第440話 立場転換
『ふふふ。ああ、なるほど、なるほど。いいね! こういうながれになるのかー』
「楽しそうですね、エヌさま」
『まぁね、レイチェル』
そう言って、『粘性種』の姿のまま、冷めた目線の司書風の女性に向かって、笑いかけるエヌ。
それを見て、嘆息するのが『けいじばん』担当のレイチェルである。
『いやいや、ゲームにはラスボスがひつようってきいたけど、ああ、なるほどね。そうだよね、かならずしもラスボスをたおさないといけないわけじゃないよね? そっちにみかたしてまもるのも、きちんとしたクエストだよね?』
「楽しそうですね、本当に」
『そりゃあね。ふふふ、ゼラティーナもがんばってくれてるし。カミュたちもなんだかんだいって、きちんとおぜんだてしてくれてるし。ぼくごのみのはなしになってきたね!』
「それだけに勿体ないですね」
レイチェルがもう一度ため息をつく。
「本当に、この場を畳んでしまうのですか?」
『まあ、しかたないよ。それはスノーとのやくそくでもあるし。ぼくにとっても『むげんとしょかん』……『うわさネットワーク』のこうちくのためのテストにすぎなかったわけだしね。うん、まあ、かのうせいのいったんはみえたかな? これで、こんどこそ、むこうで、きちんとこうちくできるとおもうしね』
「では、こちらの場は消えてしまうのでしょうか?」
『けさせない』
返ってきたのは強い意志を伴った言霊。
その言葉に押されて、レイチェルが驚く。
「では……?」
『とうぜん。それでこその『むげんとしょかん』。ぼくがほんとうにこのせかいにうまれることができてよかったと、こころからおもえるそのりゆうだよ。スノーもいってたしね。『これだけ、ふくすうのいかいとせってんをもてるせかいはすくない』ってね』
「幸運に感謝、ですか?」
『そういうこと』
『粘性種』の姿にも関わらず、にっこりとした表情がはっきりと伝わるような仕草で、エヌがレイチェルへと笑いかける。
『だからこそ、ぼくはやるべきことをやろう。さいごまで、みんなのことをみまもろう。それこそがぼくにできるゆいいつのことだからね』
◆◆◆◆◆◆
頭の中に響くのは、いつものぽーんという音だ。
クエスト関連が動いた際に、エヌさんたち『運営』サイドが、そのクエストについて、明文化してわかりやすくしてくれている処理。
今回もまた、イレギュラーな事態にも関わらず、それに対応してくれたようだ。
あるいは、最初からエヌさんたちには、この選択も見えていたのかもしれない。
おそらく、『涼風』さんが言っていた、神に等しい能力を持っているという、そのうちのひとりであるはずだから。
『クエスト【◆◆系クエスト:ルーガの配下になる】が発生しました』
『こちらのクエストは選択によって、立ち位置が大きく変化しますので、ご注意ください』
直後に、そのまま『ルーガの配下になる』を選択。
『クエスト【◆◆系クエスト:ルーガの配下になる】を達成しました』
『これにより、現状のパーティーの一部が分断されます』
『セージュ、ビーナス、なっちゃん、みかんは『魔王側』へと立ち位置が変化します』
『アルル、ウルルはパーティーは解消されますが、同行してくれるようです』
『カミュとは協力体制が難しくなります』
補足の内容を確認。
うん。
まあ、そうなるだろうな、と。
強いて言えば、ウルルちゃんたちが引き続き同行してくれるのは、少し予想外だっただけにありがたいかな。
カミュはさすがに『教会』のシスターだから、『魔王』とは相容れないのだろう。
だから、協力してくれるのはここまでのようだ。
とはいえ。
当のカミュの顔を見ても、怒っているわけでもなく、どこか飄々としている。
何となく、察してくれていたのだろうな。
俺の意志……というか、意図も含めて。
「まあ、仕方ない。セージュがそっちを選択したとしても、ルーガを助けることは可能だろうからな」
「ああ」
「だとすれば、あとは当事者の問題だな。ふふ、心配しなくても、例の『報酬』は生きてるからな。これ以上、あたしも邪魔立てするつもりはないさ」
安心しろ、とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
カミュが言っているのは、ルーガの『危険生物指定』の再指定についてだ。
そっちについては、もうやらない、ということだろう。
「ま、あとは高みの見物とでもさせてもらうさ。だからな、セージュ」
「うん?」
どこか悪戯めいた表情のまま、カミュが笑う。
「頑張れ」
「ああ」
シンプルな励ましの言葉だ。
ああ。
やっぱりだ。
カミュは俺の意図がわかって言っている。
だからこそ、今まで手伝ってくれていたにも関わらず、お役御免みたいなことになってなお、その言葉を投げかけてくれるのだ。
本当に。
本当にありがたい存在だ。
やっぱり、こっちに来て、カミュと知り合うことができたのは本当に得難いことだった、と今はっきりと感じる。
そのまま、カミュがゆっくりと『玉座の間』の入り口の扉から去っていくのを見届けて。
そこでようやく、俺はルーガの爺さんの方へと向き直る。
「うむ、別れは済んだかの? では、ここからはヴェルガゴッドの補佐として、頑張ってもらおうかの」
「はい」
「ヴェルガゴッドの体調が回復したのち、直接会う機会を作るとしよう。その前に、いくつかのことを頼まれてくれんか?」
「わかりました」
そのまま、俺たちに対して、ブリアン翁より複数の指令が下された。
その内容をひとつひとつ確認する。
いくつかの事柄を心に留める。
そして。
今から、俺たちのやるべきことを確認する。
俺たちは十兵衛さんと同様に――――。
「攻めてくる迷い人さんを相手に立ち回ればいい、ってことですか」
「そうじゃ。侵略者を倒し、城を護るのが第一じゃな」
そんなこんなで。
俺たちの『魔王城』防衛が始まった――――。
◆◆◆◆◆◆
「カミュ……君はそれでいいと?」
「まあな」
あっさりと『お城』から脱出を果たして、カミュは再びルドルフと合流していた。
「やれやれ、わざわざ来た意味は薄かったか」
「悪かったな、ルドルフ」
「謝るには及ばない。これも契約のひとつだ」
「相変わらず、真面目だな……少しは怒ってもいいんだぞ?」
「そういう感情とは無縁だよ。だが……」
「うん?」
「先程のセージュ君か。彼が魔王配下へと下ったのは少し惜しかったな。『グリーンリーフ』の件を聞いているだけにな」
「ああ、だから、それも心配ないぞ?」
「何?」
そこでようやく、カミュがシニカルな笑みを浮かべて。
「どっちに転ぶかはあたしも知らんが、それで諦めるようなタマじゃないのさ。ふふん、ま、お手並み拝見といこうじゃないか」
別れる直前のセージュの表情を思い出して、カミュが笑う。
「純粋真っすぐに見えて……なあ? あいつも中々の性格をしてるぜってな」




