その人形の名はスピカという。
見た目は愛くるしいだけのお姫様人形。
しかしながら、その地位は『魔王領』の中でも決して低くはない。
『魔貴族』のひとり。
『千手百眼』のスピカ。
人形種であるスピカは、その特性を利用して、本来はスペアであるはずの身体の一部を自在に操ることができる。
そして、今回のゼラティーナからの誘いに応じたひとりでもあった。
だからこそ、この『城』の下層でボスの役割を演じているのだ。
そんな彼女だが、今は目の前の状況に戸惑いながら、自分の配下の人形たちに撤収を命じるのが精一杯だった。
なぜなら。
「この私が立ち塞がったところで無駄ですわ。足止めにもなりませんわね」
スピカ自身、リディアとの面識が既にあったためだ。
その脅威については十分すぎるほど知っている。
何より、一番の問題は。
「……ここには献上できるようなものがありませんもの。せめて、郷土の地でしたら、交渉の余地もありましたが」
残念です、とため息をつくスピカ。
食べ物があれば、という思いにかられながらも、それでも毅然とした態度を取ろうするスピカ。それは誇りを捨てない姫人形としての姿だと。
そんな彼女を周囲の人形たちが見つめて。
ややあって。
「無理をしないのが一番ですわ。ここは素通しして差し上げましょう。ええ、きっと、デュークさまが何とかしてくださるでしょう――――うん? あれは……?」
そこまで口にしたところで、スピカが何かに気付いた。
遠隔操作していた『目』のうちのひとつ。
現在のリディアたちのいる部屋に張り付けていたはずのそれからの映像、それを読み取って、少しだけ状況に変化が生まれたことを知る。
「あれは確か――――ゼラティーナさまが仰っていた『迷い人』のお方?」
人形たちが次々と避難していく中、リディアたちに向かっていくその人影に対し、思わず、不思議そうに小首を傾げるスピカなのだった。
◆◆◆◆◆◆
「セージュさん?」
「それにみかんちゃんも?」
「うん、ちょっとぶりだね、ファン君。そして、ヨシノさんもお久しぶりです」
「ぽよっ♪」
うん。
ふたりとも、突然、この部屋に現れた俺たちのことを驚いているよな。
まあ、リディアさんは相変わらずの無表情だから、考えが読めないけど。
一応、コッコさんのお祭りの時に、みかんもふたりと仲良くなったから、普通に会えてうれしそうだし。
もっとも、状況次第ではファン君たちとも戦うことになるんだよなあ。
それはなるべくなら避けたいので、極力フレンドリーに話を進めたいところだけど……まあ、それも厳しいか。
一瞬、嬉しそうになったファン君の表情が少し曇っちゃったし。
「あの、セージュさん」
「なに?」
「ぼくも『けいじばん』見ましたよ。セージュさんが裏切ったって本当ですか?」
「うん」
そこは肯定しておこう。
もっとも、『何』に対して裏切ってるのか、って話はまた別だ。
それに変なことを言うと、色々と面倒なことになりそうだしな。
俺にとって、大事なのはルーガの意志がどうなのか、だし。
それと――――。
「……できれば、ぼく、セージュさんと戦いたくないです」
「それは俺も同じだよ」
たぶん、別の意味だけど。
俺が相対したいのはリディアさんの方だしな。
できれば、ファン君とヨシノさんは、ただ見ていてくれた方がありがたいのだ。
「ただ、俺としてもルーガを倒させるわけにはいかないんだよ」
「あの! ぼくらの目当てはルーガさんじゃないんです!」
「そうなの?」
うん?
じゃあ、何でこの『城』を登ってるんだ? ファン君たちは。
「ぼくたち、一度、お休みを頂いたじゃないですか」
セージュさんも覚えてますよね? とファン君に聞かれたので、そこは頷く。
「ああ。そのおかげでリディアさんの手を借りることができたんだものな。リディアさん、その節は色々とありがとうございました」
「ん、気にしないで」
「ええ。それで――――その時にぼくたちの知り合いが行方不明になったことを知らされまして」
「行方不明? どういうこと?」
「詳しいことはわかりません。ただ、このゲームをプレイ中に『身体』の方が行方不明になってしまったらしいです」
「――――えっ!?」
「セージュさんもご存じの方です。ヴェルフェンさんです」
……どういうことだ?
ファン君が口にしたことが、こちらとしても予想外だったため戸惑ってしまう。
というか、よりにもよって、その名前がここで飛び出してくるのか。
「ヴェルフェンさんが? いや、それよりもファン君、向こうでヴェルフェンさんと知り合いだったの?」
俺が見た感じ、前に会ってた時は初対面みたいな感じだったんだけど?
そう俺が尋ねると、ファン君も頷いて。
「今回、師匠からその話を聞かされて初めて知りました。だって、全然、あの人と姿が違っていましたから……」
「そんな素振りもなかったですしね」
なるほど。
ふたりとも気付けなかったってことか。
聞けば聞くほど、ヴェルフェンさんの正体が胡散臭くなっていくような。
ただ……まずいな。
ファン君たちが探しているのがヴェルフェンさんということになると、さすがに放置できる状況じゃなくなってしまった。
たぶん、この場面も見られているだろうしな。
仕方ない、と心の中でつぶやいて。
「それを聞いたら、なおさら放っておけなくなったよ」
「っ!? セージュさん!?」
「だから――――」
ファン君がどうして!? という感じでこちらを凝視してくるけど。
うん、可愛い女の子している子にそういう目で見られるのはちょっときついけど。
仕方ない。
最初から、それは狙っていたことだし、とだけ思って、そのまま言葉を続ける。
「リディアさん、俺と勝負してもらえませんか? ファン君たちだけならまだしも、あなたにフォローされれば、あっさりと奥まで到達されそうですから」
当初の目論見通り。
俺はリディアさんに挑戦状をたたきつけることにした。




