第439話 農民、やらかす
「ほぅ……これは……?」
「あっ!? やば……」
確かに、一瞬の隙をついて俺が放った『弾丸』はブリアンの爺さんの身体を貫通した――――ように見えたのだが。
――――しまった、ミスった。
クリシュナさんとの戦いでの反省点から、声とか予備動作については極力排して攻撃することができたのだが……。
根本的な部分でやらかしてしまったことに気付く。
着弾時の『弾丸』の色が茶系統だった。
ということは、今放ったのは『土魔法』の付与弾だ。
――――装填されていた弾の属性選択ミスだ。
「ふむ……面白い弓矢じゃな。自らの魔力を使わずに『魔弾』を放つとはのぅ」
当の爺さんが感心したように言ってくるのだが――――。
当然のことながら、『土魔法』の弾では傷をつけることすらできていない。
『土属性無効』と『物理無効』の作用によって。
初見だったはずの攻撃が綺麗に無効化されてしまった。
あーあ、しょんぼりだよ。
久しぶりにやってしまった感じだ。
『切り札』がファンブルしてしまったというか。
そう、俺が内心でマジへこみしていると。
「セージュと言ったな? お主も狙撃を得意とする戦闘形態かの?」
そう尋ねながら、どこか興味深げにこちらをうかがってくるブリアン翁。
先程までよりも、関心の色が濃くなっているようだが――――。
「ふむ、ヴェルガゴッドが気に入るのも頷ける話じゃな」
「…………え?」
「なに、儂も『魔弾』の使い手じゃよ。だからじゃな」
…………つまり?
そうか、と納得する。
ルーガの職業は『狩人』だったものな。
「要するに、ルーガのあの狙撃の能力は、爺さん、あなたの――――」
「うむ。薫陶の賜物じゃな」
そう、どこか誇らしげにブリアン翁が頷く。
「もっとも、教えたのはまだ基礎段階だがのぅ。『魔弾』のたぐいは『魔王』の力に目覚めてから、と考えておったのでな」
「おい、爺さん」
「む? 何じゃ? 怒りっぽい教会のシスターよ?」
「怒りっぽいは余計だ。それよりも聞きたいんだが、『魔王領』では、その――――『魔弾』か? 今のセージュの放った攻撃みたいのが普通の技術として広まっているのか?」
「いや、未だ使い手を選ぶ技じゃのぅ。魔力の消耗を考えると、普通に使っても割りに合わんのじゃ。『圧縮発動』と『高速操作』の両面が必要じゃからのぅ」
だから、驚いたのじゃ、とブリアン翁が俺の方を見る。
「弓矢自体に細工がしておるのか? 矢に魔法があらかじめ付与されておるのか? 儂の生み出した『圧縮発動』と同等の小さな矢を撃ち出すにしては、随分と奇怪な弓の形をしておるようじゃの? 実に興味深いのぅ」
「確かにな」
その言葉に頷いているのは、カミュもだ。
というか、今の俺の攻撃を見て、カミュも顔色を変えたのはわかった。
やっぱり、こっちの世界には銃のたぐいはないのか?
でも、リディアさんが『しょっと』で放っているのって、たぶん、不可視の銃弾だと思うんだけど。
どう考えても、あれって『銃による射撃』だろ?
うん?
もしかして、俺たちにだけ、そういう風に聞こえるのか?
そういえば、スキルの中に『自動翻訳』があったよな。
「カミュ……今のって、やっぱり、驚くことなのか?」
「んー……まあな。詳細については爺さんの前では言えないが、正直、あたしも驚いたのは事実だ。とんだ隠し玉だったな」
結構、セージュの戦い方は見ていたが、初めて見た、とカミュ。
あ、そっか。
『拳銃』を入手した時に一緒だったのって、結構限られるもんな。
それこそ、今一緒にいるメンバーの他にはリディアさんとかぐらいか? その時以外ではそもそも使っていないし。
「むしろ、隠してたのなら、何でクリシュナ戦で使わなかったのか、ぐらいは思ったけどな」
「いや、これ、手に入れたの最近だし」
「つまり、それはあっちの武器なんだな?」
「……ああ」
「む……? あっち、かの?」
「その辺は気にするな、爺さん。こっちの話だ」
カミュの言葉に、ふむ、とだけ頷くブリアン翁。
「ふむ、どうじゃ? お主ら、ヴェルガゴッドとも知らぬ仲ではあるまい? であるならば、儂からひとつ提案があるのだが」
「……え?」
「提案だと?」
戸惑いを浮かべる俺たちに対して、ブリアン翁が笑みを浮かべて。
「うむ。今のヴェルガゴッドには、補佐をすべきものが少ないのでな。今ならば、配下に就くことを許そうという話じゃ。儂に対する攻撃も不問とするでな」
「はあ……!?」
「そう来たか、この爺」
つまり……何か? 俺たちが『魔王』となったルーガの部下に……ってことか?
横でカミュは渋い顔をしてるのが見える。
そして、ビーナスやなっちゃん、みかん、それにウルルちゃんたちもきょとんとした表情を浮かべているな。
「何か困ることでもあるのかのぅ?」
「大ありだ、馬鹿野郎」
「ふむ、『神聖教会』の所属であるのなら、仕方ないかも知れんな。じゃが、お主以外の者はどうじゃ?」
そう言って、カミュの言葉を流しながら、ブリアン翁がこちらに向き直る。
「其方はどうじゃ? 魔樹の少女よ。お主は『魔の山』の出身であろう? であるならば、ヴェルガゴッドとは同郷じゃろう?」
「え……?」
「『魔の山』? あそこって、『魔の山』っていうの?」
初めて知った、とビーナスが驚いたように言って。
少しの沈黙の後。
「マスター次第ね。マスターがそれでいいって言うのなら、構わないわよ?」
「マスターとは、セージュのことじゃな?」
「ええ、そうよ」
「ふむ……面白いのぅ。お主、普通の『人間種』なのじゃろう? む? 『土の民』かの……? それにしては『人』の色が濃いのぅ。ふふ、なるほどなるほど……それで魔樹が懐くか」
いや、ちょっと待て。
少し話がおかしい方向に行ってるぞ?
確かに、ビーナスの場合……ルーガと一緒に飛ばされて来たんだものな。
ということは、ビーナスも『魔王領』ってところの出身なのだろう。
そういう意味では、ビーナスがルーガの部下になるのは別に普通……か?
いや、その決定が俺に委ねられているのはどうかと思うが。
うーん……。
見た感じだと、なっちゃんやみかんはどっちでもいいみたいだな。
結局のところ、俺やビーナスの判断にならうって感じだし。
ウルルちゃんやアルルちゃんはどうかと言うと。
「正直、勝手に判断するのは難しいわね」
「でも、アルルー、魔族に関しては、敵対関係になかったよね? 『精霊の森』って」
「まあ……『人間種』よりはましよね」
という感じで。
勝手に決めると、フローラさんに怒られるから、というのはあるにせよ、そこまで魔族側を種族的には忌避していないらしい。
むしろ、『人間種』の方が問題だと言ってるし。
いや、過去に何をやらかしたんだよ、こっちの世界の人たちは……。
というわけで。
明らかにまずいのはカミュだけ、という話になる。
正直なところ、魔族ってだけで悪いのかどうか、わからなくなってきているのも事実だ。ルーガの爺さんも話してみると、『ルーガを魔王にしたい』っていうの以外では、そこまで悪い人でもなさそうだしな。
さて、どうしたものか……。
「ちなみに、既に配下になることを同意したものもおるぞ? お主らの同胞でな」
「――――はい!?」
「今も城の護りを頼んでおるな。確か、十兵衛とか言ったかのぅ」
「ええっ!?」
いや、十兵衛さん何してんのさ!?
確かに、最近見ないなあ、とは思ったけど、まさかこんなところにいたとは。
本当に、いつの間に、ルーガの爺さんに協力したんだ?
俺は呆れつつも現状について考える。
選択肢はある、ということだ。
だとすれば、俺が取るべき選択は――――。




